01
政府が転覆してから、幾分の年月が流れた。
当初こそ、日本は混乱を極めたが、各企業の素早い対応もあり、現在は平和な日常を取り戻しつつあった。
僕が住む、この町も例外では無かった。
「おっはよ~」
元気な挨拶をしながら、幼馴染の少女が走ってくる。
「胡桃、今日も元気だね」
彼女に笑顔を向けて、僕も挨拶を返す。
「うん! それが、私の取り柄だからね」
エヘヘ、と、笑いながら、彼女は僕の手をとって歩き出す。
「ねぇ、今度の日曜日なんだけどさ......」
彼女は、伏し目がちに僕に言う。
「ごめんね、日曜日は、ちょっと」
「そっか、勇気君は、忙しいか」
「うん、週末は、練習しないと」
「ねぇ、お兄さんの事。まだ、整理がつかないの?」
「あはは、ごめんね。もう、3年も経つのにね」
僕の兄は、人気の、マスク・ド・ファイターだった。
空気の流れを感じ取れることが出来る、超常能力<ウィンドルーラ>を駆使し、相手の攻撃を予測し、強烈なカウンターで処刑を執行するスタイル。
ブシドーマスクとして活躍していた。
そんな兄も、マスク・ド・ファイトのリングで、永遠の眠りについた。
しかし、現代では、それは珍しいことではない。
執行人が超常能力を使うように、受刑者もまた、超常能力を扱うのだ。
超常マスク。
それは、人間の脳に直接変化を与えて、内なる力を解放するマスクだ。
しかし、それには多大なリスクが生じる。
マスクの適合率は低く、1000人に1人程度しか、その適正は無い。
そして、仮に適正があったとしても、その手術の成功率は低く、5人に1人しか成功せず。
手術に失敗したものは、その命を落とすことになる。
故に、この手術を受けるだけでも、死刑に近いものであった。
受刑者は、その恩恵として、勝ち続ける限りは執行を免除され、優雅な暮らしを約束される。
では、執行者は、どんな恩恵があるのか。
それは、莫大なファイトマネーが主ではあるが、命を懸けるには少し弱い。
執行人となる者は、その多くが、復讐を目的とするものか、それなりの理由がある者だった。
僕の兄は、混乱する日本の情勢の中で命を失った両親や親戚の代わりに、僕と胡桃を育てる為に、危険なリングに上がった。
そして、今も尚、執行者達を葬り、マスク・ド・ファイトに君臨する王者。
英雄殺しの手によって、その命を絶たれた。
「勇気君は、適正に漏れたんだよ、マスク・ド・ファイターになる事は出来ないんだよ?」
「うん、分かってはいるんだけどね。でも、身体を動かさないと、落ち着かなくって」
僕は、消え入りそうな笑顔を胡桃に見せる。
「勇気君が、リングに立つことを、竜馬さんは望んで無いと思う。それに、私だって......」
震える彼女の手を、僕は優しく包み込む。
僕も、それほど鈍い男では無いと思っている。
彼女が、僕に、異性としての好意を向けていることは理解している。
しかし、僕には、それを受け入れられない理由があるのだ。