第二十九話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
冬の枯れ木の枝に、若い芽が吹き、黄緑色の若葉が、淡く森のあちこちで、広がり始めていた。
一行はアイン・フォードの導きにより、森の中で、かなりの歩数を進めていた。森の奥に進むほど道行く先の方向も、ランドールのからの足取りも、二人にとって既にわからない状態だ。頼りになるのは、先行くアイン・フォードの確かな歩みのみだった。
―本当に森の中を歩くのは命がけなんだ。
イリスは、途切れることの無い木々の淡い緑と、予測不可能な彼の行動に不安を感じた。アイン・フォードの歩調はかなり速い。二人は、彼に追いつくことに必死で、息はとうに切れていた。
―何処まで行くのだろう。
トマから聞いた森の印象と随分と違う。恐怖も無ければ獣の姿もない、あるのは硬い地面と木々の群集だけ。イリスは同じ風景の連続と疲れで、アイン・フォードの背中も朧気に見えてきた。
先頭を行くアイン・フォードの目と手の動きは、絶えず何かを探しているようだった。そうして、とある木の幹に、サッと手を伸ばし探るように、木肌に触れ木の根に目を向けて再び歩き始める。彼のそういった行動をイリスは何度も目にしていた。イリスは足早にアイン・フォードに駆け寄ると彼にその事を訊ねてみた。
「―目印ですよ」
「目印?」
「この広い森の中で、間違えずに道を行く事など出来ません。森を行き来する者はこの目印を頼りに森を歩くのです」
「じゃ、この事を知らなかったら、どうなるのです?」
「この森をさまよい続け、最後には死ぬことになりますね」
「そうなのですか・・・・・・」
だから商人はこの森を抜け、ランドールに来ることが出来たのだ。そして、ランドールの人々が森を恐れたのは、本当に二度と帰って来れない旅となるからなのだ。イリスは今ようやく自ら森に深く入る事によって、ランドールの国が森に近付く事を禁じた理由を身をもって理解した。
「これが、森の印。守りの印と呼ばれています」
アイン・フォードは、立ち止まり木の幹に刻まれた紋様を二人に見せた。その印は本当に注意深く見ないと、見過ごしそうなくらい目立っていなかった。
「これが、守りの印。商人も持っているものですね」
「そうです。彼らの仲間で持つことが許されている印。この森の通行を許される者達の証。この紋様は意味のあるものなのです」
「私達は守りの印があるから大丈夫なのですか?」
「そうです。森の中で迷ったら助けになります」
「これは何の意味があるのです?何か見たことのない文字が刻印されていますけど」
「この守りの印は本来商人達が持つ物で、仲間を確認するために作られた物。これを持つ人間は彷徨っていても、森行く商人によって助けられますが、それを持たない者は森に出れず確実に死にます。もし万が一あなた方が私とはくれたりした時に、彼らが助けてくれるでしょう。その為にこれを渡しておいたのです」
「”それ”にも効くのですか?この印は」
それは・・・・・・とアイン・フォードが口を開きかけた時、遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえた。
「行きましょう」
アイン・フォードは固い表情で言葉を切ると、再び足早に歩き始めた。残された姉弟二人は疲れ顔で、お互いを見たが、慌てて彼の後を追った。




