第三十六話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
「・・・・・・」
イリスは自分の足跡を聞きながら、先を行くエリアンの音が一切聞こえない事に気付いた。衣擦れの音や彼女の残り香などはイリスのところまで届かなかった。
―近そうに見えても何かに遮られているのかな。イリスは彼女と自分達の間に何か別の空間の存在があるのではと推察した。
それにしても、霧が晴れる気配は無いように感じる。
「どうして霧は晴れないのですか?」
イリスは思い切って先程から気になる事を質問してみた。
〔私達の時代では当たり前の風景でした。白く淡い世界に包まれていたのです〕
・・・・・・この風景が?何も見えないじゃないか。イリスは彼女の言葉に驚いた。
〔全てのものが形を成さない、色の淡い静かなる時代。何もかもが眠りについたように穏やかな時でした。今の光の激しい時を知るあなた方では想像もつかない事でしょうが、世界は今見えている風景で溢れていたのです。今となっては、時折朝の日が浮かび上がる前に交差する様にその時の風景が蘇るのみ。世界が私達のものであった時代は過ぎたのです。気をつけてください、小さき人達。世界は忍び込むようにあっという間に自分達の手を離れて行ってしまうもの。今この時代を無くさない様に大切にして下さい〕
そう語る彼女の表情は見えない。しかし、恐らくイリスと同じ悲しい表情であるのではないかと想像できた。
霧はイリス達が見ていた本来の色のものを包み込み、乳白色のその色は雲の上を思わせた。穏やかな空間。この風景が世界を覆っていた時代があったなんて。・・・・・・それは朝の霧のように世界が幼く目覚めようとしていた時代だったのかもしれない。イリスは昔の風景を留めるこの場所を歩き、古き種族と同じ感覚を共用している事に感動を覚えた。遥かなる先の時代の風景はイリスの目の前で保たれていたのだ。
朝の霧がかかった風景が物悲しいのは、遠い昔の記憶が人々の中に蘇るからなのかもしれない。
「姉さますごい所に来ちゃったね」
「・・・・・・ええ、そうね。時を通り越して、遥か昔に来たみたい」
リオンもイリスと同じ思いを感じているようだった。




