反異世界主義者の秘密の話
グロ注意
「私は今までお前に錬金術を教えてきたつもりだが、お前に錬金術師を継がせるつもりは全くない」
祖父は少し辛そうな顔をしていた。
僕に本当は錬金術師を継がせたかったけど、できないから辛いとかそう言うわけでは無く喉が悪いからだ。
いつもお茶を飲んで喉を潤しているし、今は懐から取り出した煙管に薬草を詰めて吸っている。
祖父が吸い始めたので僕もポケットから取り出して火をつけて吸った。
はぁ…爽快。
煙管に薬草を詰めて吸うのは古学派の嗜みであると教えられ7歳の時から毎日のように喫煙している。
新聞やラジオでは喫煙をすると体に悪いとは聞いているが、こればっかりはやめられない。
有害な霧に覆われているこの街で暮らすには毎日、薬草を燻した煙を吸わなければ生きていけないからだ。
煙で肺がやられるか、霧の毒素で具合が悪くなるかなんて比べるまでも無く問題なのは後者だ。
喫煙で肺がやられた時のための薬とかもあるらしいので、遠慮なく僕も吸う。
口をすぼめ、ふうと息を吐くと輪っかになった煙が天井へ向かって上がっていった。
「それでは、僕は自由と言うことでしょうか?」
僕の返答に祖父は何をくだらないことをと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「私の代わりに組織の再建を行え」
組織って何とか、ただの田舎の子供でしかない僕にそんなものできるわけがないだろとか、自分でやればいいじゃんとか色々言いたくなったが。
「あチッ」
あまりにいきなりのことで思わず、煙管を落としかけて慌てて拾ったが間違って火で暑くなっている部分を触って涙がでた。
火傷の痛みで言い返したい言葉が全て引っ込んで少し冷静になった。
組織の再建というのはどういうことだろうか?
その言い方だと祖父は組織やらに所属していることになるが、一緒に暮らして来て、そんな気配はなかった。
近所の人とさえ話さない祖父が誰と話すというのか。
そもそも祖父が入れる組織なんてあるのだろうか。
というかいつ、誰とそんな結託してその組織で何をしていたと言うのか。
今しがた錬金術師を継がせるつもりはないと言ったのだから、まさか錬金術の古学派の組織ではあるまい。
「はっ?そ、組織とはなんでしょうか」
「世界解放救世軍というだ。まあ知らんだろうが」
世界解放救世軍。なんとも仰々しい名前だ。
こんなインパクトのある名前一度聞いたらそう忘れないだろうが、何処かで聞いたような名前だとは思ってそう新聞の一面、ラジオでもその言葉は聞いた覚えはある。
一体なんだっただろうか。
「聞いた覚えはありますがどんな組織だったかは忘れてしまいました」
どんな組織だっただろうか。でも世界解放とか救世とかついているから魔獣の脅威から人類を守り世界を解放をする組織なのではないだろうか。実際、異世界人がこれと同じことをしていたし。
ああ、もしかして祖父が異世界人を嫌っているのは自分たちの手柄や出番を取られたらからか?
「ふむ、そうだな。少し長くなるから椅子に座るといい」
椅子に座るといい!?
うそ……祖父はいつも僕を立たせて長時間話すのに、ええどうしたんだろう。
座ろうとしたら『年上が話している時に座るとは何ごとか!』とか怒られたのに。なんだ?なんなんだ!今日の祖父はなんかおかしいぞ。
ついにボケが始まって感覚とか記憶とかおかしくなってるんだろうか。
それとも暑くてバテてるのかな?
夕ご飯はあんまり噛まずに食べられるものとか出した方がいいのかな。いや、そういえば硬いものを噛んだ方が老化予防になるって書いてあったかな?
「はい、え、座ってよろしいのでしょうか?」
「二度も言わせるな、早よ座らんか」
きつい口調の割には怒ってはいないように感じた。
いつもと違う対応に、僕は恐怖を感じた。
明日は槍が降るぞ。
「は、はい」
近くにあるはずの椅子を探す。
何個かあったはずの椅子はいずれも本置きと化していた。
塔のように積み重なった本をどかして祖父の近くまで運んで座ると、祖父は机に備え付けられたボタンを押した。
すると嫌な振動音と共に家の窓ガラスが色を変え日の光を通さないほどに黒く変色した。
それから備え付けられた紺色のカーテンが勝手に閉まって、家のあちこちにあるランプが点灯した。
部屋の中は魔力を使った時の独特の光の玉が浮いていて、それらはカーテンへ吸い込まれて言った。
こんな仕掛けがあったのかと感動しつつも、こんな大掛かりなことをしなければいけない話をされるのかと思うと気が気ではなかった。
「これは……凄い」
「古学派錬金術の奥義の一つに過ぎん。これでこの部屋を外部から監視出来なくなった。異世界人であろうとな」
「お祖父様、監視を警戒しなければならないようなお話をされるというのでしょうか。正直、僕には検討がつきません」
そう言われて良く部屋を見てみれば、ただ点灯しただけに見えていたランプのガラスの中で錬金術に使われる文字の形に発光しており、そこから線が伸びて鏡や装飾品に反射して部屋に巨大な文様を描いていた。
紺色のカーテンも細かな文字が所狭しと刺繍されていて、ただの床だと思っていた石のタイルからはぼんやりと文字が浮かび上がっていた。
正直、祖父の話をほっぽりだしてこの部屋中の仕掛けを見て何かに書き写したい気分だったが、まずは話を聞いて教えてもらえるようならこの仕掛けを聞こうと思った。
「小さな冒険は後ですると良い。私と私の仲間達は世界解放救世軍という組織に所属していた。お前がたまに眺めている大きな絵が私の仲間達だ」
ああ、あれは本当に祖父と祖父の仲間の人だったのかと思った。こんなどうしようもない人だから祖父によく似た人とか兄弟か何かかと思ってもいたが。
豪華絢爛な格好をした10人くらいの男女が集まって書かれた肖像画の中で若き頃の祖父は一人壁に寄りかかってそっぽを向いている。
「あれが私だ。当時、沢山いた古学派の錬金術師の中でも最年少であった。今お前に教えているように元来、子供に錬金術を教えるのはご法度だったからな」
子供に錬金術を教えてはいけないのは何故かわからなかったが、何故僕に祖父が教えたのかもわからなかった。
「では何故お祖父様は若くして錬金術師になることが出来たのでしょうか?」
私が天才であったからだとか言いそうだなと思っていると案外違う答えが返ってきた。
「当時、私が10歳になるかならないかくらいの時、父が突然家に錬金術師を招き入れたのだ。父は異世界人が来訪する以前の世界で魔獣から人類を守る仕事をしていたから、お偉いさんのところに出入りすることがあった。そこで一人で海を渡ってやって来たと言う女性と出会ったらしい。その人物は錬金術師であり自らの弟子を遥か海の向こうの国から危険を乗り越えてやって来たと言うのだ。父は私の息子こそ、あなたの求める弟子に相応しいと紹介したのだ」
「は、はぁ」
どんな親から生まれたら祖父見たいのが生まれるのかと思ったがひいお祖父様もどうかしてた。
何を根拠に俺の息子天才だから弟子にしてみなよと、言うふうに自信満々に紹介できるのだろうか。
「錬金術師は一眼見て私に生意気そうなガキだと言ったのだ。
第一印象は最悪だったが腕は良かった。私は覚えは良い方であったし理解も早かった。どんだけ課題をこなそうとも妥当点だとしか言わなかったが、私を破門して新たな弟子を探しに行くことはなかった」
「破門なんてあり得るのでしょうか?しばらくの間、お祖父様に教えていたのですよね?わざわざ海を渡ってきて時間を使って教えた人を破門にするなど」
「しかし、我が師たる錬金術師は出来が悪ければ私を破門すると言っていたし、何処から知ったかは知らないが元弟子から戻って欲しいと懇願する手紙や滞在していた我が家に訪問して来たこともあった。誰もが必死に破門を取り消して欲しいと必死に懇願していた。それを見て本気だと思ったのだ」
当時、まだまだ魔獣が沢山いて危ない時代だと言うのに一人で海を渡ってやってきた祖父の錬金術の師匠もすごいが、破門されたと言え、海を超えて追いかられる元弟子も凄いな。
実力不足で破門されてそれだと言うならば、その師匠とその弟子の祖父はどれほどの力を持っているだろうか。
わがまま爺さんにしか感じていなかった目の前の祖父が急に底なしの存在に見えてきて、何か得体の知れない感じがした。
僕が固まっている間にも祖父は話を続けた。
「ある日突然、彼女はこれ以上は自分で学べとだけ言って家を出て行った。荷物の一つとして残していなかったが、一つの封筒に人生の宿題と言うべき一つを残していった。
それが異世界人の秘密についての研究資料だった。彼女の名前と何人かの別の人物の名前が記された論文だ。持ち出し禁止の判子が押されたそれには異世界人がどのようにこの世界へやってくるのか、異世界人がこの世界に馴染むことによる影響などが濃く細やかに記されていた。
父は異世界人に疑心的だった。当時の私は異世界人なんてあまり気にしていなかった。いやむしろお前のように便利であればいいと思っていた。異世界人の作る生み出すものは素晴らしいと思っていた。だからこそ、その論文を読んだ時に衝撃を受けた。最初はそんなわけがないと思っていた。しかし論文に記されていたことは当たっていた」
祖父は、ゆっくりとそれでいて錆びた鉄の扉が開くような、低い声で話した。
僕は何故か変な汗をかいていた。部屋はとても快適な温度だというのに背中が汗で濡れて服がはつりいていた。
それに何処か落ち着かないような感じがして、右足が自然と揺れていた。
僕はこれから聞いてはいけないことを、聞かされるのではないかと思った。
祖父は引き出しから取り出した筒状のものをガラス玉がついた箱にセットした。
「それはなんでしょうか」
「便利なものだ。異世界人がビデオと呼んでいたものを私が盗み見て作ったものだ」
"ビデオ"というものはなんなのかと聞こうとしたところでガラス玉が激しく輝いて僕の顔に光が飛び込んできた。
眩しさが収まってきて目を開けるとそこは何処かの地下室のようだった。手錠をつけられ体を金属の拘束機が固定された男がうめき声をあげていた。
そこには、肖像画の中にいた何人かが絵の中の時より少し歳を取った姿で周りを取り囲んでいた。
部屋の隅で変わらず椅子に座っていた僕は立ち上がって、拘束された人を見ようとした。
人の壁にを避けようとして、横にずれた僕は何かに足を取られて転びかけた。
しかしいつのまにか立ち上がっていた祖父が僕を支えてくれていた。
一度も椅子から立たないからもう歳で立てなくなったのかと思っていたが、僕を支えられるほどにしっかり立てることに驚いだ。
まずはお礼を言うべきであったのだが、まさか助けてくれるとは思わなかったからお礼を言うのが遅れてしまった。
「ありがとう、ございます」
僕は、つまりながらもなんとかお礼を言うことが出来た。
祖父はそれに反応することなくこの場所について話し始めた。
「これは映像だ」
「映像…ですか?」
聞いたことがないものだ。
「そうだ、過去を記録した虚幻。ただの幻術に過ぎない。我々に見えているが実際にあるわけでもなく、ここにいる奴らと話せるわけではない」
祖父は目を少し長くつぶって、そろそろ始まると言った。
それがここまで大掛かりな装置を使って、僕に見せたいものなのだろう。
「これは……」
部屋の中心で、拘束されていた男は今までのように唸り声をあげていたと思えば、突然激しく痙攣すると髪の毛が抜け落ち世にも悍ましい断末魔と言うにふさわしい声をあげた。
肥満体でふっくらとしていた体は、突然ブチャりと音を立てて破裂し、辺りに飛び散った。
周りで囲んでいた人達も、あまりの出来事に固まっていたり、腰を抜かしていた。
血や脂肪が部屋中に叩きつけ、やがて下にぼとぼとと落ちた。その場に残った肉片や皮、それに骨が液体のようにどろりと溶けて床に落ち、不自然に蠢いた。
誰も動けないでいた中、ビデオの中で直前まで、拘束された男に話しかけていた女が耐えきれなくなったのか吐いていた。
思わず手を口元にしたようだか、吐瀉物が床に落ちてそれがぬらぬらと蠢く肉塊に当たった。
それを気にした様子もなく冒涜的に蠢くソレは少しずつ骨のようなものや筋肉のようなもの、皮膚のようなものを形成して行った。
やがて少し歪な卵型であったソレからすらりとした手足が伸び、徐々に姿を変えて人間の形へと近づいた。
陶磁器のように白い肌に、闇夜のような黒い髪の毛、炭のような黒々とした瞳。
全裸の少女になったソレの体から膜のようなものが飛び出して来て体を覆う。徐に自らの腕をちぎり、吹き出す血を浴びると、そこには鮮やかな赤色のドレスを着た少女がいた。
その姿は誰もが知る異世界人の姿だった。
名状し難い光景を見た探索者はSANチェックです。
(嘘です)
プロローグが終わらん。
次回に続く。
あと三話くらいでプロローグが終わってあらすじ通り旅に出ます。
※下の補足では、ルイ・ホビンス目線で進むストーリーに置いて読者が知りきれないこの世界の常識や差異について書いたので、興味が有れば読んで頂けるとよりストーリーがわかるような気がすると思います。
【煙管】
金属と生木で作られた煙を吸うための道具。
錬金術の技術によって木を生きたまま道具に加工している。
特に生きた木にする必要はないが、芽がでたり花が咲いたり、時間経過によって少し形が変わるなど、使い込んで変化を楽しむ道具となっている。日本でいう抹茶茶碗のような感覚で侘び寂びのような…ようは趣きを楽しむもの。
この世界に昔からある嗜好品で、あったが異世界の知識による喫煙のリスクが周知されてからは喫煙者がめっきり減っている。地域によっては内容物の薬草が違法になる場合も。
【ラジオ】
一般的にイメージするラジオが普及している。異世界人が多く存在し、いずれも強大で万能な力を持っているためラジオに限らず電子機器が普及している。
ただし、過去の多くの失敗から学んだ異世界人達はルールを決め逸脱した技術や雇用を無くしてしまうようなものを極力市場に出さないようになった。
ホビンス家にあるラジオは、特定の周波数を拾い振動する石を加工したこの世界の技術のみで作られたラジオで製作者は祖父のダート・ホビンス。
【監視対策】
日の光を遮断するガラス、文字の刻まれたカーテン、淡く発光するタイル、文様を描くランプたち。
古学派の中でも匿名性を重視しなければいけない危険な技術を伝えて来た者たちが利用した錬金術の傑作奥義。
刻まれた文字に意味があり、素材は特にこだわる必要はないため、起動していない時も見つかりにくく、四方に刻める場所さえあれば屋外でも屋内でも、匿名性の高い空間を作れる利点がある。デメリットはこの技術を継承している人間が極めて少ないことである。
【ホビンス家】
代々、男児をよく輩出して来た家で、異世界人が現れる以前は魔獣と戦って来た。ダートが錬金術を習う以前のホビンス家は、肉体的な力を重視し武術に精通した家系として知られていた。ダートが名を挙げてからは錬金術や魔術系統に強い家柄として知られるようになった。
【弟子と破門】
この世界において弟子とは師より技術を継承したもののことを指す。正確には師が教えている際は弟子候補であり、師が十分教えたと考え、それ以上教えなくなった時点で正式な弟子になる。
破門とは弟子候補からの落選であり破門された場合は二度と弟子入りすることは許されない上、同派閥の別の師に弟子入り出来たとしても、正式に弟子になった後も学会などへの参加は出来ず大変不利益被るデメリットがある。
【研究資料(論文】
この世界には異世界人がくる前から大学に相当する高等な技術と知識を有する学校が存在する。
魔獣に対抗するため作られた学校であり、元々は人類が勝つための兵器開発がメインであったが異世界人によって世界が解放されてからは、世界中が大陸や海に山など挟んで容易に移動できるようになり各地に点在した国々で生まれた独自の技術を収集し研究する機関となった。この施設は異世界人の手があまり入っていないためか、探りすぎることをタブーとされる異世界人の研究でさえ公然のように行われている。ただしそれは学内だけのことで本人が書いた資料だろうが持ち出しは固く禁じられている。…はずだ。
【ビデオ】
ビデオとダート・ホビンスはいったがAR機器やプロジェクターに近い。映像技術が初めて作られ、一般に公開された時白黒フィルムだったにもかかわらず動く人に驚愕し、迫り来る汽車に腰を抜かしたという逸話がある。
ダートが作ったビデオなる装置もそれほど解像度の良いものではないが、ルイは初めて見た技術に驚愕し大袈裟に反応している。ちなみにビデオなど映像を記録する装置は異世界人達の作った異世界人が守るべき協定の中で一般に漏らすことを禁じられた技術であり、この装置を見られるのは非常にまずい。
【異世界人の特徴】(次の回で書くことなので先に書いておく)
異世界人の種類はいくつか存在する。
転移型→適当な人間を媒介として生まれる。ビデオでルイが見たように人間を元に悍ましい儀式的行為を経て全く別の姿へ変わるもの。生まれてくる異世界人の姿は本来の異世界人の見た目をベースにしている。
転生型→赤子の遺伝情報を改変し異世界人に似た容姿で生まれてくる。ヨーロッパ系の金髪青目の両親から黒髪のアジア系顔の子供が生まれてくる。世界中が異世界人を崇めているのでそのような見た目の子供が生まれようが1歳から話せようが、赤ん坊のくせに大人びていようがほとんどの人は気持ち悪がることはない。
憑依型→憑依した異世界人が大人しくしている場合、ほとんど見つけられない系統の異世界人。本来の身体の持ち主から身体を乗っ取るタイプ。この世界では間違った魔術の使用やファンタジーな奇病、呪いなどで性格が激変することは多々あることなので憑依した異世界人が変なことをしてもあまり気づかれない。見分けらるのは同胞の異世界人や、異世界人嫌いの人くらいだ。
そのほかにも多くの生まれ方がある。
【反異世界人派による異世界人の認識】
異世界人はヨーロッパ系からアジア系まで幅広くいるが、いずれも憑依型以外は黒髪や茶髪で、常識が無く異常な力を持ち教えずとも知識を得て、妙に大人びているか、癇癪持ちであり、多くが自らの価値観を押し付けようとしている。
と認識している。