第二十話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
ランドールを見渡す古人の丘に春風の穏やかな空気とは異なり、そこに立つ者を容赦なく銀青山からの風が拭き下ろした。風をはらむマントの翻る先に、祈るように、たたずむ学士の姿が見えた。
「アイン・フォード様!」
イリスは風の音に負けぬよう彼の名を呼んだ。彼はイリスに気付くと目を細くして、こち
らを見た。
「このような風のきつい所にいらっしゃると身体に悪いですよ」
イリスはアイン・フォードの冷たくなった手を、自分の手で温めながら声をかけた。
「・・・・・」
アイン・フォードの視線は再び空へと向けられた。
「いつも、この場所にいらっしゃいますね。好きなのですか?ここが」
風が激しい音を立てて二人の間をすり抜けていく。
「・・・・・ここは、よくランドールが見渡せます」
アイン・フォードの言葉に、イリスは彼の隣に並んで彼の見る風景を見つめた。
「はい、そうですね。ランドールが一番綺麗に見えますね」
「・・・・・今のうちに、この風景をよく覚えておいて下さい。ここでの時間は、私達には僅かしか残されていないのですから」
「―どういう事ですか?」
「二、三日。・・・・・もしかしたら、今日にでも、私達はランドールを出る事になると思います。この国が“それ”の手に落ちる前に、ここを出るつもりです。イリス様も準備を整えておいて下さい」
「森の奥に行くのですか?」
「ええ、そうです」
「森へ・・・・・」
ざわざわとした得体のしれない感覚が、イリスの身体を駆け抜けていく。それは恐れの為なのか、これから行く世界への憧れなのか彼には分らなかった。
「―二度と帰る事はありません。今この時間を大切にしておいて下さい」
アイン・フォードの言葉にイリスは高塔に住む人々を思い起こしていた。イリスを取り巻く穏やかな大切な空間。それは姉達や母、彼女達が居たからだった。
「離れがたいですか?」
イリスの表情を感じ取って、アイン・フォードが訊ねてきた。
「・・・・・」
イリスは黙って首を振った。生まれ出たこの国の人々との別れより、彼の心は既に森の奥へと向かっていた。森はイリスを捉えて離さない。おそらく生まれた時から、遠くへ呼び寄せられる運命だったのかもしれない。それは、もうイリスの生き方になっていた。
「森は全てを持ち、僕を待っている・・・・・」
その先が恐怖であれ、至福の世界であれ、イリス心は決まっていた。
「行きますよ、アイン・フォード様。僕は多分その為に生まれたのです」
アイン・フォードはイノスのその瞳を見つめて頷いて見せた。
「―では、明日にでも出かけましょう。明日の朝ランドールを立ちます。早い方がいいでしょう。よろしいですね」
「はい、明日ですね」
イリスは銀青山の方を見た。彼の瞳は闇への恐怖は跡形もなく、まだ見ぬ世界への希望しか見えてなかった。




