第四十話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
「イリス!どこに居るの?」
イリスの耳にリオンの声が響いた。
「姉さま、僕はここに居るよ」
霧からリオンの姿がすぐ傍で見えた。
「ああ、良かったイリス」
リオンは安堵と共に弟を抱きしめた。
「何をしていたの?」
「特別な話をしていたんだよ」
「どんな?」
「それは、言えない話だよ」
「・・・・・・そう、言えないのね。わかったわ」
こういう時のリオンは察しがいいので、イリスは助かっていた。
〔―長い時が過ぎたようだ〕
長は少し悲しそうにそう告げた。
〔お前達に必要なのは、我らの知識より、足早に過ぎ去る時間。こうしている間にも、事態は変化し続けている。時は急ぐもの。追いかけて取り戻すがいい、失われた時を。必要な知識は全て伝えた。より以上の事は身をもって知るがいい。体験こそが全てを物語る得難い知識の源だ。守り人の子よ。我らはこれで別れよう。お前達の道行が平安であるように〕
「森の方、あなたのお名前は?」
イリスは次第に薄れていく彼の気配に訊ねた。
〔―アディエン・ファルム・アルウィンド〕
霧の向こう囁くように、そう彼の名が聞こえた。幾重にも重なるその和音は、本来の静けさへと変わって行った。虹色に輝く霧も空間も白い霧の空間へと戻った。
二人は森の人の長が消えた方向をしばらく眺めていた。再び変化が起こるまで二人は動くことを忘れたかのように、その場に立ちつくしていた。沈黙の中で二人はそれぞれ別の考えを思い浮かべて悩んでいた。リオンは沈黙を振り切るように、イリスの手に自分の手を重ね握りしめた。イリスはリオンの手が汗ばみ、いつもより幾分か顔が強張っている事に気付いた。
「姉さま?」
霧の色が白に変わってからしばらくした後、扉が開くように一筋の道が、形を成してイリス達の目の前に現れた。
〔―お帰りなさい。自分達の世界へ〕
再び女性の声が聞こえてきた。
「・・・・・・」
イリスが霧の中の一筋の道を見つめると、促すように〔この道を真っ直ぐに進むのです〕と声が響いた。
イリスは足早に、その場を去ろうとするリオンの手に引かれて、イスターテの霧から離れた。イリスは振り返りイスターテを見た。イリスは次第に狭まる厚い霧の向こうに、銀色の髪の人が立つ姿を見た気がした。
・・・・・・光の淡い世界に住む昔の人、さようなら。彼らの住む限られた世界を思うと、イリスは寂しい気持ちになった。新しい人と触れる事も出来ず、ただこの小さな世界で彼ら(エリアン)は生き続けるのだ。まるでランドールのようじゃないかと、イリスは思った。彼らもまた森の世界や、これからイリスの知るもの全てを目にする事が出来ない土地に生き続ける人々なのだ。




