神職にあったけど役目を怠ったと追放された私、なぜか村の守護獣までついてきた。
律はそれほど大きくはない村で生を受けた。近場の山で採れる唯一の特産ともいうべき翡翠は、村名の由来にもなっている。
村にあって両親を亡くした律は、神仕えの家に引き取られた。瘴気を祓い、恨みを清め、祭事に携わるを生業とする家に。
瘴気とは、憎しみや恨みといった感情が形を成したものだ。誰にともなく、吐かれた恨みが瘴気へと形を変えていく。放置すれば、作物が侵され、獣たちが化生の者へと変ずるのだ。
そうなる前に、遠ざけ、祓い、清めるのが律のお役目である。そのための方法はいろいろだ。物理的に切って離す。燃やして天へと還す。黒い瘴気なら相反するもので塗りつぶすのもいいだろう。言葉を切れば、込められた意味は離散する。どろどろとした恨みも、別の形に変えれば恨みは形を保てないのだから。
「よし、ここも終わり!」
溌剌とした声だった。年の頃は十六とまだ若いながらも、仕事を真面目に取り組んでいる。
長じれば、きっと美しく育つであろう。律が長い黒髪をなびかせながら歩いていると、後ろについてくるものがのっそりと現れる。
咬だ。律が生まれる前から村に居た白くて大きい狼。名前の通り、うっかり手をだすとガブリと噛まれるので、村人から少し怖がられている。とはいえ、咬は普通の狼ではない。
まず咬は、人を乗せられるほど大きい。彼がその気になれば、そのままで大地を疾駆できるだろう。
そして、その大きな口で化け物を噛み砕くことができるのだ。
どうして彼がそんな巨躯を備えているのかそれは一重に、彼が村の守り神として盟約を結び、位階を上げられた古き存在だからだ。咬が村の求めをこなし、村もまた咬の求めを受け入れる。尤も約束を違えれば、たちまちのうちに彼は村を去るだろう。
そうなれば、村に害が及ぶことは、想像するだに難くない。そうならないように、彼らと言葉を交わし、鎮めるのも律の役目だ。いざとなれば、その身を差し出すことも含めて。
「咬様、もうご飯は食べられましたか?」
歩きながら律の問いかけに、咬はぶるぶると首を振ってみせる。
「なら準備しますので戻りましょう?」
律が咬を屋敷に連れて戻ると、貯蓄してあった燻製肉を差し出した。咬は一息のうちにほお張り、バキバキと骨まで噛み砕いて飲み込んでいく。そうしておかわりを要求する。
もう一つ肉の塊を差し出そうとして、二人の近くを通りすがった家人が不思議そうに声を掛ける。
「あれ、さっき俺が食事をお出ししたのにどうしたんだ?」
その声に律がはっと咬のほうに向き直った。すでに咬は口の中のものをすっかり平らげており、ぷいっとそっぽを向く。
「咬様~~! だめじゃないですかあ!!」
がみがみ注意する律に閉口したのか咬が頭を下げることで場は収まった。
仕事を終えると律は水辺に移動した。他の村人たちが野良仕事や調度品や装飾やらの工作をし続けており、律は自分だけ身を清めることに一抹の申し訳なさを覚えた。しかし、それはおざなりにするわけにはいかない大事な事で、穢れが自身の澱とならないよう洗い落とす必要がある。
流れに身を任せ、頭からつま先まで水にどっぷりと浸かる。
「つ、冷たい……湯殿でもあればなあ」
叶わぬ贅沢を言いながら、律は冷たさに身を震わせる。身を清め濡れた体を拭き終えた。
そうして社に戻ろうとして、村の子供たちとすれ違う。
同じ年頃の子たちからすると、律は不可解で妬ましい存在であった。何をしているか分からず、村仕事を免除されている。両親がおらず養子であることも、その気持ちへ拍車をかけた。
増してや今、律は身を清め終わったところ、だというのに自分たちは泥と汗に塗れている。その差違が子供たちのうっぷんに火をつけた。
「ちょっと律! 私たちがこんなに泥まみれになっているのに自分は小奇麗にいいご身分ね!」
そう口火を切ったのは女の子であったが、周りにいた男女問わず、同じ気持ちを抱いていたのであろう。食って掛かった子を止めるようなものはいなかった。
「私は任されたお役目を果たしているだけ。私とあなた達の仕事はどちらも村を支える仕事でしょう?」
「ふざけないでよ! お高く留まったつもり!?」
律を激しく詰っていた女の子が掴みかかり、手を上げて頬をはろうとして止まる。低いうなり声が聞こえたのだ。律を含めて子供たち全員の視線が一箇所に注がれる。
いつから見ていたのか。咬がゆらりと近づいてくる。その姿に子供達はばつの悪そうな、見られてしまった、と思い思い顔に浮べた。
そして、一番勝気だった女の子が、
「だから私達と変わらないことを忘れないでよね!」
そう、言い繕うと律と咬から一目散に離れていく。他の子供たちも彼女を追いかけていった。彼女らの背中を見送りつつ律が言う。
「咬様、変なところを見せてごめんね。それからありがとうございます」
律もまたそういうと小走りに去っていった。後に残されたのは咬一人だけ。
「やれやれ……困ったものだ」
耳朶に残る低い声が辺りに残った。
子供達とひと悶着起きてからしばらくの事。夜が濃くなり、村人達が作業を終えて、各々が明日に備える。そんないつもと変わらない、一日の終わりのはずだった。
夜中、義父に社の中にある寄り合い所へと呼び出された律が向かうと、そこには常ならぬ雰囲気で大人達が集まっていた。その穏やかならぬ物々しい雰囲気に律は一瞬、眉をひそめる。
「まず座れ」
村の大人達が居並ぶ中、義父に促されて律が座った。
「見ろ! 畑からこんなんが出てきたんだ!」
そう言って村人が作物を投げて寄越す。放られた作物には、本来、白い実であるはずが赤黒く変色し目や手足のようなものが生えかけていた。病気ではない、一目でそれと分かる状態なのは村人が一番よくわかっている。
「律、どういうことだ。お役目を怠けたのか?」
「いえ、そのような事はありません。私はきちんと」
あろうはずがない。しかし、現に作物が異形化している以上、律の言葉に説得力はない。
彼女自身もそれを悟り、口をつぐんでしまう。
「だったら何でこんなものが採れんだよぉっ!!」
村人の怒りにあてられて、律は身をすくめた。それでも彼女は心を落ち着かせて、異形化した作物をじっと見つめる。
作物が負の感情を肥やしにしたのが見て取れた。その中で最も色濃く見えたのは妬みであった。
彼女の心中に湧き上がったのは誰が誰を妬んだものかということだ。すぐに揉めた同年代の子供たちが浮かび上がる。けれど彼らがやったという証拠はなく、村人は律に言い募るばかり。
結局、夜が明けるのを待つことなく律の放逐が決まった。大人が見張るなか、入り口まで歩いていく。剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、他の村人が家々の戸板から律を伺っていた。
そのなかには律と揉めた女の子もいる。彼女がどう思っているのかは律には分からなかった。
歩みを止めると村人に肩を押されたためである。
間もなくして村の入り口に着く。ここからは律は一人で行かねばならなかった。無理に戻ろうとしても力づくで追われるだけであろう。
夜暗で染め上げられた道を一歩踏み出す。ここから先は夜の領域、獣や化生の世界だ。
自死にも等しい歩みを続けながら、律が最後に振り返る。
長年過ごした村での記憶や大食らいで気分屋な神様が思い浮かぶ。だが、それも僅かなこと、心を残したまま律は歩き続ける。
村がもう見えなくなってきた。葉擦れや獣の唸り声が風に乗って聞こえ始める。
その度に律は立ち竦んでしまう。
もういつ何時、何者かの手に掛かってもおかしくない。その時、サクサクと後ろから土を踏みしめる音が聞こえた。終わりが近づいたと律が覚悟を決める。ところが待っていたのは、化生などではなく見知った姿であった。
「律、こんな夜更けに出歩くとは迂闊ではないか?」
「あ…………」
咬と気付いた律は安堵のため息をもらしたのも束の間、情けなさから顔がうつむいてしまう。
「その、村からお役目怠慢で、追い出されました……」
「知っている」
咬は村で何があったのか知っているのだ。だからといって、律にはこの先の宛てがない
二人の間に短い沈黙が訪れる。
「ではこのまま大人しく死するのか?」
咬が問うと律の顔がまたうつむいた。彼女にもわかっているのだ。村から追い出され、寄る辺ない身。どこぞの獣の牙にかかることが村からの処分なのだと。
「決まった事なので行かないとなりません。咬様は村に戻ってください」
「ならば仕方がない。お前は俺が貰い受けよう」
「えっ?」
律が言葉を理解する前に、咬が服の襟首をくわえ上げる。その勢いとは裏腹に乗せられた背はやわらかく受け止めた。そうして咬が夜の森を駆け始める。
「咬様、なにをっ!?」
「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
言われるままに口を閉じ、振り落とされまいと必死にしがみつくなかで律は思った。
(私、どうなっちゃうんだろう……)
一方、夜が明けた村では大騒ぎになっていた。律のことではない、村を守ってくれるはずの咬がこつぜんと姿を消していたからだ。これではいつ何時、化生が村に侵入してくるか分かったものではない。
村長や主だったものたちが集まり、現状に顔を青くしていた。律を放逐したことが原因であるなどとはつゆ知らず、顔を寄せ合っている。いや、気付いていた者はいたかもしれないが、口に出すことをはばかられたのだ。
「なぜ咬様は村をお出になられたのだ!」
「このままでは化生どもが村に押し入ってくるぞ……」
「取り急ぎ、ご領主様に報告せねばなるまい」
村人らは打てる手を打てるだけ打っていく。その一つが律の後任探しである。幸いにも村で志願する者がいた。律といさかいを起こした、あの女の子である。
降って湧いた大役に彼女は気分良くしていた。嫌いな律が村から消えうせ、その後釜に自分が座る。
そのために細工をして、目障りな律を追い払ったのだからと。とはいえ、彼女自身は追放までは望んでいなかった。
ただ自分と律との差が許せなかっただけ、キラキラしているように見える律と同じ立場になりたかったのだ。放逐という結果に、心が痛まないでもなかったが、追放したのは村人だと彼女はそう考えていた。
(私は悪くない、追放したのは村のみんなでしょ? だから、私は悪くない)
いずれ自分が律と同じ立場になる、そう考えていた女の子は律のやることを見て覚えていた。憧れと妬みが入り混じった瞳で、ずっと機会を伺っていた。そうして、見よう見まねの所作で村中をまわり、律の代わりを果たす。
寝る場所が代わり、もう汗や土に塗れなくてもよい。思っていた以上の快適さがある。けれど、彼女の心には一抹の不安があった。それは村の守護獣たる咬の存在だ。
(あの大きくてみんなが怖がる存在に認められれば、私の神仕えとしての地位は磐石なのに……)
彼女は不安の中で思った。
(お願い、どうか律と一緒にいないで。早く村に戻ってきて……。咬様、お願い……)
すでに望みが叶わぬ事など知らぬままに彼女は願う。ただひたすらに。
彼女の地位が崩れ落ちたのは、しばらく後のことである。
律と咬の二人が大きな都市にたどり着いた。村や町を束ねる地方領主のお膝元。いわばこの辺りの顔役の直轄地とでも言うべきだろう。
遠目に門が見える辺りで咬が律を背中からおろす。
「ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
そういい残して咬が姿を消した。消えた方向を見つめながら、律は村がどうなったかを考えていた。
道中、彼女は幾度も咬に言った。
「ここで大丈夫ですから、咬様は村に戻ってください!」
「残念ながら、俺の心はすでに村にはない。お前と共にあるからな」
「えっ、あうっ。ん~~!!」
と、あわあわしていたのも最初の話。今では説得も諦めてしまっている律であるが、それでも村は無事なのかと心配はしていた。
「待たせた」
咬の声に振り向いて、律は息を呑んだ。よく見知った勇壮な狼の姿が消えており代わりに若い男の姿をしていたからだ。
涼やかさと粗暴さを併せ持つような、がっしりした体格だが控えめな感じというのか、それでいて人でありながら、人ならざる雰囲気を漂わせている。
「咬……様?」
咬が取る人の姿に、律は見入ったままぽつりともらす。どういう仕組みなのか、ゆったりとした襦袢に、すそまで届く長羽織をまとっている。
「行こう」
咬はそう言って、律へと手を差し出す。おずおずと律が手を握ると二人は歩き出した。
門衛の誰何を終えて、咬が律に話しかける。
「これから領主と顔合わせをするが不足はあるか?」
「えっ? 聞いてないのですが……」
「今初めていったからな」
「そ、それに、いきなりご領主様と謁見だなんて!」
「これからの暮らしに必要なことだ」
どうやら咬の考えは覆らないらしく、また律は緊張であわあわし始める。
「大丈夫だ、俺がいる。それと……」
咬は途中で言葉を切ると、どこからともなく金子を取り出し、近場の露店で甘菓子を買う。それから袋から一個取り出すと、律の口へくわえさせた。
ほの甘い味わいに思わず律が顔をほころばせる。
「それにしても咬様、よくお金なんて持っていましたね?」
「ああ、村からくすねて来たものだ。今まで働いてきた礼金代わりだよ」
「…………そういえば咬様は昔から手癖が悪かったですよね」
「まあな」
「そんな自信ありげに言われましても」
歩いているうちに二人は領主の館へとたどり着いた。そこでも誰何を受けて、咬が村名を挙げて言う。
「俺は村での守護獣を任じられていた、この娘は神仕えの者だ。領主殿に面会を願う」
館の兵士らが顔を見合わせる。自分たちでは判断できかねると見たのか、一人が館の中へ足早に入っていく。わずかな時間で兵士が息を切らせながらでてきた。
「お通りを」
丁重に応対するように言われたのだろうか。兵士の一人は短く言って、それからは顔を合わせようともしない。そんな様を見て咬、守護獣にはそれだけの権威が備わっているのかと律が内心で驚く。
(正直な所、咬様の威光は村でしか通じないと思っていました……)
そんな律の考えを読んだのか、咬は笑いながら言った。
「どうした、俺が領主の館で堂々と振舞えているのが不思議か?」
そう聞かれて律は「はい、そうです」と答える事ができず、首を何度かブンブンと上下させた。
「なに、理由はある。こちらも領主を利用するが、あちらも利用したいのだ。だから易々ともぐりこめる」
と、聞かされても、律は気が気でなかった。なにせ村から出たことはなく、偉い人といえば咬や村の大人たちしか出会ったことがないのだから。それをいきなり村々や町を治める領主など、雲の上の存在でしかなかった。
案内を受けながら、いくつかの文机が用意された部屋に通される。壮年の、領主と思わしき男が、中央の机で筆を取っていた。傍らには供や事務仕事にあたる者もいる。
コトリと筆を置く音が聞こえた。
――次いで、「座られよ」低い声が二人の耳に届く。
応じるように咬がどっかりと座り、律は小さくなるように座った。そうして、咬が開口一番に用件を告げる。
「俺との盟約を村側に破られた。ついては新しい村を用意してもらいたい」
穏やかならぬ話に事情を掴みかねたのだろう。辺りにざわつく声がひろがる。しかし、それも領主が口を開くとピタリと治まる。
「それは可能だ。こちらが用意する村と新たに契約を結んでもらうのならな」
話自体は悪いものではない、そう領主が判断する。村や町など、人が生活する拠点を拡げるには、咬のような存在が必要不可欠なのだから。領主の視線が律へと移る。
「その娘はどうする?」
「共に同じ村へ。さらに律に村長の座を用意してほしい」
「えぇっ!?」
律が驚くのと同時に、また場がざわついた。
「分からんな、娘は村の有力者らに嫁げば」
良いではないか、と領主は最後まで言い切ることはできなかった。
何故なら、「それは困る。律はこの俺の伴侶だからな」と言葉を差し挟んだからだ。
「は、はいっ!!?」
「そなた……」
さしもの領主も、咬の言葉に驚きを隠せないでいた。それもそのはず、守護獣が人を娶るなど前代未聞なのだから。律も、咬の村長候補からのいきなり嫁宣言に顔を赤くするなり言葉を失うなりしている。
「前の村は神仕えであった妻を害そうとした。であれば相応の地位につかねば、同じことが起きるかもしれん」
「え、えっ? わ、私が村長にですか!? む、無理です! 絶対無理です!」
「そうは言うが新しい暮らしを始めねばなるまい。また前みたいに陥れられてもいいのか?」
「それは嫌ですけど……」
決まりだな、と笑顔を見せる咬にまだ納得がいかない律。そんな二人を見ながら、領主はため息をつきながら言った。
「では行ってもらいたい村がある。そこでそなたらに守護獣と村長として務めを果たしてもらおう」
領主の決定に、満足気な笑みと煮えきらなさを見せる二人であった。
律を追い出した村では、いまだ事態を解決する目途が立たないでいた。待てども待てども、村の守護獣である咬が戻らないためだ。
これが律一人いなくなったのであれば、代役を立てて、いずれは元の生活に戻ったであろう。
しかし、それができないほどに、咬は重要な立ち位置にあった。
領主からは新たな守護獣が派遣されることはなく代わりとばかりに新しい神仕えの者が数人よこされただけ。そして、律を追い出したあの女の子も思い描いた理想との差に打ちのめされていた。
最初こそ、彼女は村人から期待の眼差しで向けられていた。だが、元々、祓いの知識が欠けているせいか、あるいは見よう見まねのためか。村が以前の状態に戻ることはなかったのだ。
そんな村人たちから向けられる不満に女の子は思った。
(私は仕事をちゃんとやってるわ! 咬様が戻らないのは私のせいじゃないのに!!)
とはいえ、先の見えない生活に村人の不満や不安が出ているのか瘴気があちこちで実体化し、作物などにも影響を及ぼしている。それは律がいた時の比ではなかった。
自然、女の子の仕事は忙しくなる。神仕えと言えば聞こえは良い。確かに汗と泥に塗れることはなくなった。が、実態は穢れに対処する仕事であり、おぞましいものに触れる感触は女の子には辛いものであった。
(なによ、なによなによ! こんな辛い仕事なら言ってくれれば良かったじゃない!)
自分が律を追いだす切っ掛けを作ったのにもかかわらず、この場にいない彼女に恨み言を言う。とたん、自分の口が吐き出す呼気に黒いもやがまじったのを見て、女の子が怯えと共にあとずさった。
「ひっ!」
村を脅かす瘴気に対処するはずの自分から、それが漏れた事に彼女は涙する。こんなことなら、いっそ前の生活の方が良かったとも思う。そんな彼女の願いは半ば叶った。
瘴気に対処できなくなった事で神仕えの地位から降ろされたのである。けれど、前とまったく同じではない。役目を買って出たにもかかわらず、何も改善しなかったことに、いやむしろ悪化したことを受けて、村人のみならず、同年代の子供たちからも白い目を向けられているからだ。
女の子はその視線に怯えながら思う。どうか、私が律を追い出す切っ掛けを作ったことがばれないでくれと。そんな彼女の願いは叶った。
とはいえ、彼女は心に闇と秘密を抱えたまま、これからを生きていくことを余儀なくされた。いつか村の状況が改善されれば、彼女は心安らかになるのかもしれない。しかし、村に新たな守護獣が来るのは遠い先のことであり、村人らはまだまだ苦難を思い知るのであった。
悲観的な村とは別に、律と咬は他の村に落ち着いていた。他の村といっても、新たに開拓して切り開いた村である。活気にあふれたというよりは、荒々しい雰囲気の村だ。
そんな場所で律が新しい村人たちへ挨拶をする。
「こ、この度、当村の村長を務めることなりなりました」
ガチガチに緊張しながら話す律。周囲も、年端もいかぬ少女が村長などとけげんな顔を示すばかり。
そこに説得力を添えたのが咬だ。
律を守るように位置取り、その巨体で村人らを睥睨する。村人たちは咬の姿に圧倒されてか、遅れて律に挨拶を返していった。
その様を見て、律が言う。
「こ、咬様。咬様が村長を務めたほうが収まりが良かったんじゃないかと思うんですが……」
「俺は人ではないからな。人を治めるのはやはり人よ」
「そんなものですか……」
村人たちの挨拶が終わると咬が男衆に重々しく言った。
「こちらの村長殿は俺の伴侶であるから、そう心得るように」
村人たちの視線が律と咬を何度も行き来する。逃げ場のない羞恥心を覚えて、律は赤面してしまう。
そうして、とてとてと咬の前足に手を添えて言った。
「咬様のいじわる。分かってやってますよね?」
質問に答えず、咬はあらぬ方向へと顔をそらす。
かくして、二人の新たな生活が始まる。この後、律は良き村長として咬と幸せに暮らしたのであった。
面白かったら評価して頂けると、とても嬉しいです!