第三十二話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
炎がこの空間を照らして揺らぐ。アイン・フォードはその炎の揺らぎ越しに眠る二人の弟姉を見た。そして、疲れたように瞳を閉じた。
(―どうかしている)
アイン・フォードは目を開けると、踊り続ける火の粉を睨みつけた。彼の心は今まで感じたことの無い得体の知れない感情に取り乱されていた。
今まで感情的になる事はあり得なかったのに。それが始まったのは・・・・・・。
(ランドールに来てからだ)
アイン・フォードはそう振り返った。炎の先が金色に光り消える。
イライラと先程より激しく彼の瞳はそれを見定めた。
この凶暴な感情は何処から来るのか・・・・・・。自分がこんな風で二人を無事かの地に導けるのか―。
彼は再び瞳を閉じ本来の感情を呼び覚まそうとした。
「―・・・・・・」
やがて、アイン・フォードは、ゆっくりと目を開け、目に飛び込む炎の明かりを穏やかな表情で眺めた。
イリスは鳥の囀りと穏やかな天上からの光で目覚めた。
「・・・・・・」
しばらく降り注ぐ光に滲む葉陰の様子を眺めていたが、寝ぼけている姉の手が自分を引き寄せようとするので、捕まらない様にその場を離れた。
イリスは昨夜のように木々で眠る体験をした事が無かったので、少し興奮していた。今までお気に入りの毛布が無いと、眠れないのかと思っていたが、そうでも無いのだと安堵した。
木々の隙間から星の瞬く姿や、葉音の優しい音、若葉の涼しい匂い・・・・・・。
イリスは森の夜の穏やかな表情を思い出し、毎日この下で眠れたらいいな、と一人微笑むと荷物の中から書き物の一式を取り出した。
リオンは寝返ると地面の硬さに顔をしかめた。やがて、諦めたように髪を掻き上げながら起き上がった。
「・・・・・・」
昨夜もあまりきちんと眠れてはいなかった。
リオンは何か準備を整えるアイン・フォードの横顔を見た。なんて、恐ろしい瞳をしているのだろう。彼女はそう昨晩を振り返ると、唾をゴクリと飲み込んだ。
昨夜リオンは何度も目が覚め、炎の先に深く沈む影を持つ瞳を見ていた。悪夢のように透明な水色の瞳は、照り返す火と共に、何か凶悪な色をこちらに向けていた。
―あれは祭りの月夜の時。彼が自分に見せた瞳によく似ている。何かにとらわれているかのよう。リオンはその考えを追い出すように目を固く閉じた。
―今は彼を信じなければ。第一彼以外私達を導いてくれる者はいないのよ。
リオンはそっとイリスに近付いた。弟は紙に何かを書いているようである。
「何しているの?イリス」
「旅の事を書いている」
「旅?」
「そう、今日の事、ランドールの事、ずっと忘れない様に。いつかお爺さんになって、この文章を読んで子供たちに聞かせるんだよ」
そう言うイリスの頭をリオンは優しく撫でた。
「姉さま、こういう事を今度からしないでね」
イリスは鬱陶しそうに、その手を払いのけた。
「どうして?」
「子ども扱いしないでよ」
イリスはそうきつい目で睨むと背を向け、荷物を片付けだした。そのイリスの表情は単なる背伸びではなく、成長した後をうかがわせた。
「―」
リオンは弟に小さな後ろ姿を見て、母の言葉を思い出していた。何があっても彼だけは守らねばならない。頼るものは何もない。学士さえも疑わなくてはならない。今の状況で助けてやれるのは自分なのだ。それは、リオンにとって旅の間中の一番の指針となった。




