第三十四話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
白い靄のような空気が道の先に次第に重なり合うように、一行の目の前に広がり濃い霧となり、その白さを増して行く手を阻んできた。その霧の中の木々の影がはっきりと浮かび上がる所と木々が朧に見える境目に見慣れた大きな鳥が、彼らを待っていたかのようにこちらを見ていた。
ギャ・・・・・・鳥はいつもの羽音を立ててイリスの肩に飛び乗って来た。
「―ソルヴェイグ?」
イリスは彼女の突然の登場に驚いた。今までどこに居たのだろう?イリスはソルヴェイグの行動に疑問を覚えた。しかし、ソルヴェイグの登場はイリスの心に安堵感を与えていた。もう一人頼りになるかは別として、味方が増えたことにイリスは単純に喜んだ。
「全くお前の行動は、計り知れないよ、いつも」
イリスは目を細めるソルヴェイグの頭を撫でた。ソルヴェイグは大人しくクウと鳴いて気持ちよさそうだ。
「・・・・・・」
あの鳥はイシュマール様とは別の行動をしているのかしら?それともイシュマール様がもしかして近くにいらっしゃるのかしら?それならば、とても喜ばしい事だ。リオンの心は浮き立つ。けれど、遠い所に行ってしまわれたと弟に聞いている。そんな希望はすぐに消え失せた。
「―この霧の先がイスターテ。森の人つまりエリアンがいる場所です」
「エリアンってあのエリアン?森の人ですか?あのエリアンですよね」
イリスは信じられない思いでエリアンを連呼した。
「そうです。イスターテは彼らの住処、彼らから知識を授かる場所なのです」
「イスターテってそういう場所なのですか」
イリスはエリアンは遠い存在だと思っていた。意外とすぐ傍にこのような場所で存在していたなんて、彼は心底驚いた。エリアンはランドールの人々にとって神にも等しい存在だった為、近しい所にいらっしゃったなんて、想像の向こう側を遥かに超えていて感動だ、イリスはエリアンに会えるのだろうかと想像しただけで緊張した。
「じゃ、もしかして学士ってエリアンなのですか?」
「エリアンであるものも居ましたが、今は普通の人間しかいませんね」
「そうですか。学士はエリアンもいらっしゃったのですね。アイン・フォード様はエリアンを知っていらっしゃるのですか?」
「はい、彼らが我が師です」
「エリアンはどんな風な方々なのです?」
「それは、あなた自身が、その目で確かめてみて下さい」
「―お会いできるのですか?」
イリスは自分の願いが叶ったと目を輝かせた。
「ええ、・・・・・・これよりお二人で先をお進みください。ソルヴェイグが案内します」
「ソルヴェイグが?」
二人は声を上げて驚いた。
「イスターテの案内だなんて、ソルヴェイグって何者なの?」
ソルヴェイグは、イリスの肩から降りて、三人の足元で退屈そうな目で遠くを眺めている。そして、無表情のまま、アイン・フォードの肩に飛び乗った。
「―エリアンから二人に大切なお話があると思います。誰にも聞かれてはならない事柄です。その為私はこの中に入る事が出来ません」
アイン・フォードは慣れた手つきでソルヴェイグの背を優しく撫でた。その仕草はイシュマールがよくする素振りに似ていた。
「―彼女はイスターテをよく知るものです。安心してこの者について行ってください。彼女の最も優れている部分は知識があるという所なのです。それも、イスターテ最高の知識があるのです。彼女の容姿に惑わされないでください。彼女の導きのまま行動してください、決して間違いはないのですから」
そう語るアイン・フォードの肩で白い翼を広げて見せるソルヴェイグの姿はいつものように惚けて見える。
―・・・・・・最高の知識をねぇ。リオンの心は複雑だった。自分の一番大切な人の心を奪うこの鳥に対して、いくら頑張っても、嫌悪の感情以外生まれてはこなかった。どうしてこんな鳥をイシュマール様は好きなのだろうと悔しくさえも思うし、彼のソルヴェイグに対しての、あの甘い囁きは半分演技なのではという期待もあった。しかし、もしかしたら、イシュマール様はこの鳥の頭の良さを気に入っていたかもしれない。そういう事実をアイン・フォードに突き付けられ、彼女は少し暗い気分に陥っていた。
「・・・・・・」
リオンはもう一度ソルヴェイグの瞳を見た。
―やはり、イシュマール様は演技をしていらっしゃったのよ。普通の人で、人より知識のあるものかもしれないが、寄りにもよってこんな鳥を心から好きになるはずがない。
リオンは気を取り直したように、アイン・フォードに頷いてみせた。何より怖い存在である彼から離れられることも、彼女にとって少し安心できることでもあった。
「わかりました。この鳥の後をついていけばいいのですね?」
そうリオンはアイン・フォードに確認すると、イリスに行きましょうと声を掛け、その手を掴んだ。引っ張る姉の手を振り払い、イリスはアイン・フォードを見た。
「―アイン・フォード様は何処かに行かれるのですか?待っていて下さるのですか?」
「ええ、ここでお二人をお待ちしております」
そう答えるアイン・フォードの表情は、無表情で感情が読めない。
「そうですか、良かったです」
イリスは安心したように、前を向き姉と共に霧の中へと入って行った。
色も淡く変えていく白の重なりの中、二人の影は次第に薄らぎ、全てを包み込む混迷の濃霧へと消えて行った。




