誕生日と都市伝説と魔法少女カオルの誕生(4)
「さて、あとは魔法の説明ですね」
「……そういえば、聞いていなかったな」
一番肝心なことだ。
魔法を使って戦うことになるのだろうから。
「魔法にはこちらを使います」
ヴィーゼルはリュックから何かを取り出す。
「おおう。これはまた……」
先がハート型になっているステッキだった。
もちろん、ハートはピンク色だ。
「王子の趣味です」
「だろうな」
あの強烈な変態が選びそうなステッキだ。
「とりあえず、火の魔法を買いましょうか」
「買う?」
何だか魔法には不似合いな言葉だと、薫は首を傾げる。
「はい。魔法を使うには、まずステッキに魔法をセットしなければなりません。その為に魔法を買います」
ヴィーゼルがノートパソコンを操作する。
薫はそれを後ろから覗きこんだ。
ノートパソコンの画面には、色々な絵が等間隔で並んでいて、線で区切られていた。
「これが、買える物のリストです。えーと、魔法はっと」
画面がどんどん切り替わり、火の絵が大写しになった。
「これですね。火は使い勝手がいいので、とりあえずこれを最初に買いましょう」
ヴィーゼルがステッキの底を弄り、黒い紐状のものを引っ張り出す。
それを、ノートパソコンの側面に差し込んだ。
どうやらステッキのコードのようだ。
「魔法を読み込みます」
パソコンの画面でカーソルが動き、火の絵に重なったかと思うとチャリーンと音がなった。
そして、しばらく待つと、ステッキの先が輝きだした。
「これで読み込み完了です」
ヴィーゼルがパソコンからコードを引き抜く。
それをグッと引いて離すと、コードはシュルシュルとステッキに戻っていった。
掃除機のコードを彷彿とさせる戻り方だった。
「はい。カオルさん」
薫はヴィーゼルからステッキを渡される。
「底にあるメモリを回して最小に合わせて下さい」
言われた通りに、薫はステッキの底にあるメモリを限界まで回して、小に合わせた。
「何だか……。魔法っぽくないというかなんというか……」
「現実などこんなものです。さあ、あとは呪文を唱えて、振り下ろすだけです。とりあえず……」
ヴィーゼルは周りを見回して、テーブルの上のケーキに目を止めた。
「このロウソクがちょうどいいですね。このロウソクに向かって呪文を唱えながら、ステッキを振り下ろして下さい」
薫はケーキの前でステッキを構える。
「呪文は?」
「呪文は『レッドリボンシャワー』です」
「は?」
「だから『レッドリボンシャワー』です」
薫はケーキの前で固まる。
三十歳の男には、なかなか言いづらい言葉の並びだった。
「さあ、お早く」
薫はステッキを握り直し、覚悟を決めた。
「レ、レッドリボンシャワー」
小さな声で呪文を唱え、薫はロウソクに向けて弱弱しくステッキを振り下ろした。
すると、小さな炎がステッキの先から吹き出し、一本のロウソクに火を点けた。
「おお! 凄え!」
薫は同じ要領で、他のロウソクにも火を点ける。
「レッドリボンシャワー! レッドリボンシャワー!」
魔法を使えた興奮で、薫は呪文の恥ずかしさなどすっかり忘れていた。
「ヴィーゼル! 他の魔法にはどんなのが――」
薫がヴィーゼルを見ると、ヴィーゼルは前足でカメラを構え、薫を撮影しているところだった。
「何してんだ?」
「写真を撮っています」
「いや、それは分かる。何故、写真を撮っているんだ?」
ヴィーゼルはカメラを下ろし、カメラから小さいカードを取り出した。
それを、ノートパソコンに差しこむ。
「おい、ヴィーゼル?」
「実は、魔法を買うお金がもうないんです」
ヴィーゼルは写真のことには触れず、別のことを話し出した。
「儀式には資金も用意されていたのですが、王子がその魔法使いの正装につぎ込みまして、ほとんど残りませんでした」
ヴィーゼルは喋りながら、ノートパソコンの操作を続ける。
「そこで、王子にポケットマネーから費用を出すようにお願いしたのですが、お金をただ出すのは嫌だと駄々をこねられまして」
薫は嫌な予感がした。
「まさか……」
「王子は条件を出したのです。報告を兼ねて写真を送れば、その活躍に見合う金を出すと」
薫の嫌な予感は的中した。
「ちょ、ヴィーゼル待て。写真を送るな!」
「もう送りました。あ、カオルさんの魔法にはしゃぐ写真はお気に召したようですね。なかなかの金額が王子から振り込まれました。これで、魔法がもう二、三個買えますよ」
ヴィーゼルはしれっと答える。
「あ、メールも来ました。えーと、『魔法に夢中になるカオルちゃんは、凄く可愛くて最高だった。可愛すぎて鼻血が出そうになるぐらいだったよ。これからのカオルちゃんにも期待してるね。ガンバレ! 魔法少女カオル!』だそうです」
「うおおお。あんな変態の元に、俺の写真が渡るなんてえええ」
薫は頭を抱えて身悶えた。
変態王子が写真をどう扱うかを考えるとゾッとする。
「あ、それもいいですね」
ヴィーゼルがまた写真を撮り始めた。
薫は真っ青になってそれを止める。
「やめろ! 絶対あの変態王子に送るな!」
「そう言われましても、ボクも仕事なんで」
ヴィーゼルはまた写真を送ろうと、カードを取り出した。
「ひぃ!」
もう手段を選んではいられない!
そう思った薫は、ステッキをカードに向けて振り下ろした。
「レッドリボンシャワー!」
カードに炎が飛ぶが、カードに届く寸前、炎が消滅した。
「甘いです。ボクが使う道具一式には、防魔の魔法がかけられています。その程度の魔法なら簡単に防げます」
「クソオオオ……」
薫はくずおれ、手をついてガックリと項垂れた。
「お、またお金が振り込まれましたよ。これで、しばらくは安泰ですね」
「嬉しくねえええ……」
こうして、薫の三十歳の誕生日は、最悪なプレゼントと共に幕を下ろした。