第十九話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
強い風がイリスの心をかき乱してゆく。もうイシュマールには会えないかもしれない。その事が彼の心を覆う。俯く彼の足元にポタリと雫が落ちた。
「・・・・・・」
イリスは涙を拭った。
「―泣くもんか、泣くもんか!」
思い切り首を振ると、大きく息を吐き、気分を落ち着かせるように叫んだ。雲は太陽を覆うように広がり、ランドールの街に影を落としていた。イシュマールの姿はもう無い。
・・・・・・イリスは銀青山の向こうの灰色の空を見上げた。
「寒い・・・・・・」
イリスは手を伸ばし肘を抱え込むように縮こまった。イシュマールがイリスの部屋に訪れた時、慌てて寝間着の上からマントを羽織って出たため、春が近いとはいえ、まだ冬の風が吹くこの丘にいると、寒さが身に染みる。マントの下の半袖から覗く肘の先がとても冷たい。彼の心に不安が駆け巡る。
―悲しい時にはあなたを守ってくれた者たちを思い浮かべて下さい。それがあなたの命の源となるでしょう。
イシュマールの優しい声が温かくこだまする。
「・・・・・・」
イリスは目を閉じ心の源である人々を思い浮かべた。イリスの心臓が力強く脈打ち始める。
「よし、いい感じだ」
イリスはそう言うと目を開けた。灰色の空から裂くように、深青色の春空とともに暖かな日差しがランドールを照らしてゆく。川の水面に輝く光の上を灰色の雲が、足早に通り過ぎ影は光の後を追うように消えて行った。
「―・・・・・・」
その様はイリスの心に力を注いでいった。冷たい風に日の光を受け靡くイリスの髪の下で、彼はキツと青の瞳を青天に向けた。それは彼に芽生え始めた強い意志を表しているかのようだった。
―ランドール全てが僕の支え・・・・・・
温かい想いが幾重にも空気を纏いイリスを包む。自分を取り巻く愛おしいもの全てが、イリスを守っていることを感じ取っていた。
―この世界を失いたくない・・・・・・イシュマールの言葉はそのままイリスの戦うべき指針となった。イリスは決意したように顔をもっと上げ、彼の守るべき全てを見つめた。
気高き銀青山、今居る古人の丘、国を渡る清流リシュオン川、人々の集う広場、そしてウィッツランドの高塔。どれもが思い出の地だ。彼を育んだ大切な者たちがいる土地だ。
「僕は絶対に負けない!負けるもんか!」
そう自信たっぷりに宣言すると、イリスは大げさに腕を振り回しながら、風の鳴る丘を後にした。虚勢だろうが、何だろうがイリスには関係なかった。そうする事で彼の心は定まったのだ。




