第四十三話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
イリスが目覚めると、森の奥へと朝霧が静かに消えて行く狭間を目にした。その薄衣のような跡を靡かせ、霧が空へと昇る様は、夜が静かに去って行く足跡を思わせた。イリスは森が静かにそっと吐き出す深い溜息なのだと思った。その紡ぎ出された吐息はやがて空へと昇り雲となって大空を駆け巡るのだ。
「・・・・・・」
イリスは、ぼんやりとあまり動かない頭で朝の萌黄色を眺めていた。そのイリスの向こうでリオンは一人慎重に心を落ち着かせながら、手元の薬草を確かめると握りしめた。
「学士様、お茶が飲みたいのですが、そのお湯を分けてもらってもいいですか?」
イリスは姉の声に驚き振り返り二人を見つめた。リオンはイリスに促すような視線を送って見せた。
「・・・・・・」
その表情を見て、イリスの胸の内は再び迷いの中へと飛び込んだ。
―あれは“闇”なのか、それとも自身で進むべき道を潰す瞬間なのか。こんな判断を信用したい二人に下さなくてはいけない状態をイリスは呪った。イリスは何時しかカップに注がれる水の動きに、ただ一点に集中して見ていた。
「学士様もどうぞ、疲れが取れますよ」
リオンはアイン・フォードに、例の薬草が入ったお茶のカップを差し出した。
―今なら姉さまの動きを止められる。イリスは行動の修正がきく、ぎりぎりの時間が過ぎていくのを感じだ。
アイン・フォードは不審な顔も見せずにそのカップを手に取った。
しかし、イリスは声を上げることなく、アイン・フォードが例の薬草のカップを傾けるのを待った。
イリスとリオンは彼の行動を祈るように見守った。
―この恐ろしい賭けの後に絶望がどうか来ませんように。
リオンはアイン・フォードに、このように試すような事をした行為に後悔を抱いていた。本当に彼が苦しみだしたら自分達の未来は無いに等しいのに。
「う・・・・・・」
アイン・フォードの呻き声がする。リオンが手渡したカップが、鈍い音を立てて土の上に落ちた。その光景は長い時間をかけて、どっしりとイリス達に絡み付いてきた。
―嘘だ、嘘だ、嘘だ!
イリスは目の前で展開する光景全てを否定した。膝を落とし地面に近い所に口のものを吐き出す学士の姿はイリスの視覚を麻痺させていた。その光景があまりにも想像を超えていたので、イリスの感覚は何も感じない様に一瞬内側に籠った。
「・・・・・・嘘だ」
イリスは口から出た自身の声で、ようやく現実に引き戻された。
「・・・・・・」
リオンはイリスの声を聞き、それを合図のようにイリスを見て叫んだ。
「―イリス逃げなさい!」
その声はイリスの全身を突き動かした。イリスはものを考えるより先に体が森へと飛び込んで行った。それはイリスにとって高い崖から飛び込んで行くようなものだった。イリスの心は不安で渦巻いていたが、彼の足は自身の意識とは離れ、何処へ向かうのかも理解しないまま森の奥へと駆けこんで行った。




