0は0にして無限なり〜奴隷少女とのチート生活〜
――先に言っておくね。しばらく読み飛ばしてくれて構わないよ。
この世界は、私がもともと生きていた世界とは違う。いわゆる、「並行世界」というやつだ。そこで今、私は暮らしている。
昔の話にはなるが、「邪神」と呼ばれる八百万の神の内の一柱がいた。その「邪神」は、「理想を現実に変える力」を持っていた。めんどくさいので、ここでその「力」を「デザイア・マジック」と呼称することにする。
「邪神」はその「デザイア・マジック」を使用し、「魔力」というものを内包する、「魔源」というクリスタルを作った。時代にして――江戸時代くらいだろうか。その「魔源」が大気中に「魔力」をバラまき、この世界は、「『異』世界」にシフトチェンジしたのだ。「魔力」がない世界から、「魔力」がある世界に。
「魔力」は様々な変化を引き起こした。起こるはずだった産業革命は起こらず、蒸気機関よりも先に「魔道具」なるものが作成された。一部の濃い魔力を受けた動物や人間は変貌し、「魔物」「魔族」なるものが誕生した。
要約すると、「魔力」のせいで、この世界は色々と変わってしまった、というわけだ。
さて、その「魔力」を扱ってできることは何があるだろうか?
そのうちの一つは、「詠唱魔法」。学校の教科書にもたくさん種類が載っている、所謂「プログラ
ミングされた『魔法』」のことだ。直線上に進む雷を発生させたり、炎の三連撃を撃ち込んだり、という「魔法」だ。
この魔法は、「精霊」と我々の魂をリンクすることによって使用する、という原理を持つ。「神」ではなく、「精霊」。「無詠唱」ではなく、「詠唱」。様々な制約を受けているからこそ、ほとんどの人間が使用することが可能な魔法である。「精霊」の力であるためか、炎だとか水だとか、風だとか土だとかといった、俗にいう「属性魔法」であることが多い。
さて、次。「特殊魔法」だ。これは「精霊」ではなく「神」と魂をリンクさせて使用する魔法で、当然使用者はほんの一握りだ。この「魔法」は「詠唱」が必要ないタイプの「魔法」である。「詠唱魔法」は誰かがプログラミングして、「魔法」の軌道などをあらかじめ定めておかなければならないが、この魔法は違う。
例えば、炎の「特殊魔法」であれば、どんな軌道だって描き放題だし、魔導書を何冊も読み込む必要はない。雷の「特殊魔法」であれば、人体の構造を知らずとも、正確に心臓に電流を送り込むことだってできる。「天気の神」と魂をリンクする、「ウェザー・マジック」なるものだってあったし、「インドア・マジック」という、自宅の中までなら何でもし放題の面白可笑しい「魔法」だってあった。
まぁあとは――「魔力」を消費しない「能力」だとか、体内の「魔力」だけに留まらず、魔法陣を描いて大気中や土壌の「魔力」さえ利用してしまう、「魔族」の使う「魔術」なんかもあったりするのだが、それはまた別の話だ。
――さて、そろそろ読み飽きてきたかな? 「」で括った単語が多くて、しかもそれが“君たち”の生活には関係のない単語だから困惑してしまうよね。
そもそもの話、“世界観の説明から入る”なんてのを“小説”でやるような人はあまりいない。それは重々承知している。
ではなぜ、私がそんな手法を取るのか。その理由は、私の「魔法」にある。
昔、「死神」と出会った少年少女達がいた。
その少年少女達と死神は、「魔源」を保有する「大魔王」に強い憎しみを抱いていた。「大魔王」に両親を殺された「死神」は、「並行世界」にも「大魔王」に人生を狂わされた少年少女がいることを知り、手を結ぶために「冥界」からやってきたのだ。
なんやかんやで「大魔王」を倒すも、その「大魔王」は偽物で、「邪神」が化けていた存在だったことが判明する。ただの神のいたずらで、四人の人生は狂わされたのだ。
一人の少年は、時間を操る「力」を持つ、「時の神」と魂をリンクさせる修行にでて、「タイム・マジック」を習得する。しかし、「タイム・マジック」をもってしても、理想を現実に変える「力」、「デザイア・マジック」に敗れてしまう。
そんな中、「邪神」を討ち取ったのは、「ヒール・マジック」の保有者だとみなされていた少女の「ゼロ・マジック」という「魔法」だった。
――おっと、少し長い昔話になってしまったね。
でも、これが私の「一週目」の人生だ。
名前は――確か「リリ」とか言ったっけ。自分でも自分の「魔法」を「ヒール・マジック」だと思い込んでいたから、あのときはほんの少し驚いたよ。
それじゃ、文字通り「何でもできる」存在である「邪神」に打ち勝った、「ゼロ・マジック」について説明しよう。
「ゼロ・マジック」の効果。それは、「現象、法則などを無に帰す」というものだ。
それが無効にできるものは、魔法攻撃や、単なる物理法則だけじゃない。「自分は空を飛べない」という「法則」を無に帰してしまえば、空だって飛べるし、「『ゼロ・マジック』は膨大な『魔力』を消費する」という法則を無に帰してしまえば、「魔力」を消費することなく「ゼロ・マジック」を使用可能だ。
そんな神の「力」にも匹敵するような「魔法」、本来なら人間に使用できるものではない。現に、実質同じ効果の「デザイア・マジック」は「邪神」以外に使用者がいない。
ではなぜそんな「ゼロ・マジック」が私に使えるのか。それはきっと、ただのバグのようなものなのだろう。本来この「ゼロ・マジック」は「何でもできる」魔法ではない。ただ、あらゆる法則を無視できるというだけ。結果的に、何でもできることになってしまった、それだけなのだ。
――ちょうど、「サイホンの原理」のように、「管」を一本、たったの一本用意するだけで、多量の水が移動してしまうように。
――さ、これで「ゼロ・マジック」の説明も終わりだ。
ええと、それで、なんだっけ。どうして私がこんな読みにくい、長ったらしいつまらない文章を“君たち”に読ませているのか、だっけ?
その理由は、私が「神」に近いから、何でも知っているから、それをただひけらかしたかっただけ。そんな理由だ。
※ ※ ※
「何か面白いこと、ないかなあ」
私の名前は――。どうでも良すぎて名前も性別も捨ててしまった。
でも、それでいいと思っている。誰も彼も、私の名前も性別も気にしないからだ。
「暇すぎる」
私の「ゼロ・マジック」があれば、楽しいことだっていくらでもできるし、この世界だっていくらでも改編してしまえる。
だけど、それをしないのは、それをやったとたんに生きている意味を、目的を、価値を失ってしまうからだ。人間は欲深い生き物だ。だからこそ、欲望が全て満たされた瞬間、「生き物」ではなくなってしまうのではないか、という恐怖に苛まれて私はあまり「ゼロ・マジック」を乱用していない。
なぜか中世ヨーロッパのような見た目をしている街道を歩いていると、怪しい小道を見つける。
非日常感を噛み締めながら、足元に気をつけてその裏路地の奥へ進んでいくと、一軒の店のようなものがあった。
「奴隷店……?」
看板もないのに、私はその店が何の店であるかを呟く。
なんともまあ、趣味の悪い店だ。
この世界にもそういう存在があるということは知っているから、驚きはしないが。
「おじゃましまーす」
私が扉をバンッと開け放つと、そこには屈強な若い男が二人と、太った中年の男が一人、そしてボロボロの布切れを纏った、枷をした金髪碧眼の少女が一人いた。
「いらっしゃいませ」
そう言って、中年の男は私を出迎える。
「君、名前は?」
私の方をじっと見つめていた少女に声をかける。
「……アリスです」
「あーお客さん、その名前はこの子の元の名前でね。買ってくれるなら好きに名付けてもらって構わないよ」
私に対する少女の返答を、慌てて中年の男が制止する。
この男が店主のようだ。「ゼロ・マジック」で確認した。
「私は、アリスと話しているんだよ? アーロンくん」
「わたくし、名乗った覚えは……」
「あーいやいや。驚かせちゃってごめんね、君に危害を加えるつもりはないから大丈夫だよ。気にしないで」
少しお遊びがすぎたようだ。
さて、本題に入ろう。
「私、今すっごくすっごく暇してるんだ。アリスちゃん、ちょっとでいいから、付き合ってくれないかな?」
「……?」
「まあまあ、一緒についてきてくれればそれでいいから」
首をかしげていぶかしげな眼差しを私に向けるアリスの手を引っ張って、私は店の外に出る。
「ここ、仮想通貨使えますか?」
「うちは現金だけです」
店主の男は動揺しながらも答える。
「あんた、うちの品持ち逃げするなら容赦はしねぇぜ」
「そうですよ、ちょっと待ってくださいよ。その子はレアものなのです、契約書にもサインしていただいて、お代はきっちり一億ようい……」
「めんどくさ」
そう私は吐き捨てて、店を出た。
あいつらが人攫いなのかなんなのかは知らないが、二人のボディーガードの手にそれぞれ大金と契約済みの書類を召喚したから揉め事にはならないだろう。
裏路地でいったん着替えを用意し、ドレスを着たアリスを連れてこの街の噴水広場に来た私は、アリスに話しかける。
「私も、『なろう主人公』みたいなことすれば、少しは退屈が紛れるかな?」
そう尋ねた私に、アリスは話しかけようとしているようだが、あわあわ、といった様子でなぜか話しかけてこない。
心を読めば一発でわかるのだが、アリスを「ゼロ・マジック」の対象にしてしまった時点で、アリスは私の「生成物」の一部に過ぎなくなってしまうのではないか、という不安が脳裏をよぎって断念した。
「あ、そうだ! 私のことは『ご主人様』って呼んでくれるとうれし……いのかな? とりあえずそう呼んでよ。名前捨てちゃってさー、ないんだよね」
「ご主人様……?」
アリスが私の名――のようなものを呼ぶ。
「そうそう」
「『なろう主人公』って、何ですか?」
「さあ、なんだろうね。わかんなくてもいいんじゃないかなあ」
一瞬むすっとした顔を見せるが、すぐにアリスは私に笑顔を振り向いた。
「あー。別に私に媚びへつらわなくていいよ。そういうの求めてないし」
「私のこと、ちゃんと養ってくれるって約束してくれますか?」
私に反抗的な態度をとって、捨てられるのが嫌なのだろう。生きていけなくなるのが怖いのだろう。
「するする」
「そう、ですか。じゃあ言わせてもらいます」
私の手をぎゅっと握って、つぶらな瞳で見つめて言った。
「ご主人様って、変な人ですね」
さて、ここは「冒険者ギルド」。変な人の私は、そんなところへ来ていた。
というか、なんで「ギルド」なんてあるんだ? 中世ヨーロッパすぎる。
まぁ、その理由も「ゼロ・マジック」を使えばわかるのだろうが、気分が乗らないのでやらない。
「私やってみたいことあってさーアリス」
「何ですか」
いつもの怪訝な表情だ。
「よくギルドの受付の人が驚くイベントとかあるじゃん? それやってみたくてさ」
「よく……? そんなイベント、私は知りませんが」
「なんか『なろう主人公』ってギルドの受付の人を驚かせるらしいんだよ」
「だから、その『なろう主人公』って何なんですか……」
「てわけでさ、ほら」
私は受付嬢の目の前に立って言う。
「あー。冒険者申請? お願いできますか」
「あら、新人冒険者さんの方ですか?」
「んー。そうそう。そんな感じ」
「では、ギルドカードを渡すので、まずはこのクエスト……『薬草採取』ですね。これをお願いします」
ギルドカード――プラスチックのような材質でできたカードを受付嬢さんから受け取る。
「薬草を採取し終わったらギルドカードにランクとかが浮かび上がって、それで私の冒険者登録が完了する感じですか?」
「私が説明しようとしていたのですが……必要なさそうですね。では、村の隣の高原が目的地なので、どうぞ。薬草と一緒にサイン済みの契約書を持ってきてくださいね」
そう言って、地図とギルド所属冒険者契約書を受け取った。
「じゃあ、行こっか。アリス」
そう言い残して、私は全速力で走り出した。
さて私が向かった先は名もなき高原。
「アリス、これがね? 食べちゃいけない草でー。これが、食べられる野草なんだ」
「そんなの、知ってます。あ、その野草美味しいですよね」
そう言って、アリスはドレスのポケットに野草をしまう。
ドレスはアリスに似合わないのだろうか。似合わないかもしれない。もっと平凡な服の方が、案外好みだったりするのだろうか?
「というか、ご主人様。薬草はいいんですか?」
当然の疑問だ。
「あー。別にいいよ、それが目的で来たわけじゃないし」
「じゃあ、なんですか……って、え」
アリスの視線の先には、一匹のドラゴンが、炎をこれ見よがしに吐きながら、空を飛んでいた。
「おっいたいた」
さて、「ゼロ・マジック」で消し去ってしまえばいいのだろうが、そういうわけにはいかない。
ボタンを押すだけでラスボスが倒せてしまうゲームなど、誰もやりたがらないだろう。ゲームを面白くするには、派手なエフェクト、面白いコンボが必要だ。
「んー……そうだな、ガラスの外骨格――鎧を纏っていることにしよう」
まだドラゴンの描写はほとんどしていない。
描写すれば、それが事実だ。今からあのドラゴンは、ガラスの鎧を纏っていることになった。
「何を言っているのですかご主人様? 『しよう』も何も、最初から纏っていたじゃないですか」
「おっそうだね」
「というかどうするんですか! ドラゴンなんて、もう、めちゃくちゃ強い魔物ですよ!? 私死にたくないです!!!」
焦燥感にまみれた声でアリスが言う。
「いやーそういうセリフよく聞くよね」
「聞かないですよ! そもそもドラゴンなんてあんまり見ないんですから!」
「あー。はいはい」
そうこうしていると、ドラゴンが急降下しながら私たちに炎の息を吐いてくる。
「アイスシールド~。で、いいかな? 名前は適当に決めちゃった」
炎の息を、氷の大きな盾で防ぐ。ちょうど二人分防ぐほどの大きさがある盾だ。そこそこ大きめだ。
「もしかして、ご主人様って氷の特殊魔法使いなんですか!? 詠唱もなしで……」
「んーまあそうなのかな? よし、今からそういうことにしよう」
「って、氷だから盾溶けちゃってるじゃないですか! どうするんですか!」
それもそうだ。大きめの盾が、小さめの盾になってしまった。
「えっとねー、アリスちゃん。ドラゴン倒せばいいんでしょ?」
「大丈夫なんですか!? 本当の、本当にですね!? 私、ご主人様じゃ大丈夫な気がしないです!」
「まーまー。見ててって」
私は氷で太刀を生成し、片手で握りしめる。
かなり右手が冷たい気がしたが、気のせいのようだ。
「剣道のフォームとかわかんないけど……まぁいいか」
急降下して、私たちの後ろへ突き抜けていったドラゴンの方へと振り返り、高く跳び上がる。
「ご主人様!?」
人間らしからぬ跳躍力に驚いているのだろうか。
期待8割、不安2割といった表情だ。
そして、私はドラゴンより上を取った。そうなれば、次に始まるのは、自由落下だ。
「これが、重力のちからだー」
私は重力に身を任せ、急降下しながらドラゴンの鎧に向かって太刀を振り下ろす。
――バキッ。
当然、ただの氷の太刀なので、ガラスに向かって振り下ろせば折れてしまう。
「ご主人様!!!」
期待0割、不安10割といった表情でアリスが叫ぶ。
「あー。折れちゃった」
鎧には傷一つついていなかった。動体視力がいいから私にはあの一瞬でも傷がつけられたかどうかわかる。
嘘つきました。地面に着いてから「ゼロ・マジック」で確認しました。まあ、どっちでもいいけど。
炎の息をジェット噴射のように使って、私の方へドラゴンが向かってくる。
「アリスー、私食べられちゃうよーどうしよう」
「ご主人様のばか!」
私を食べようともしないドラゴンが、炎の息を私に吹きかけようとしている。
ドラゴンの体が、熱気を帯びる。
「バカじゃないし!!!」
――パキッ。
ドラゴンの背中に、さっき折れた氷の刃が降ってくる。垂直に、背中に刺さった。なんでだろう。
まぁ、それはそれとして。
「ガラス熱した後に冷やしたら簡単に割れちゃうんだよ? 学校で教えてもらえなかったの?」
刺さった氷の刃を中心に、ドラゴンのガラスの鎧がパキパキと割れていく。
割れた破片が、ドラゴンの体中に刺さる。
「これで、トドメ」
巨大なつららをドラゴンの背に落として、私はアリスと冒険者ギルドに帰った。
「クリスタルドラゴン討伐、ですか」
ギルドに帰って受付嬢の人に一連の話をすると、そう言われた。
「あー。クリスタルドラゴンって名前でいいのかな。やっぱガラスドラゴンって名前のがいい?」
「何言ってるんですか、あなたは。クリスタルドラゴンはクリスタルドラゴンですよ。あなたが決めることじゃあないです」
「んーーーーまあそうだね」
「それにしても、このあたりは普通弱い魔物しかでないはずですが……なぜドラゴンが出没したのでしょうか。あなたがここを出発してから警報がでて、大慌てだったんですよギルドは。初心者冒険者がドラゴンの餌食になるーって」
これも、「よくあるセリフ」の一部だな。
「本来は出没しないはずの、強大な魔物」。
「あー。そうなんすね。心配かけてすみません。このドラゴンの鱗寄付するんで許してくれませんかね?」
採取してきたということにした鱗を、私は受付嬢さんに渡した。
「本物だ……ということは、やはりあなたが討伐した、のですね……」
「だからそう言ってるってー」
「ご主人様、強かった」
「さて、ギルドカードをお渡しいただけますか? 冒険者登録を行います」
私はギルドカードを取り出し、受付嬢さんに手渡した。
ところで、私はどこからギルドカードを取り出したのだろうか? この服にはポケットはついていなかったはずだが。
「Aランク……!? 普通の人はFランクからですよ!? クリスタルドラゴン討伐の、特例なのでしょうか……」
「Aー。そういうこともある感じね、やっぱり」
私はいつの間にか受付嬢さんに渡していた契約書と引き換えに、ギルドカードを返してもらった。
「これで冒険者登録は完了です。クリスタルドラゴンの鱗を寄付というわけにもいきませんので、これ、受け取ってください」
そう言って受付嬢さんが手渡してきたのは、硬貨の入った袋だった。
「それじゃ、このお金で美味しいものでも食べにいこうか、アリス」