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第二話

毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。

 鳥が深青色ふかあおいろに蒼く滲む日差しを受けながら、大きく広げた黒い翼にゆる緩やかな風を乗せ、ランドール上空を静かに旋回すると、銀青山の方向へ消えて行った。イリスはその様子をしばらく眺めていた。

―あの山の向こうには何があるのだろう。凍える大地が広がっているというけど・・・・・・。

冬の貴婦人と呼ばれる銀青山の頂きは遥かに遠く、その先は、常にイリスの興味を引いた。イリスにとって、もしかしたら一生訪れる事の無い場所になるかも知れない。ランドールの人々は、森に深く入ることを禁じられている。理由ははっきりとされていないが、ランドールを出て、森に入る事は死を意味すると伝えられている。事実、森に深く入った者は二度とこの国に帰る事はなかった。故に人々は,帰らずの森と呼んでいる。したがって、森に入った者の行く末を、知る者は誰一人としていなかった。想像の先に広がり続ける森への憧れは、今もイリスの視線の向こうにある。それは、禁じられたものに対する反発でもあったのかも知れない。生涯この地から離れられない運命は、ランドールに生まれたものにとって必然的なもので、彼らはその事を自然と受け入れていた。

 そんな中、ランドールに訪れる人々が、数少ないが存在する。商人と呼ばれる、ごく限られた人々が、季節の変わり目ごとに訪れて来る。彼らが、ランドールの人々と違って、森を行き来できるのは、守りの印を持つ事を許されているからだという。森には森全てをあらゆるものから、守り続ける守り手がおり、森の中を歩く事の出来る商人は、守りの印を持つ事によって、守り手に通る事を許されていると。そう言った話をイリスは友人から聞いていた。イリスは友人の顔と、自分の立場を思い軽く息を吐いた。

「どうして、守りの印が僕には無いんだろうなあ・・・・・・」

守りの印を持たない者は、森の中で、魔物(まがもの)や、獣に殺されるのだと聞いた。

「王子なんかより、商人の子に生まれたかったよ」

イリスはランドールの女王ディーリア・エイヴォンの唯一の王子であり、名を、イリアス・ヴォン・ランドールという。イリスは皆が呼ぶ愛称だ。しかし、イリスにとって、そんな事はどうでも良かった。森に囲まれた小さな国土。まるで森の中に囚われた永遠の囚人のように、生き続ける国の人々。

 ―・・・・・・二度と帰れなくてもいい、森の向こうに何があるのか知りたい。イリスは山の向こう側を見つめ、いつも願っていた。

「守りの印ほしいなあ・・・・・・」

森を自由に行き来できる唯一の手段。その存在を教えてくれたのは、トマ・イスアという商人の子供だった。トマは、父親と3年前から、この国にやって来るようになっていた。商人と国の者の間で、会話と呼べるものは存在しない。

国の人々は、商人と一定の距離をおいて接している。彼らは、森から来るという不気味な存在に、嫌悪と微かな恐怖を商人に抱いている。それに、商人の着る獣の皮で覆った奇妙な服装や、常に下を向き呟く言葉は、陰鬱でくぐもっておりよりいっそう、国の者に不気味さを強く与えている要因でもある。商人のほうも、必要以上の会話は禁じられているらしく、人々と視線を合わそうはしない。そうして、彼らは、交流を避けるように、足早にこの国を去って行くのだ。

 しかし、トマとイリスは違った。彼らが出会ったときから、二人のなかで、いくつもの会話と笑い声が交わされ続けた。トマは、商人にも拘らず、国の者に声を掛けて来る変わり者だった。ただし、その声に答えたのは、イリスだけだったが。トマは、他の商人と違って人の眼をまっすぐに捉える。そして、よく話す。彼は、イリスに自分の見聞きした事を教えてくれた。彼は、イリスより少し年少だったが、イリスより世界を知っていた。彼の瞳と口は、活発に動き、それにより生まれる豊かな表現力は、イリスに、彼と共に様々な体験をして来たかのような気持ちにさせてくれた。トマから聞く物語は、他の本の話より面白かったし、トマは、人を笑わせるのが一番の得意としていた。彼らは、出会うたびによく笑い、豊かな時間を過ごしてきた。

 トマは去年の冬の始める前に、再び森の中へと帰って行った。トマは父親に毛皮のコートを、幾重にもぐるぐる巻きにされ、獣のような格好で、森の方へ消えていった。イリスもトマと一緒に森へ行きたいと願った。そして、彼が話してくれた世界を、共に歩いてみたかった。トマにそう願ったが、彼はあまりいい返事をしては、くれなかった。トマは僕より女王であるお母様に頼むように、と言い残して彼はランドールから去った。

 楽しくリズムをとる様な足取りで帰るトマを、同じ窓で見送ってから、四ヶ月以上が経った。イリスは、この誰にも換え難い友人が来るのを、楽しみに待っていた。季節の変わり目から、次の季節が訪れる時まで、いくつ数えたことだろう。

 もう春が近づいているから、来てもいい頃なのに・・・・・・。イリスは、鎧窓の方へ体を寄せた。

窓ガラスに、頬をぴったりくっつけると、彼は、ガラスに自分の顔が映っているのに気付いた。

「・・・・・・」

イリスは、鼻を思いっきり摘んで見せた。そして、鼻を摘んだまま何かを叫んで手を離し、フンと怒った様に、窓から離れた。目が大きな割に、小振りな彼の鼻は、赤く染まり、イリスは道化師の様な顔になった。イリスはこの鼻が大嫌いだった。実は自分だけ母の子ではないのだろうかという疑念さえ湧いてくる。自分以外の姉達は母親に似て整った鼻をしている。イリスは美しさが羨ましいのではなく、同じ母から生まれたというのに一人だけ母に似てないことが嫌だった。母は、いずれ皆と同じ様に、美しい鼻になると言ってくれたが、鼻は何度見ても低くて小さい。その度にイリスは鼻を摘み上げるのだ。

「ふう・・・・・・」

イリスは、暇を持て余したように、ベッドから足をぶらぶらさせ、天井を見上げた。つまんないや、とイリスは呟き、ベッドの上で寝返った。しばらくそうしていたが、やがて、「―よいしょ」細い足を蹴り出して、ベッドから跳ね起きると、イリスはマントを手にし、部屋から出て行った。


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