第二十二話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
南西の塔のドームの下に極めて広い空間が存在する。円柱状の構造物の中にランドールのあらゆる書物が集められている。ランドールの知識の間、或いは書物の間と呼ばれるこの場所は古くから学士や知識を得ようとする者達に開かれ、ここで、多くの議論、講義が交わされてきた。リオンは樫の木の椅子に座り、部屋中に漂う紙とインクの匂いを嗅ぎながら、イシュマールに初めて教えてもらった時の頃を思い出していた。
・・・・・本当にイシュマール様と、新しい若い学士はずいぶんと違う。イシュマール様みたいに優しくないし、彼の冷たい態度は、ほとんど正反対といってもいい。―よく考えればリオンはイシュマール以外の学士を知らないでいた。もしかしたら、アイン・フォードの方が、本当はイスターテの学士としての振舞いは正しいのかもしれない。イシュマールのように人当たりの好い優しい学士はあまり存在していない可能性だってある。
「・・・・・・」
リオンがそう思い巡らせていると、アイン・フォードとイリスは部屋へと入って来た。
「あれ、姉様。今日は張り切っているね」
イリスはいつもよりも早く席に着いているリオンを珍しそうに見た。
「何よ、それ」
「だって、いつも僕らより遅く来るよね、渋々と」
「―悪かったわね」
リオンは弟に痛いところを突かれ、少しムッとしたが、気を取り直して、アイン・フォードの方を見た。
「今日は教えてほしい事があって来ました。答えて下さいますか?」
「―なにをです?」
アイン・フォードは、いつもの冷たい視線を投げかけてきた。リオンはその目線に言葉が詰まりそうになったが、気分を落ち着かせて彼の目を見つめ返した。
「あの祭りの夜に起こった事を、わかりやすく説明してほしいのです」
「・・・・・・」
アイン・フォードはその彼女の眼差しを避けるように目を伏せると、イリスに席に着くように促した。
「あなたには本日話すつもりでいました。そうですね、・・・・・・まず、この国の歴史から話す事になりますね」
アイン・フォードは部屋の奥に行き、どこからか持って来たのか、古く長い巻物を机の上に広げて見せた。
「これは、インスリット年代記というランドールの歴史が編纂された歴史書です」
「これが、インスリット年代記」
リオンはその存在をイシュマールから教わったことがある。実物を見せてもらった事はないが。
「・・・・・・」
擦れた文字は古い言葉で綴られ二人は読み取ることが出来なかった。書物から読み取れる事は長い時を刻んできたであろう紙の色の古さだった。
「そうです。後、この国にはゴ・ダール叙事詩という最も古い歴史を綴った叙事詩がありますが」
「あら、あれは神話なのでは?」
「そう、神話と言われていますが、本当は人々の記憶で綴った記録書なのです。インスリット年代記より昔の歴史が語られています。そして、それに書かれた事柄もゴ・ダール叙事詩の方が真実を伝えています」
「姉さまは、ゴ・ダール叙事詩の事を知っているんだ」
「そういう神話があるってことだけしか知らないわ。その叙事詩ってどこにあるのです?一度も見たことが無いのです」
「―叙事詩は、遥か昔に失われ、今は人づてに伝えられた僅かな言葉しか残っておりません。ですから、現在はこのインスリット年代記がランドールの歴史となります」
「でも、その年代記は本当の事が書かれていないのですよね?そんな年代記を知っても意味がありますか?」
「詳しく言えば、ゴ・ダール叙事詩はランドール建国以前の話、インスリット年代記は前の時代の話を曲げて伝えられているだけの事。年代記はランドールの建国以来の歴史は忠実に伝えられているのです」
「そうなのですか、失礼しました。出過ぎたことを言いました」
アイン・フォードはリオンの謝罪を、いいえと短く対応した。
「―ランドールは誰が始めたかご存じですか?」
アイン・フォードの問いに二人は首を振って答えた。
「ランドールは遠い昔、まだ人が存在していない時代に、森の人が住んでいたとされる場所なのです。やがて、時代は過ぎ人の世となり、あなた方の祖先である銀の乙女がこの地に辿り着きました。過去の遺物はほぼ損なわれていましたが、人の時代に、過大な影響を及ぼす古代の遺産が存在していたのです。リィンディアはこれを守る為この地に留まりランドールという国を作りました」
イリスは自分達に、ここまで教えるアイン・フォードの意図を図れずに彼の方を見た。彼の表情は読めない。
「―過大な影響とは、何です?」
リオンの質問が空間に響く。
「古き種族が今のように数少ない種族として生きなくてはいけない原因となったものです。ランドールがそれを守らなければ、人も同じ目に遭うでしょう」
「・・・・・・そんなものがこの国の何処にあるというのです?」
「―それは答えかねます、姫君」
アイン・フォードは厳しい口調でリオンの質問を撥ねつけた。リオンは確かに変わっているように感じても、彼はイシュマールと同じ学士なのだと思い直した。イシュマールは口調は柔らかったが、固い壁のように決して答えないようなことがあったのだ。
「ともかく、ランドールが年間を通して儀式が多いのは、その事が原因でもあります。インスリット年代記は、そういったランドールの守護の歴史を綴ってあるのです」
イリスとリオンは改めてこの書物の長さを見て、ランドールの深い歴史を思った。そして、アイン・フォードのから、ようやく知らされた、この国の事実に、溜息に近い感情を覚えたのだ。
「姉さま達は、皆この事を知っていらっしゃるの?」
リオンは姉達が、このような事実を隠し続けている事に驚きを隠せない。
「―そうです。この事はリィンディアの血筋の者達、つまり代々この守るべき義務を受け継ぐ者達にしか伝えられていません」
「リィンディアの血筋・・・・・・つまり、僕たちの事ですか?」
「そうです。この国で誰よりも責任の重い決まりを守るしきたりが、あなた方には存在する。全てはこの地にある最大のものを守る為の決まり事です」
「決まり事って、もしかして、地下を掘る事を禁じたりした事でしょうか?」
「その通りです。この土地は人を害する意思が地下に眠っているのです。ケルウェンが掴んだ石は人にはあまりにもきつ過ぎる毒だった。・・・・・・その後彼は間もなく亡くなりましたね?あれは地下にある石の毒をまともに受けたからです。それゆえに地下を掘る事を禁じたのです。これまで幾度の人々がこの毒によって亡くなりました」
「じゃ、ケルウェンが禁じ手を行ったのが、初めてじゃないのですか?ケルウェンのせいで色々な異変が起こったと思っていたけど、違うのですか?」
「―偶然でしかありません。もしかしたら、石に何か呼び寄せるものがあったかもしれませんが」
「地震も?」
「・・・・・・そうです」
「―では異変の原因は一体何なのです?」




