事件
「此処でいいだろう」
「集落から近過ぎませんか?」
「ちょっと近いかも知れんが、あの粗大ゴミの幾つかを脇に寄せそこに穴を掘れば、直ぐには発覚しないだろう」
「分かりました」
「集落の奴等に気が付かれないように静かに作業しろよ」
「「「「「はい」」」」」
5〜6人の男たちが深夜、集落から2〜300メートル程離れた山裾に不法投棄されている粗大ゴミの幾つかをどけて、大きな穴を掘り始めた。
穴の深さが1メートルを越えると、穴を掘っていた男たちの半数程が穴から這い上がりワゴン車に積まれていた金属ロッカーを運んで来る。
穴の底に金属ロッカーを横たえた男たちの1人がロッカーの扉を開けて中を確認、金属ロッカーの中には紙オムツを履かされた意識の無い裸の男が横たえられていた。
ただ1人作業に加わらず作業を見守っていたリーダーの男がロッカーの扉を開けた男に問う。
「酸素と睡眠薬入りの点滴はどれくらい持つんだ?」
「酸素は1週間程、点滴は2日か3日程です」
「それだけ保てば良いだろう。
そんじゃ、穴を埋め戻してどけた粗大ゴミを穴の上に乗せろ」
10数時間後、男たちを乗せたワゴン車が高級住宅街のコンビニの駐車場に止まっている。
助手席に座るリーダーの男が後部座席に座っている1人に聞く。
「盗聴器は仕掛けてあるな?」
「はい、水道工事と偽って奴の家を訪問し、台所の冷蔵庫の上に置かれてあったコンセントに繋がったままのラジヲに仕掛けて来ました。
盗聴器から送られてくる音声はそのラジヲで聞けます」
後部座席に座っている男はそう返事しながら身を乗り出し、ワゴン車のカーラジヲを指さす。
「じゃあ電話を掛けるから皆静かにしてろよ」
トウルルー、トウルルー、固定電話の着信音が数度鳴ったあと電話が取られた。
「はい、三木でございます」
「よく聞け! あんたの旦那を預かった、無事に返して欲しければ現金で5億円用意しろ。
分かっていると思うが警察に相談してみろ、2度と旦那に会えなくなるからな」
リーダーの男は電話を切るとカーラジヲの音量を上げ、ラジヲに仕掛けられた盗聴器から送られてくる音声に聞き耳を立てる。
「あいつからの電話?」
「お父さんの事をあいつなんて言っちゃいけません!
そ、それより、お父さんが……」
「あいつがどうかしたの?」
「誘拐したって……」
「誘拐されたって本当?」
「5億円用意しろって、あと、警察には相談するなって、どうしましよう?」
「警察に相談しましょうよ」
「で、でも、警察に相談したら2度とお父さんに会えないって言われたのよ」
「丁度良いじゃない。
お母さん! 目を覚ましなよ。
あいつに召使いか奴隷のように扱われて、殴る蹴るされて洗脳されてるんだよ。
私たち姉妹も同じように殴る蹴るされて洗脳されてたけど、旦那と結婚して目が覚めたのー!
だからお母さんも目を覚ましなよ。
いい! お母さんが警察に電話しないなら私が掛ける」
カーラジヲをから流れて来る音声にリーダーの男は頭を抱え呻く。
「チクショー! あの男、良いのは外面だけだったのかよ。
あー失敗だ。
次だ、次、お金持ちの上級市民はまだ沢山いるからな。
クソが!」
手下の1人がリーダーの男に問いかける。
「埋めた男はどうしますか?
リーダーの男は手下の問に答えながらカーラジヲのスイッチを殴るようにして消し、車を出すように指示した。
「あいつの事は放っておけ、家族も2度と会いたく無いと言っているんだからな! クソ、帰るぞ。
車を出せ」