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時代劇な短編

首切りの又蔵

作者: 会津遊一

刀を抜いた。

油で濡れたかのような刀身がぎらりと光る。

そのまま半身を翻し、一歩踏み込んだ。

袈裟斬けさぎりから重い刃がひと太刀。

肩からへそまで、スッと肉を斬る。

 男は倒れ込むように死に絶えた。

「ふん、破落戸ごろつきが」

と、死体に口を残し、又蔵またぞうは刀を収めた。


淡路から南海道なんかいどうを使い、小道に入った。

そこで又蔵は、件の男に襲われたのである。

仇討あだうちか物取りか。

その又、両方か。

 又蔵には分からなかった。

何せ、人様に怨まれる覚えが、身にありすぎた。

腕が立つ男は首を斬り落とし、美しい女が居れば手籠めにしてから首を絞め。

相手が泣いてすがる老人ならば、金品を強奪してから首に刃を立てた。

殺しに殺し、付いた通り名は首切りの又蔵。

巷では辻斬りの又蔵とも呼ばれ、恐れられていた。

 又蔵も、ここまでくれば、それが我が道と好んでいた。

ただ一度だけ影を踏み、土佐から逃げ出してきた次第である。


又蔵は死体から身ぐるみを剥ぎ、その服で血を拭いた。

そして蹴り足で、川に流しておいたのだ。

こうすれば、少しは時が稼げるというもの。

元々、役人に追われる身。

掘って埋めた所で意味はない。

又蔵はそそくさと、小道を駆け抜けたのだった。


その道中、又蔵は足を止めた。

忍者と同じ、草履の底を擦る歩法で駆けてる。

 だが何者かに淡路から追われているような気がしたのだ。

相当に腕が立つ者か、もしくは物の怪の類かもしれない。

又蔵は薄ら笑みを浮かべると、山中に足を向けたのだった。


野道なら草木が多い。

遠目が利きにくい場所では距離を詰めるしかない。

やぶにでも隠れて、待ち伏せするのも良いかも。

 又蔵がそう思うた時。

「何者だ!」

唐突に刀を抜いたのだ。

そして一本の大木を睨む。

足の親指から、じりじりと距離を詰める。

「ま、待ってくだせぇ」

追い詰められた野鼠のように、その男は木の影から飛び出してきた。

頭から乾燥させた獣皮を被り、肌が土気色になっている。

「山の者か」

又蔵は刀を鞘に収めた。

殺気立っていた為、人間と畜生を間違えてしまった。

獣と同じ生活をする狩人など相手にするだけでも無駄。

再び、又蔵が駆け出そうとした。


その時、山の男が道を塞いだように見えた。

生臭い肝の臭いが漂う。

「待ってくだせぇ、お侍様」

「なんだ? 無用な話で合ったら叩き切るぞ」

又蔵が振り向き、脅す。

すると、男はひゃあという悲鳴を上げた。

「そ、そんな物騒なのは無しにしてくだせぇ、お侍様」

「早く話せ」

「……へい。近頃この辺りで、藁鬼ってのが出るらしいんでェ」

「なんだそれは?」

「この辺りに昔から伝わる物の怪ですよ。なんでも近所の坊主が言うには、隠し神か山精木魅の一つだそうで。気をつけねぇと、お侍様も攫われるかもと」

「くだらん。どうせ与太話だろ」

又蔵は男を素通りし、山を登り始めた。

人の臭いを消す為、あの手の輩は獣の糞尿を体に付けている。

殺した所で刀が汚れるだけだろう。


山の五合目、山腹に差し掛かった。

周囲には木々が青々と茂っている。

その上、濃い霧で見え難い。

隠れるには絶好の場所と言えよう。

 だが、又蔵の顔色は優れなかった。

苛立ち、鞘の紐を固く握りしめている。

又蔵は何度か待ち伏せを試みたのだ。

しかし、その度に失敗してしまう。

息を殺して待つが、相手も同じ事をしているらしい。

いつまで経ってもやってこない。

追跡している奴は、相当に腕が立つ者なのか。

 もしや自分よりも。

そう思うと更に又蔵の苛立ちが募る。

斬り殺したくて斬り殺したくて、堪らなかった。


痺れを切らした又蔵は、藪から道に飛び出した。

叫ぶ。

「おぅっ! 出てこいっ! いるのは分かっておるぞ!」

山岳地帯に怒号が貫く。

サッと刀を抜く。

そして仁王像のようにどっしりと構えたのだ。

 だが、それでも姿を現す者はいない。

「この臆病者。いや、痴れ者がっ! 正々堂々と出てこい!」

すると、何処からか声が響いた。

「悪行を繰り返したお前が、堂々とは片腹痛いわ」

反響している。

又蔵にも、何処から叫んでいるのか分からなかった。

念のため腰を落とし、刀を握り直した。

「現れたな、物の怪め! 姿を見せろ」

「ははは、そのように慌てふためく姿は滑稽だな、又蔵よ」

「なんだと!」

その暴言に、又蔵は怒りで顔が真っ赤になった。

「己、舌先三寸の小者が、ワシを虚仮にするのか」

「お前の悪行に比べれば、取るに足らぬ事ではないか。それに、これは歴とした仇討ちである。お天道様は此方の味方よ」

「仇か。お主、名は何と申す?」

そこで声が返ってくるまで、暫し間が合った。

「……その前に又蔵よ」

「なんじゃ」

「立ち合うと正式に約束せい。さすれば、お前の前に姿を現そうではないか」

又蔵は顎をさする。

この提案、願ったり叶ったりだろう。

正式に手合う必要はない。

礼をした瞬間、相手の首を切り落としてやれば良いのだ。

又蔵は邪に笑った。


一合、山間にたどり着くと、人影が見えた。

先に辿り着いているとは。

驚く又蔵ではあったが、手合いでは負けぬ自信があった。

「来てやったぞ、破落戸が」

「良い度胸よ、又蔵。ならば、お前から名を名乗れ!」

「む」

又蔵は少し訝しむ。

通例なら前口上は相手からの筈だったが。

まあ、不作法な又蔵からすれば、どちらでも良いと思うた。

「ワシの名は佐々木又蔵。又の名は首切りの又蔵。奥州は生まれ」

「わははは」

最中、笑い声が山に木霊した。

又蔵は、俊敏に刀を抜く。

「何の真似だ?」

「かかったな、この外道が! ここは神霊の山じゃ!」

「何ぃ! どういう事だ!」

と、吠えようとした又蔵であったが、片膝を付いて倒れ込んでしまった。

衣服の上から心蔵を押さえ、催すのを我慢している。

顔色が鉛のように変色し、大粒の汗が滲み出る。

そして、そのまま脆くも命が尽きてしまったのだった。


又蔵の死体を見詰める男が1人、佇んでいる。

そこに獣皮を被った男が近寄り、声をかけた。

「旦那、道中で殺されたのは確かお連れの人だったとか。首、切り落とすんですかい?」

「今更そんな事をしても何もならんよ。仇討ちが出来ただけでも御の字とするさ」

「へい、その方が後腐れ無いですな」

「お前も、慣れない土地で四六時中、又蔵を追いかけてくれて助かったよ」

「仕事ですから」

「所で藁鬼ってのは何だ? 私も初耳だが」

「咄嗟の作り話ですよ。あん時は心底、肝を冷やしましたからなぁ。口も八丁、手も八丁ってな所で乗り切りましたがァ」

「そうか。……しかし、本当に死んでしまうとはな。又蔵の魂とやらは、何処に行ったんだ?」

「山の中で本名を呼んじゃいけない決まり事は昔からありますよ。だから、私らは通り名で呼び合うんですわ。ただ、誰が何処に連れて行ったかは定かじゃないですなぁ。そいつは。――神か、妖怪か」

「――はたまた、人間か」

「違いねェです。くわばら、くわばら」

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  すっきりした文章でとても読みやすかったです。 冒頭の斬りあう時の描写は思わずひきこまれました。 ただ、“辻斬りの又蔵”と“首切りの又蔵”はどちらかに統一したほうがよかったのではないかと思…
2009/08/11 01:42 退会済み
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