ルイ・ホビンスは異世界かぶれ
まずはこの小説を見ていただきありがとうございます。
本作品にはかなりの頻度で、非テンプレ的な独自の概念(学問、死生観、言語など)や、ファンタジー的な言葉が当時します。
そこで世界観を説明するために、わかりづらい事象について後書きにて解説を入れています。
こちらの小説家になろう に投稿した分は展開の流れをよくするため事前に簡潔な世界観の説明を入れさせていただきます。
【我々が住む地球で生きていた人間が隣接する世界(異世界)へ生まれ変わったり、迷い込んだ物を総称して異世界人といいます
異世界人(地球生まれ)たちは、異世界にすまう人を
物語の主軸となる世界では、魔獣と呼ばれる怪物が人間を食い荒らしていました。
そこに現れた異世界人は、とても不思議な力を持ち魔獣に対抗しました。
異世界人は一定の時代を境に次々と現れ数の力で魔獣の勢力を打ち破り一匹残らず駆除し世界を人間が安心して住めるものへ変えました。
異世界人達は、地球から持ち込んだ科学的知識や機械技術、料理や娯楽を広め、発展の遅れていたこの世界の文明を塗り替えました。
魔術や錬金術といった科学とは違う法則を元にした技術が確立されていた世界ではありましたが、異世界人たちのおかげで文明は向上し、21世紀現代のように発展しました。
魔術や錬金術。そんなおとぎ話のような不思議な力と、科学が入り混じる世界が本作品の舞台です。】
本編編集中
世界の辺境の一角に、南北東の三方を夏でも山頂に雪が積もるほど高い山に囲まれた街がある。
北から南に掛けて西方を長い城壁が街を守っている。
ただ街も城壁も、周囲を囲んでいる林や田畑でさえ全て深い霧に隠れて薄く影だけがそこに街があることを覗かせていた。
年中、名状し難い虹色の霧に包まれ、何かが腐敗した嫌な匂いが蔓延しており、ガシャガシャと規則的な足音が、あちこちで殆ど人のいないはずの街の中から聞こえて来る。
イーストブレット・フット。
随分昔に新聞を通して出された発表によれば、異世界人という特別な人達が名付けた街だという。
彼らはこことは違う世界からやってきたのだとか、そんなこと言われても全く想像がつないが、神から使わされた使徒だからなんでもできるのだろう。
生憎、こんな街に住んでいる身としては神様なんか信じられないが、異世界人というのは本当にいるので神様もいるのだろう。
そんな凄く偉く偉大な10人の使徒が、かつて人類の平穏を脅かしていた邪悪で穢らわしい生物である魔獣を殲滅し、解放した最初の土地がここ、イーストブレット・フットだ。
現在、世界の中でもっとも発展がおくれた街でもあると自信を持って言うことができる。
この街に届く新聞には写真付きで様々な情報を知ることができる。もっともこの街と他が違うというのは新聞の中に入れられている商品の広告、たしか……そう、チラシだとかいうので気付かされる。
勝手に部屋を掃除してくれる平たい道具だとか、雷の力を使った照明だとか、中に入れた液体の温度を長く保つ容器だとか、そういう物珍しく便利なものが載っているのをみると、この街が如何に前時代にあるかわかる。
僕が住むこの街は、少し変わっている。
今、生きている人でこの街にいる人は、地下から湧き上がる毒の温水や、それが冷たい空気と触れてできる虹色の霧から身を守る為、城壁の上に家を建てくらしている。
だから城壁の中にある町は無人で、誰もいない。
わずかな住民も、こんなやばい場所から出て行かない偏屈ばかりだからなのか、凄く古い生活を送っている。
洗濯は手洗い、手紙は鳥や使用人に持たせて運ばせる。灯りといえば油や蝋燭のような、物を燃やしてつけるタイプで、便所は穴にするタイプだし、風呂とかいうものはない。
一応この街は、異世界人が異世界の技術を再現した街であるから、水道や下水施設もありはするのだが、使い物になってない。下水施設が毒の汚水や霧や腐敗臭の元ではあるが、直し方は誰も知らないし、毒素が強すぎて施設内に行ったら生きては帰れないのだとか。
そういうということは、昔だれか直しに行ったやつがいるのだろう。
一応、水を汲むには井戸もあるのだが、もっともあたりの水は汚染され尽くしていて飲むには適さない。
イーストブレット・フットなどという異世界人たちによって音の響きだけでつけられた街だということは異世界語を習得していればわかる。イーストブレット・フット(東パン・足)だ。
この街に住む人は、僕の保護者であるダーレスお祖父様も含めて異世界人嫌いだが、嫌いだからこそ敵性言語は習得すべきであると言って僕に異世界語を教えてくれたのだ。
まあ、しかし僕は異世界語も異世界文化も好きだから、敵性知識だとか言語なんて微塵も思っていないのは、祖父との違いだろうか。
主義主張の違いはあれど僕にとっては、好きなものがよりわかるようになったというのはいいことだ。
さてこの東のパンの足の街は"異世界の知識"とやらで考えられた悪政があった街だ。
それが現在でもその影響が残り続けることで街の発展を妨げている。
最も栄えていた時でさえ、異世界の常識とやらを強制され文化圏を徹底的に破壊され住む場所を失ったものや、気に入らないからと処分されかけた……所謂反異世界人派の人々が集うスラム街であったが、今では見渡すばかりの廃屋や廃墟街。
城壁の上に築かれた住宅の煙突からあがる数本の煙がこの街の末期さを物語っていた。
ここに住む人達は、城壁の中に立つ廃墟には立ち寄らない。
廃墟と言えど、ほとんど汚れておらず、正面を城壁が三方向を山が囲んでいる鉄壁の街だ。
日当たりもいい上、街全体に汚れを清掃するロボットが徘徊しているので住み心地は良さそうな街だ。
この街は築かれた際から存在した異世界的なルールによって縛られていた。それが我々にとってはとんでもない悪政であったことにより凄まじい勢いで人口が流出し、代わりにならず者や行く宛のない人々が住み始めてスラムと化した。
ならず者と呼ばれていた彼らはいずれも異世界人に何かしらの恨みがある人々であり、異世界人を賛美する街の領主を拘束し勝手に処刑してしまったことにより無政府状態になっていた。
とりあえず領主がいなくなり悪政から解放されたはずのこの街が何故廃墟となったのか。
異世界人の築いた完璧な設備のあったこの理想的な街が何故こうも荒廃したのか。
それは僕が生まれる前、異世界人が作った汚水洗浄施設の暴走により発生した疫病が壁で覆われた街を飲み込んだからだ。
今なお洗浄施設からは疫病の元が湧き出していて浄化しきれないほどに壁の下の街は汚染されている。
冷え込んだ朝は山から降りて来た冷たい空気と施設から湧き上がる熱を持った疫病を含んだ水が反応して、街の中と外が極彩色に輝く霧が発生する。
壁の上は安全だと言っても、風の流れによってはこの穢れた霧が吹き上がってくるし、そのせいかわからないが3、4年で家の外壁も腐食してきてしまう。
下の街とは違い、本来何もなかった城壁に適当にそれらしく素人が建てた家とでは何かが違うのだろう。
壁の外には本来、洗浄した水を使って自動で作物を収穫出来る棚田があるのだが、今は水も汚染され切っていて到底作物が育てられる環境じゃない。
遠くに見える木々も枯れて茶色くなっていて、外で作業していると嫌な匂いが常にして、慣れているとは言えはきそうになる。
誰だか知らないが親切なことに、食糧や日用品を送ってくれる人がいる。そのおかげで生活は出来ているが、いかんせん自分一人で運んで整理するのは大変すぎる。
毎日家に届く荷物を運搬しながら、僕が外を見てため息を吐いてしまうのも仕方がないというものだ。
両親は世界一周の旅に行くと言って蒸発。
廃墟だらけの街に身体の悪い祖父と二人っきり。
近隣住民も少し頭がどうかしているのとか、だんまりだとか、痙攣したように奇妙な笑い声をあげる変なのしかいない。
もう少しラジオとか新聞とかで聞くまともな近隣住民であったなら僕も正気でいられただろうし、周りが廃墟だろうが文句も言わなかったかもしれない。
いや、もしくはラジオだとか配達される新聞なんてものがなければ幸せに暮らせていたかもしれない。
何ごとも、見えない遠い場所の普通を聞いて自らの境遇と比べてしまっているのが悪いのだろうか。
僕は見たことがないが、神様の使徒たる異世界人がラジオも毎日家に届いてしまう新聞を作ったらしい。
祖父は異世界人が嫌いらしく新聞なぞ購読した覚えがないらしいが、『慈悲深い異世界人様とやらが我々を哀れに思われて送ってきたのだろうな。全く有難いものだ』言って肥溜めの中に捨てていたのを見た覚えがある。
異世界人嫌いの祖父の前で新聞を読むと酷く怒られて飯抜きなどになりかねないから、こっそり近くの廃墟で隠れて読んで、気になる記事はきりとって床のタイルの下に隠しているが、僕は祖父が何故異世界人をそこまで嫌うのかわからない。
確かに街を疫病だらけにして住めなくなった理由は異世界人が作った施設に原因があるし、そもそもこちらの世界のことを知らずに自分たちの常識で物事を決めて押し付けてしまったのも良くなかった。
でも、それは彼らもよくわかっていなかったからであるし、異世界人の言うことを鵜呑みにして任せてしまったこちらも悪い。
施設の暴走にしてもこちらに原因がある。
反異世界人の街になってからこの街にあった異世界人に関するものは破壊された。
異世界人を称賛する本は焼かれ、功績を称えた石像は砕かれ、異世界人が作った施設は破壊され放置された。
清掃用の道具の癖に戦闘力が高すぎて壊せなかったロボットを除いてとことん破壊した。
今まで明らかに正常な作動をしていた施設から異臭がしだしたのがことの始まりだった。
だから疫病が発生して沢山人が死んで街が住めなくなったのは、安易に怒りに身を任せて破壊した僕らの責任だと思う。
その事件があった時は僕は生まれていなかったからこうも言えるが、祖父以外にこの街に住む人々にとってそう簡単に割り切れることではないのだろう。
僕はどちらかと言うと異世界人も異世界の物事も好きだ。
新聞とかラジオで色々、知ることによって何かを比べて自分の貧しさに気づいて不幸な気持ちになることだってあるが、本来手に入らない遠方の情報をいち早く知れたり、荷物を格安で運べたり、魔術等の教養が無くともボタンを押すだけで何かが使えるようになる装置類や、格安で誰もが本を買えるような時代なんて感謝しない。
祖父は冷酷な人だ。
人が死のうが、まゆのひとつも動かさないし、どうせ僕のことも駒の一つにしか思っていないに違いない。
本当にいかれているし、愛情ってものがない。少なくとも感じられない。
時々、愛情なのかなと思うことはあっても、結局は祖父自身の利益になることだったりすると、失望する。
そりゃあ、僕が一人じゃ何もできない時に両親がこの家に置いていったんだから、当然祖父が育ててくれたし、そういう恩は感じているけど、どうもこう、なんていうか子育てというより飼育に近いって思った。
少し僕が成長してきてから話すことはあっても、期待した僕が馬鹿だったって後悔することしかない。
とにかく今自分の利益になるかどうかとか、将来的に自分の利益になるかとかそんなことばっかりで嫌になる。
隣の家が家事になった時だって放っておけっていうし、凄くたまに送られてくる祖父宛のプレゼントも絶対にお返しもしなければ、お礼の手紙も送らない。
何故って聞いたら自分の利益にならないからだとか。
人間として終わってる。
どうせ僕のことも召使いか良くて助手くらいにしか思ってない。
そんな祖父の異世界人嫌いは街が汚染されたとか、仲間が死んだとかではない筈だ。
絶対に自分の利益を損なったからに違いない。
怒る理由は今まで一緒に暮らしてきてなんとなく思い当たる節がある。
僕以外の比較対象が一人もいないのでわからないが、恐らく祖父は凄腕の錬金術師だ。
というのも、家には祖父の執筆した錬金術の著書が沢山あるし、レシピとかが記載されておらず、幻の素材という名目で図鑑でしか載っていないような特別な薬剤を調合していたのも見た。
異世界人によって錬金術師の高度な技を必要とせずとも、効果の高い薬が格安で流通し、錬金術師の十八番であったボタンを押すだけで使える装置なんかも手間も時間も価格も10分の一以外で作れて市場に出回っているのだから、いろんな意味で頭にくると言うのはわかる。
うちは裕福な家柄ではないが、祖父の昔の持ち物だとか言う家財道具が家のあちこちに点在している。
若き頃の祖父らしき人と共に何人かと並んでいる巨大な肖像画や、今や絶滅した魔獣の皮に金糸で物々しい文様を刺繍した青いマント、ぼんやりと発光しているよくわからない宝石にいくつも埋め込まれた仰々しい杖なんかを見るに祖父は相当に活躍したか、相当な地位にいたのではないだろうか。
それを僕に語ることはないがこうやって祖父の身の回りのものから察することは出来る。
そう、おそらく相当な地位にいた祖父が異世界人の登場によって錬金術師が不要とされ辺境で細々暮らすことになったのだろう。錬金術を習わされているからこそわかる難解さと錬金術の奥深さや多様性。
そういうのを全て含めて異世界人が持ち込んだ科学という技術は完成に錬金術の上位互換と化している。
だからこそ、自分を必要としなくなった世間や、ぽっと出の癖に古き伝統のある学問を蔑ろにして住む場所も職も生き甲斐も奪った異世界人をこうも恨んでいるのだ。
と、いう風にそう僕は推理した。
周りは異世界人嫌いしかいないが、僕はなかなかに異世界人のことが好きだ。
こんな廃墟しかない、糞辺境でも食べ物や新聞を配達してくれるサービスを築き上げたり、魔術で方面倒なことをしなくても使える道具もそうだし、漫画とかいう絵が沢山ついた本とか、これまで伝記か神話くらいしかなかったこの世に、沢山のジャンルの小説を作ってくれたのも嬉しい。
一つ残念なのはそれを誰かと語り合うことができないことだ。
異世界の文化が好きで異世界の言葉だって少しわかる。
確か僕みたいな一つの文化について興味がある人を"オタク"って言うんだっけ?
そういうものを誰かと話して異世界文化の良さを是非とも語り合いたいのだが、夢のまた夢といったところか。
祖父が異世界人が大っ嫌いなのは承知の上だし、周辺住民は変なのしかいないしみんな異世界人を憎んでいるし、そもそも周辺に街とかないし、近くに子供がいない。
そういえば昔、ラジオで聴いた"小学校"というやつに行きたいと言った覚えがあるが、祖父に頬をぶん殴られてそのまま外に放り出されて疫病に飲まれて死ねとか言われた覚えがある。
どうしても行きたければ、3つくらい国を超えた場所にあるその学校に、誰の迷惑もかけずひとりで歩いて行けなどと言われた覚えもある。
当時、僕は4歳か5歳くらいだ。そんなの行けるわけがないじゃないか。
お金は持ってないし、魔獣とかいないから必要ないかも知れないけど、もしって時に戦う手段もないし、この辺に宅配以外で誰も近寄らないし、そもそも体力も持たない。
一番の問題は壁の中と外に広がる疫病の霧をどうやって突破するかである。
それ以降、学校に行きたいと何度も言ったが、聞いて貰えずそんなに勉強する意欲があるならと何度も理不尽に殴られて躾をされた後、錬金術を習うことになった。
僕は友達が欲しくて小学校に行きたいといったのであって錬金術とかやりたくなかった。
しかし、『はい』以下の答えがあるわけもなく、黙々と錬金術一筋でやってきて現在に至るわけだ。
まあなんというか今の時代は"魔道工学!"だとか新聞に載っているのに、時代遅れの錬金術なんて習って何になのさ。と思ってはいるがそんなこと言ったら頬を殴られるだけじゃ済まないし、言ったことはない。
そもそも魔道工学だとかいうのがなんなのか知らないが、祖父によると"我々の世界の崇高な学問を穢し異端で邪悪な儀式と掛け合わせた見せかけだけの愚かなもの"だとか。
恐らく魔術とか錬金術とかと異世界人の持ち込んだ化学?だとかそういうのを合わせたやつなんじゃないだろうか。
「お前!早くしないかっ!」
お前ってだれですか!なんて言わない。
僕にはルイという名前があるんだから、ルイって呼んでくれてもいいじゃないか。
少しの反抗というか、嫌がらせも込めて祖父をダートお祖父様とか呼ばずに、ただお祖父様と呼んでいる。
お爺ちゃんとか一度は行ってみたいと色んな意味で思っている。
言ったら糞怒りそうだし、安全な場所から激怒した祖父の姿を眺めたい。
この家には僕と祖父と祖父の使い魔しか住んでいない。
祖父は僕のことを名前で呼ばないのに、使い魔のことは名前で読んでいる。
僕を呼ぶ時は大概、『お前』か『おい!』だ。
祖父の異世界人嫌いは相当なもので格安で手紙や荷物を運べる郵便・宅配システムって言うのがあるのに絶対に使わない。
僕も祖父もそのシステムがなければ荷物を届ける術がないから、祖父が使役する使い魔が代わりに手紙を届けに行かされている。
使い魔という言い方は異世界人がつけた名前だから、そんな呼び方を声に出して言ってしまったらめちゃんこ怒られるだろう。
使い魔という名称には本来という魔装錬成義核生体とかいう糞長い名前がついているらしい。
確か錬金術で擬似的に生物を象った存在を生成して、なんかどうにかしていうことを聞かせるらしいが、お前には早すぎると構造や作り方を教えてもらった覚えがないし、一度しか使い魔について教えてくれたことがないから酷く記憶が曖昧だ。
また怒鳴られたくないので、玄関先で整理していた荷物を放り投げて足早に祖父の元へ向かうと、書見台に分厚い本を置いて何やら文字を書き込んでいたところだった。
頭より高い位置まで背もたれがある椅子にゆったりと座りながら、二つの紅茶を飲み比べていた祖父は、僕がきたことに気づいてからになったカップにおかわりを注ぐようにジェスチャーしてきた。
自分で汲めばいいのに。
内心ため息をつきながら、白磁のポットを持ち上げて空になったカップに注ごうとすると中からカラカラと言う音がした。
まさかと思い中を覗いてみると先日、大変な思いをして街の近くにある山の山頂から切り出し、運んできた天然氷が入っていた。
『錬金術に必要だから絶対に持ってこい』
って言っていたはずでは……!?と戦果しながら祖父の顔を見るが何事もないように、空のカップを指し早く注ぐように催促してきた。
渋々、紅茶をカップに注ぎ用はもう終わっただろうと荷物を片付けに戻ろうとすると、ふと祖父の作業机に広げられたアルバムが目についた。
どれも僕の記憶からはすっかり抜け落ちている両親の写真で、その中の一枚を眺めていると、久しく祖父は重たい口を開いた。
「それはお前が生まれる前、ここの街が疫病の霧に飲まれる前に下の街の広場で撮った写真だ」
祖父が話しかけ出来たことに僕は少し驚いていた。
最近のやりとりといえば、朝起こしに行くとかお茶のおかわりを注げとか、飯をつくっておけとか、外壁を修理しろとか、荷物を整理しておけとか、街の外で素材を採取してこいとか。いずれも命令でこんなふうに話したのがあまりにも久しぶりだったからだ。
写真の中でにこにこと笑う男が噴水の前で若い女の腰に手を回して抱き寄せている。
その後ろで噴水の縁に座りながらむすっとした顔で足を組んで座っている初老の男性。
若い二人が両親で、後ろのお爺さんが、祖父なのだろう。
「へぇ、懐かしいですね。両親がこんな顔だったのかと今思い出しました」
本当は懐かしいなぁ、とかおじいちゃんは昔何してたの?とか聞いてみたいが、馴れ馴れしく話しかけると怒鳴りながら身分を弁えろと説教を受けてしまう。
なんか祖父と孫の家族関係ではなく、やっぱり主人と使用人の関係なのでは?
「お前は馬鹿親供が返ってこない理由を知りたくないか?」
僕の馬鹿親供か、祖父の馬鹿子供とその結婚相手かだか知らないし、返ってこない理由もわかるわけがない。
僕は一度も可愛がってくれた覚えのない祖父でも体調が悪いのを知っていて労ったり子供の頃からお手伝いという名の看護をする"善人"であるから、あの両親のように子供を身体の悪い祖父の元に預けて一生帰らないと旅行に行ってしまうイカれた悪人の気持ちがわかるわけがない。
別に知りたくないがここは聞く場面だと思ったので素直に聞いておこうと思う、少しのブラックジョークを交えるのはやめないが。
「楽しくなりすぎてゆっくり回っているか、船が沈没して海の底で暮らしているのではないでしょうか?」
僕のことなんか忘れてしまったとか、どっかでのたれ死んだとか。特に思いでもないし、どうせ帰ってこないなら死んでいたってどうでもいい。
「お前は……親は嫌いか?」
嫌い?当たり前でしょうが、こんな地獄みたいな街に孫を使用人扱いしてこき使う爺さんと二人っきりで残して、僕の自由を奪って帰ってもこない、手紙の一つもないような親が好きなわけがないでしょう。
それ以上に錬金術を教えてくれることを差し引きしても祖父の方が嫌いだが。
考えているとふつふつと湧き上がる怒りを顔に出さないように答える。
「いやいや嫌いじゃないですよ、さぞ沢山のお土産を積んで返ってこようとしているのでしょう。だからこんなに帰るのが遅いと信じていますよ」
「ふむ……」
祖父は僕の心を見透かしてきているのではないか、そんな不安にさせるような鋭い目で見つめてきた。
まあ、見抜いているだろうね。僕は15歳で祖父は80を超えてた筈だ。人生経験豊富でいつも偉そうなことを言っているのだから当然わかる筈だ。
しかし僕の考えとは他所に、祖父は何か落ち着かない様子で、自分の顎を撫でたり椅子に座り直したりしながら何か考えている様子だった。
一体どんな面倒事を頼まれるのだろうかと僕は戦果した。
こういう時は死にかけるほどの難題を突きつけられるのだ。
思い出すだけでも寒気がするが、10歳の誕生日に呼び出されて心臓を引っこ抜かれて代わりに訳の分からないものを埋め込まれたのは記憶に新しい。
確か魔法契約の防止の為とか言っていたはずだ。
この世界では10歳になると異世界人も含めてあらゆる人種、種族、神様が人類と定めたものたち……ようは全人類が年齢とか経歴、関係なく神様からスキルというものを与えられる。
異世界人の世界ではもらえないらしいが、異世界人もこちらの世界にきた時点で10歳を超えていたらスキルをもらえるようだ。
スキルは、自分が身につけたり持ってない知識など、神様が人間に与えてくれるプレゼントみたいなものだ。
例えば僕は一度も魔術を習ったことはないが、魔術に関連するスキルを得られればその日から、魔術がつかえるようになる。
僕もどんなスキルがもらえるのかとドキドキしていたのだが、祖父はスキルを持つと危険だとか言って僕がスキルを得られないように心臓を引っこ抜いたのだ。
恐ろしい。
心臓を失うとスキルは得られなくなる。
何故引っこ抜かれてたかといえば、スキルは無償ではないからだ。
スキルを得るということは神様と契約を結ぶことになるらしい。
無償より怖いものはないというやつで、突然神様に殺されたり信じられないような呪いをかけられることだってあるらしい。
他にも身近に神様に仇なすものがいる場合、体を操って殺したりもするとか。
僕から心臓を奪った理由は、祖父が背徳者だかららしい。
過去に神像を破壊したり、教会に放火したとか悍ましいことを言っていた。
心臓がないせいで、僕はもう胸が躍るようなドキドキは味わえないということはないけど、心臓が鼓動することはない。
神様とか僕もどうでもいいが、スキルを二度と得られなくなったのはショックだった。
それに、心臓って取り外せるものなのかとは驚いた。
過去のことを考えている間、数分後。
これから重要な話があると銘打って、カップや散らかった書類を退けると祖父は話し始めた。
きりは良く無いですが長すぎるので切ります。
感想とかくれたら嬉しいです
2021/08/17 内容編集
※下の補足では、ルイ・ホビンス目線で進むストーリーに置いて読者が知りきれないこの世界の常識や差異について書いたので、興味が有れば読んで頂けるとよりストーリーがわかるような気がすると思います。
【魔術】この世界独自に存在する第三の力"魔力"を体系化した技術群とそれに関連する学問のこと。
魔力が自然界の中で海流のように一定の流れを持つことや、流れの太さや形によって周囲に与える影響を研究し、人が意図して望んだ現象を起こせるように体系化した技術。
【錬金術】この世界独自に存在する第三の力"魔力"を体系化した技術群とそれに関連する学問のこと。
同じく魔力を体系化し人が思い通りつかえるようにした技術に魔術があるが、全く別の技術。
錬金術は既存の物質を全く別の物質に変換したり、物体にかかる力場を変化させる等をメインとした技術。
秘伝や血族の奥義などを含めると膨大な量があり、何を持って凄腕の錬金術師とするかの基準はない。
【錬金術師】錬金術を学んでいる人や職業にしている人を指す言葉。
改革派と古学派と言う派閥が存在し、異世界人のもたらした知識や技術を吸収して新しい技術を生み出そうとしたのが改革派であり、またその寛容性から既存の他体系の技術を組み合わせ"魔道工学"などの技術を生み出した。
逆に古学派は錬金術の発生の起源や匿名されてきた秘術などを中心に学び、古くからの伝統を酷く重んじている。
古学派は数少なくいずれも異世界人を嫌っている為、余程運が良くなければ出会うこともないし、学べる機会もない。
【魔獣】かつて世界に沢山いた怪物の名前。
頭部の無く、首の先から無数の目が覗く鹿のような形をした化け物や、体長が4kmもある鱗を持ったナメクジなど、人智を超えた化け物。
世界のほとんどが魔獣の住処で人類は限られた範囲にしか住んでいなかったが異世界人たちによって魔獣は駆逐され世界のあらゆる地域に人類は住めるようになっている。
魔獣は全滅したと言われており少なくとも人類が立ち入れる範囲にはいない。もしかしたらいるかもしれないが、少なくともここ15年は目撃例がない。
【魔獣のマント】魔獣は極めて凶暴で強力であり、異世界人が現れる前は到底常人が仕留められるような存在ではなかった。昔から魔獣の素材は希少価値が高く、絶滅するほど魔獣を駆逐したせいで一時期、暴落したが素材の持つ危険性から現在は国や専門の機関が管理しており、市場に出回ることはない。
【施設の暴走】浄水場に当たる施設に放たれていたバクテリア的なものが変異し大繁殖した結果ではないかと当時の新聞の記事には記載さられている。
【イーストブレット・フット】大陸の端の方だが、海からも遠く、廃墟街が90%を占める街。
無政府状態になってからの記録は撮られておらずあまりにも疫病の霧が有害な為、調査員も来ていない。
無人機による新聞の宅配だけが行われている。
新聞を受け取っている様子があるため人はまだ住んでいるとは認識されている。
残っている街の住人が異世界人嫌いなため食糧を独自の手段で調達している。新聞は届いてしまう為、受け取っているよう。
【ルイ・ホビンス】本作の主人公。
祖父、ダート・ホビンスと共に暮らしている。
古学派の錬金術師で古くからある秘術や血族のみに伝わる奥義を専門に学んでいる。友達や家族と呼べる存在はおらず誰かに弱音を吐くと言うことが出来ず心の中で弱音を吐き続けた結果、皮肉っぽくなった。
【ダート・ホビンス】ルイ・ホビンスの祖父。
昔ながらの家長を重んじる考えを持つ人で、血が繋がった家族だからこそ厳しく礼儀を躾けている。
皮肉を聞いたり言うのは好きであり、ルイがブラックジョークが皮肉を言っても怒らない。
異世界人は嫌いで、視界に入ったら衝動的に殺してしまうくらい嫌い。
ルイが異世界人に毒されていることが悩みの種で、息子夫婦が返ってこないなど些細な問題だと考えている。
神様と異世界人が嫌いで神に反逆した理由から
【スキル】
神様が一方的に押し付けてくる魔法契約
神様が便利な力をあげる代わりに人間は神様に体の主導権や生死を委ねるという契約。
と、ダート・ホビンスは説明している。
契約は心臓に宿る為、心臓をとれば契約から逃れられる。幸い錬金術には人工の心臓をつくる技術がある。
心臓を作るだけなら、人造人間を作る初歩の技術であるため、難しくはない。
作った心臓を移植できたのは熟練したダートの腕前。
※ここで説明しない場合、物語中で説明するものもあります。