誕生日と都市伝説と魔法少女カオルの誕生(3)
三十歳の誕生日に、とんでもないことになってしまった。
「何でこんなことに……」
薫はガックリと項垂れる。
「しかも、三十歳にもなって、魔法少女とか……」
とんだ赤っ恥である。
「そういえば、何で魔法少女なんだ? 化け物を倒すなら、もっと強そうな格好の方がいいんじゃないか?」
ペラッペラの服装もそうだが、薫は体格が縮んでいる。
戦うなら、リーチは長い方がいいはずだ。
例えば、元の体格のまま、全身を鎧に包むとか。
筋力補助や防護付与が付いているといっても、ペラペラの布に付けるより、鎧に付けた方が元の頑丈さと相まって効果的に思える。
「ああ、ですよね。ボクもそう思います」
ヴィーゼルは深く頷いた。
「実際、他の人間の時は大男になったり、全身完全防具だったり、こんな変な正装にはしませんでしたからね」
「はぁ? じゃあ何で俺はこんなのなんだよ」
薫はスカートを引っ張って不満を示した。
「それは、王子の趣味です」
不穏な言葉がヴィーゼルから飛び出した。
「王子は極度のロリコ……。ゴホン。えー、かなり年下の女性がお好きなんです」
「おい、ほとんど言っているぞ」
「儀式を行うと決まった時に、オッサンの集めたシュテルン石など使いたくない。俺は幼女に集めてもらいたい。俺の為に幼女が可愛い手で一つ一つ集めるところを想像すると……。もう最高! と王子がのたまいまして」
とんでもない変態である。
「魔法使いになれるのは、三十歳の童貞と決まっておりますし、幼女は無理だと王子の周りのものが諌めたのですが、それなら三十歳の童貞を幼女に変えればいいじゃないか、と魔法使いの正装をそのようにしてしまいました」
「そいつは外見が幼女なら何でもいいのかよ……」
薫は頭を抱えて唸る。
最悪な奴に捕まってしまった。
「あ、そういえば、王子への報告がまだでした」
ヴィーゼルが前足でノートパソコンを操作する。
「王子、お待たせいたしました」
『もうすっごい待ったよーっ! どう? どう? 可愛い子と契約出来た? 僕の魔法少女はどこ?』
テンションの高い声が、ノートパソコンから聞こえてきた。
とてもマトモとは思えない第一声に、薫は顔を引きつらせる。
「王子の目でご確認下さい」
ヴィーゼルがノートパソコンの画面を薫に向ける。
画面には金髪碧眼の男が映っていた。
長いまつ毛が瞬きのたびにバシバシと音をたてそうだ。
『うおおおおおお! 可愛い幼女来たああああああ!』
金髪碧眼の男、王子が画面いっぱいに映る。
どうやら、向こうの画面に貼り付いているようだ。
『可愛らしい瞳。微かに赤く染まる頬。小さくキュートな鼻と唇。マシュマロのような肌。どれをとっても素晴らしい!』
王子の気持ち悪さに距離を取りたくて、薫は慌てて立って後ずさる。
『おおおおお! 絶対領域! 最高だ! 最高だよ! ニーソとスカートの間の素肌の露出具合がたまらないよ!』
ぞおっと薫の背筋に悪寒が走る。
王子の欲望をたぎらせた目が、さらに気持ち悪かった。
『ヴィーゼルでかした! これで儀式へのやる気も出るってもんだよ!』
「それはようございました」
感情の籠らない声で、ヴィーゼルが答えた。
『な、名前。名前は何て言うのかな?』
画面の向こうの王子が、じっと薫を見る。
正直なところ、変態王子に見られているだけで気持ちが悪い。
この王子の口から自分の名前が出るのが嫌で、薫は黙り込んだ。
「お名前はカオルさんです」
代わりにヴィーゼルが答えた。
「ど、どうして俺の名前を!」
ヴィーゼルに名乗った覚えなど、薫にはない。
どうして知っているのかと、薫はヴィーゼルを見た。
「こちらにお名前が」
そう言いながら、ヴィーゼルは手で机の上のケーキを示した。
ケーキにはネームプレートがのっている。
そこには、薫の名前が書かれていた。
どうせ一人だけの誕生日ケーキだからと、年甲斐もなく浮かれてケーキにネームプレートをのせていた。
「俺のバカ!」
今更、後悔しても遅い。
『カオルちゃんかあ。名前も可愛いねえ。魔法少女カオル。いいねえ』
ゆるみきった顔で、王子が何度も薫の名前を呟く。
薫の全身に鳥肌が立った。
『カオルちゃんが僕の為に、シュテルン石を集めてくれるのかあ。最高だよぉ。えへへへ』
何かを妄想しているのか、王子の視点が定まっていない。
口もだらしなく開きっぱなしだった。
薫はその隙に、じりじりと横歩きで画面から逃げる。
しかし、ヴィーゼルが画面を動かして薫を追いかけた。
「ヴィーゼルやめろ」
小声と払うような手振りでヴィーゼルに要求するが、聞いてもらえない。
ウロウロと逃げ回っているうちに、王子が現実に戻って来た。
『カオルちゃーん。もう少し、こっちに寄ってくれないかな。もっと近くでカオルちゃんのお顔が見たいんだけど』
「誰がお前なんかに近付くか!」
『ふおお! 幼女とお話ししちゃった!』
王子がクネクネと身体を揺らす。
その姿に薫は身震いし、思わず両腕を抱いた。
『カ、カオルちゃんは何か好きなものある?』
拒否を口にしただけでお喋りしたと大喜びしたやつに、答えられるわけがない。
薫は口を閉じる。
『カオルちゃん?』
どんなことを言われても、絶対に喋るものかと、薫は決心する。
『カオルちゃーん?』
薫は画面から顔を背けた。
『……ツンツンするカオルちゃんも可愛いいいいい』
喋らない薫に王子が興奮し出し、薫はギョッとした。
何か言えば喜ぶ。
何も言わなくても喜ぶ。
もうどうしたらいいのか。
頭痛になりそうで、薫は頭を押さえた。
『あれ、カオルちゃん大丈夫? 頭痛いのかなー? 僕は心配だよ』
「お前のせいだろうが!」
『おお! デレた? カオルちゃんがデレてくれた!』
「しまった!」
絶対に喋らないはずだったのに、薫は思わず怒りのままに王子へ怒鳴っていた。
後悔しても、一度出てしまった言葉は戻らない。
『ツンデレカオルちゃん可愛い』
顔をにやけさせて、王子が喜んでいる。
もうこの王子には何をしても意味がない。
薫は元を断ち切ることにした。
「……ヴィーゼル。通信を切れ」
「はい。報告は済みましたので、かまいません」
『え? ちょっと待って。ヴィーゼ――』
ヴィーゼルはノートパソコンの通信を切った。
「最初からこうすればよかった……」
しかし、どえらい変態と関わることになってしまった。
この先のことを考えると、気がめいる。
薫はため息を吐いた。