第八話
毎週木曜日に投稿します。よろしければ読んでみて下さい。
高塔の中心につながるグリア・セイロンの門にかけて広がる広間は、太陽の道筋を残し二人の学士を向かい入れた。門の奥に入ると、水の音と共に四方の壁に囲まれた小さな中庭が目に入った。両脇に光る池をたたえ壁には水面の影が揺らめいていた。
「ここは静かの間。ディーリア女王が、ここでよくこの時を迎えます」
イシュマールがアイン・フォードにそう説明した。アイン・フォードは壁に映る光の刻印をただ一心に追っていた。水の中の光の模様にも似た世界だ。アイン・フォードは昔見た水面の輝きを思い出していた。ここには知識あるものが残した僅かな記憶のかけら。この意味を知る者は少ない。高い壁に長くかかる人影がくっきりと、形を成して現れるのを見て振り返ると、門の中心にこちらを見つめる者がたたずんでいた。意外とその人物は長身で細いながらも存在感があった。間近に来ても、その印象は消える事は無く、アイン・フォードはイシュマールに倣って礼をとりながら、自分の身長が彼女の肩ほどにしか満たない事実に軽い驚きを覚えた。
「ディーリア女王。彼が私の代わりを務める事となったアイン・フォードです」
「あなたがアイン・フォードね」
自分にかけられた声は静かだが強い意志を持ち、その眼差しは先ほど出会った王子によく似ていた。
「彼は見かけが幼いですが、私と同じ知識を持つ者です」
とイシュマールが女王にアイン・フォードの事を伝えた。
「ええ。この静かの間を懐かしそうに見る者は少ない。彼は多くの事を知っているようですね」
きらりと女王の目が光った。だが、すぐに彼女の瞳は元の色に戻った。
「―」
アイン・フォードはその言葉を聞いて、女王もこの事を知る者なのだと理解した。
「私はイスターテの者です」
女王はそう告白した。30年前イスターテのディーリア・エイヴォンは学士としてランドールにやって来た。その後ランドール国王のもとへ嫁いだ。大恋愛だったという。しかしその王はすでに亡く、彼女は国を支えるために、この国にとどまっている。
「先ほど私の子イリスは彼女に出会い、例の言葉を聞いてしまいました」
「申し訳ありません。ディーリア様。私がもう少し早く見つけていれば・・・・・・」
と頭を下げるイシュマールに、いえ、と女王は短く答えた。
「森はあの子を引き付けて放しません。あれは偶然ではなく起こるべくして起こったことかもしれませぬ」
「私達がたどり着いた後では遅すぎたのかもしれません。イリス様が森に入ったからこそ、あれは守られたのです」
そう言うと、イシュマールは女王を見つめた。
「あの子を導く者として動いて下さい、アイン・フォード。私は国を守るのが精いっぱいです。もしもの事があればあなたにすべてを任せます」
女王の頼みをアイン・フォードは静かに頷き受け取った。
「"闇"は深く、我が国のあちこちに実体となって出て来るでしょう・・・・・・。彼らの狙いはただ一つこの地の奥深くにあるものだけです」
ああ、と女王は辛そうに目を閉じた。彼女が"闇"と言っただけで何かが騒めいた。もうここまで、その力は進行しているのだ。アイン・フォードは背筋が凍る思いをした。
「そして最大のもう一つはリイン・カラドルにある」
イシュマールは呟いた。
「女王。私はリイン・カラドルへ向かうつもりです」
イシュマールは女王を見、そしてアイン・フォードを見た。
「あの者がこちらに向かって来たという事は、あの場所はかなり危険だという事です。二、三日、ここの様子を調べました後に、ここを立ちます」
「そう、では私にカ・ランの実を分けてくださいますか?」
カ・ランの実・・・・・・アイン・フォードは女王の決意を呟き言葉を失った。
「この国はもちますまい。全てが"闇"とならない為にしなければならないのです」
「―・・・・・・かしこまりました」
イシュマールは彼女の意志の強さを思い、低い口調で受け止めた。そして、この日静かの間で集った三人は、二度と揃う事はなかったのである。




