第十三話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
「守りの儀式は、どの様に行われるか知っていますか?」
「―」
アイン・フォードは師の言葉に振り返った。
「十二人の娘が行うと聞きますが」
イシュマールはその返事に頷きながら、回廊を歩き続けた。
「そうです。清めの儀式と呼ばれるこの儀式、行うのは十二の声を持つ娘のみ。ランドールの娘と呼ばれる彼女達は選ばれた者達です。中には女王の子供達も入っています」
「リオン様ですね」
「そう・・・・・・あと一人いらっしゃる、リア様です。リディア様とリノス様はもう儀式を行う子に声を伝えて役目を終えています」
「女王の子はイリス様を入れて五人のみです。二人の姫以外の者は国より選び出された者です」
青の回廊と呼ばれるその道は、僅かな明かりの中で鈍い青を発しながら、奥へと続いて行く。暗いその先は行く者の心を不安にさせる。暗闇は形無き恐怖。光を求めその瞳は暗闇を見続ける。暗闇の向こうは闇・闇・闇・・・・・・。
「アイン・フォード!」
イシュマールの声が緊張に変わる。
「光を見なさい!」
アイン・フォードは、目の前の明かりの量に顔を背ける。
「闇は見つめ続けると心が取り込まれると知っているはずです」
アイン・フォードは、イシュマールの声で自分を取り戻し始めた。
「申し訳ありません。光を見出したかったのです、その先の光を」
「―危険な試みですね、アイン・フォード。今、闇・・・・・・いえ、“それ”と表現しましょうか。“それ”はかなり強く濃く近づいているのです。少しの油断が彼らに隙を与えてしまう事になります」
「―この国の“それ”はすでに自然ので“それ”は無くなりつつありますね。影の濃い地下だったからでしょうか。ただ見つめるだけで“それ”は近くまで来ていた。あれは声にならない“それ”の声。恐ろしい沈黙」
アイン・フォードはじわりとふき出す冷や汗を拭った。
「“それ”の中での心の不安は自らの光に頼る事です。“それ”の向こうは“それ”でしか無いのです。アイン・フォード。“それ”の先に光があるのではなく、光の後にが“それ”あるのです」
イシュマールが壁の一部に触れると、その世界は一変した。闇は消えイシュマールとアイン・フォードは光の中に立っていた。
その光の量は色と影を排除する為のものであり、この場所こそ儀式の中心なのだとアイン・フォードは理解した。
コツ・・・・・・ン陶器に似た質感の床から人々の歩く足音が響く。人の姿は見えないが多くの人間が近づいて来る音が響き渡って来る。
「―・・・・・・」
人々の姿が揺らぎから形のある者へと変化していく。目の前を通り過ぎる人の列からアイン・フォードは、先ほどまでイリスと城を案内してくれていた自分の生徒となる王女リオンを見つけた。光に滲む白い顔とその瞳は、自らを知る事と感情を奪われている様に何もなかった。人間らしいものは何も。
先程会った印象とは程遠い固い表情は、他の娘達にも見られた。
(一切の記憶を持ち帰ってはならない―・・・・・・)
儀式は姫君の清めから始まると聞いていたが・・・・・・清めとはつまり・・・・・・こういう事か。
アイン・フォードは光の量を押し出すように瞼を下ろした。この光はきつ過ぎる。
姫君の列はある場所で輪になり、彼女達はその中心を見つめ続けた。沈黙と光の激しさだけがじりじりとアイン・フォードを責め続ける。
―声はすでに始まっていた。その静かな声は最初の者が声を紡ぎ出すと、続けて次の者もそれに倣っていった。声は、そして微かな響きは、呪文としてアイン・フォードの耳に聞こえ始めた。
―アリエイン・カイラ・シイリリイ・ルカルト・ラキュニエル・ファンド
十二人の姫君の呟きは微妙に重なり、それは完璧な言葉として発せられた。
”エル・エル・イリアズ・ラスト・イエンド“
背中を押し出されたような響きがアイン・フォードに重く圧し掛かった。
―あれが守りの呪文・・十二人の姫君のみが発する事のできる和音・・・・・・。
あれは人の声じゃない・・・・・・アイン・フォードは背中に流れる汗を不快に感じながら、先ほどの響きを振り返った。・・・・・・あんな声は人では発する事が出来ない。
だからこそ、声を再現する為に、彼女達一人一人の声の重なりが必要となり、守りの呪文は姫君が持つ音階一つが集まる事で、始めて和して響くのだという。
そうしてこの広間で生まれた空間は十二人の声で満たされ再び眠りにつくのだ。
姫君の輪が解かれ再び一列の形をとると、白い空間は張りつめられたものが無くなっていた。静寂の中、姫君達の衣擦れの音が次第に遠ざかっていく。先ほどまでの異常な禍々しい白さは存在してない。
アイン・フォードは、この地にある最大なるものが、静かに足元にある事をようやく理解した気持ちで空間を見つめた。
「この国の娘は三歳になると様々な訓練をします。ランドールの娘になる為に。ランドールの娘とはいわば儀式を行う者を指すのですが・・・・・・。彼女達は代わりの娘が生まれない限り、この儀式を続ける事になります。―つまり自分の声と同じ音を出す娘が必ず生まれてくるという事です。それも彼女達が二十歳になるまでには、必ず生まれるのです。同じ音を持つ者が生まれると、その娘は自分の代わりになる娘に自分の音階を教えます。彼女達は先程の言葉を知る事はありません。その言葉は決して漏らしてはいけないものだからです。彼女達は音楽で言うと楽器のようなもの。この場の儀式の間は自分の意識が無いのです。そして代わりの娘が生まれ音階を伝えると、この儀式からようやく解放されるのです。・・・・・・しかし、それもすべて無くなる日が来ます。過去の懐かしき日々は全てこの土地にあった・・・・・・。アイン・フォード、心に留めておいてください・・・・・・このランドールのすべてを」




