第三十一話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
「―・・・・・・」
リオンは巨大な木の下に広がる、澄んだ静寂さに心奪われていた。胸いっぱいに、この涼しい若葉の香りを吸い込み、自分が次第に落ち着いてゆくのを感じた。
―この光景・・・・・・知っている。イリスは白く滲む光の美しさを、確かめるように辺
りを見渡した。
「森の人の道だ・・・・・・」
イリスは声を出して呟いた。又再びこの静かな空間に出会えるなんて・・・・・・。イリスは荷袋を降ろし始めたアイン・フォードを見ながら、彼はこの場所を目指してきたのだろう。きっと”闇”への心配は、恐らくここでは無用のようだ。そう安堵し一人息を漏らした。
「今夜はここで過ごします。明日もまた、かなり急ぐことになりますので、よく休んでおいてください」
そうアイン・フォードが言うと、イリスとリオンは、ホッとし、二人で草の上に漸く腰を下ろした。足を延ばして初めて足をかなり使ったことがわかる。リオンは座り込んだ身体をゆっくりと横に伸ばし寝転んだ。
「姉さま大丈夫?」
「―うん、久しぶりだわ。土の匂いを嗅いだの」
リオンは地面に埋もれながら笑った。
「とても気持ちがいいわ。安心できる場所ね。今までピリピリと緊張していたのに、ここに来た途端、何かに包まれているような優しさを感じたわ。・・・・・・不思議な所」
リオンは上から降り注ぐ光に目を細めた。
「きっと森の人が作った場所だよ」
「エリアンが?」
「トマがね、森の中で安心できる場所は、エリアンの仕業だって」
「エリアンが・・・・・・そう」
リオンは弟の言った事に真実味を感じた。この場所は確かに何者かの力が働いている。巨木は長い枝で覆い、旅人を守る為に、この場所に息づいているかのように見えた。
アイン・フォードは、何処からか束になった枯れ枝を運んできた。その中から二、三本ほど取り出しナイフで枝を削り出した。イリスは慌てて彼の元へと行きその様子を眺めた。
「・・・・・・」
何をしているのかしら・・・・・・リオンは離れた場所から彼らを見ていたが、次第に目がぼやけてくるのを感じた。昨夜眠っておけばよかった・・・・・・リオンは欠伸と共に眠気が増していくことを意識しながら、抵抗することも無く、眠りについてしまった。
「―」
リオンが再び目を開けた時には、既に日は暮れ、目の前には焚き木が燃え、木々の爆ぜる音がしていた。
「―姉さまは食べ物の匂いに敏感だね」
イリスは口をもごもごさせながら、リオンに話しかけた。
「―!私寝てしまったのね。どれくらい寝てたのかしら?」
「日が高いうちから日が暮れるまで」
イリスはリオンに食べ物の皿を渡した。皿の上には僅かなパンと見たことも無い木の実が入っていた。
「ああ、私、食事の手伝いもせず、眠ってしまってすみません」
リオンは、二人に恥ずかしそうに謝った。
「いいえ、疲れておいでなのでしょう。明日の為によく休むのも重要ですよ。さあ、食事をして下さい」
とアイン・フォードは彼女に優しくそう言った。
すみませんとリオンはもう一度謝ると、皿の上の木の実を見た。
「いい匂いね。これは何の実かしら?」
「バノンの実って言うんだって、皮ごと食べられるから、そのまま口にしていいよ。ああ、種があるから気を付けて」
リオンは弟に言われるまま実を口に入れた。
「美味しい」
甘い爽やかな味が口の中で広がる。
「それから、これも食べて」
イリスは焼き菓子を半分割ってリオンに渡した。
「―これは昨日の?」
それは甘い香りと共にその菓子を作ってくれた人を思い出させた。もう冷たくなっていたが、優しい甘さだけは変わらない、いつもの味だ。
「ランズベール・・・・・・」
リオンは少しずつ惜しむようにその菓子を味わった。
「ねえ、イリス。みんなどうしているかしら?」
「そうだね」
そう言ったきり、イリスは何も言おうとはしなかった。リオンも弟の返事が特に必要ではなかった。既に心は最後に見たランドールの風景へと飛んでいた。どれくらい離れたのだろう。たった半日なのに、ひどく遠い世界に来たようだ。
イリスは姉の顔に暗い影が入るのを見て、それを防ぐように彼女の前に杖を差し出した。
「―何これ?」
「姉さまの杖。アイン・フォード様が歩きやすいようにって」
「―そう」
先程彼が作っていたものは、これだったのか、とリオンはその杖を手に持ってみた。ただの棒のように見えるが手に持つ部分が持ちやすく削られている。
「ありがとうございます、学士様」
リオンが礼を言うと、アイン・フォードは、いえ・・・・・・と低く答えた。
「僕の分も作っていただいたんだ、すごい器用だね。アイン・フォード様は」
「明日は今日ほど急ぎませんが、道のりが厳しいです。杖が無ければ二人とも持たないでしょう」
「え、そんなに道行がきついのですか?今日よりも?」
「そうです。早めに身体を休めましょう。食事がすんだら横になって下さい」




