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薫とヴィーセル(2)

『ハーイ、カオルちゃん! 君の愛する王子様ですよ!』

 愛したことなど一度もない!

 とんでもないねつ造に思わず叫びそうになったが、カオルはぐっと我慢する。

 反応したら長引くだけだ。

『こうやって顔を合わせるのは久しぶりだね。すっっっごく会いたかったあ!』

 こっちは永久に会いたくなかったがな。

 そう思いながらも、カオルは無表情を通す。

『さあ、もっと画面に近付いて、その顔をじっくり見せておくれ』

 誰が寄るか。

 カオルは逆にパソコンから離れた位置に座り直した。

『相変わらずのツ・ン・デ・レだなあ。そんなカオルちゃんも可愛い』

 王子はデレッとだらしない顔をした。

 カオルはさらに後ろに下がった。

「王子、シュテルン石はそちらに転送されましたか?」

 ヴィーゼルが間に入る。

『ん? ああ、届いたよ。バッチリ五個。カオルちゃんごくろうさま。シュテルン石一つ一つから、カオルちゃんの愛が伝わって来たよ』

 王子はそう言いながら、取り出したシュテルン石に頬ずりをした。

『ふふふ。カオルちゃんの温もりを感じるよ』

 カオルはシュテルン石にほとんど触っていないので、感じるならヴィーゼルの温もりになるわけだが、王子が気持ち悪過ぎてツッコミを入れる気力は全くわかなかった。

 鳥肌も立ち始める。

『この調子でこれからもよろしくね』

 ん?

 今なんて言った?

 カオルは王子の言葉に引っ掛かりを覚えた。

『あ、そうだ。ヴィーゼル』

「はい。何でしょうか?」

『送ってもらったカオルちゃんのヌルンヌルン写真なんだけどね』

 おいちょっと待て。

 ヌルンヌルン写真って何だ。

 いや、それよりさっき王子の言ったことが。

 いや、先に写真か?

 どっちも重要すぎて、カオルの中の優先順位が定まらない。

『実は写真にうっかりかけて汚しちゃったんだよね』

「何をかけたあっ!」

 王子の衝撃発言に、カオルは思わず叫んでいた。

『あ、カオルちゃんごめんね。一番のお気に入りでよく部屋にこもって一人でその写真を見ていたのだけど、間に合わなくてカオルちゃんを汚しちゃったよ』

「やめろおおおおお!」

 カオルは頭を抱えて、激しく身をよじった。

 カオルの精神的ダメージは計り知れない。

『ほら。可愛いカオルちゃんの顔にかかっているでしょ?』

 王子が画面に一枚の写真を映す。

「もうやめっ」

 カオルが絶望的な目でパソコンを見ると、そこには触手に絡みつかれたカオルの写真が映っていて、上半分が茶色くなっていた。

「茶……色……?」

 カオルの予想に反した色で、カオルはまじまじとその写真を見てしまう。

『コーヒーの入ったコップを倒してしまってね。慌てて写真を引き上げたのだけど、間に合わなかったんだよ……』

 王子がしょぼんとする。

「なんだ、コーヒーか……」

 カオルは脱力した。

『それで、ヴィーゼルには同じ写真をまた送ってほしいんだ。今度は保存用分に二枚で。もちろん倍額出すよ』

「承知いたしました」

「承知するな!」

『大丈夫だよ。今度は大事に大事にカオルちゃんを見るから』

「大丈夫じゃねえ! 燃やせ! 今すぐ他の写真とまとめて燃やせ!」

 パソコンの前でバンッっと手をつき、カオルは前のめりで王子を睨み付ける。

『わわわっ! カオルちゃんのドアップ来た!』

 画面の中の王子は、顔を紅潮させて興奮している。

『カオルちゃん! そのままそのまま! うちゅう〜』

 王子が唇を尖らせて顔を近付けてきた。

「うわっ!」

 王子の気持ち悪さに、カオルは思わず手を振り払ってパソコンの向きを変える。画面はヴィーゼルの方を向いた。

「それでは、王子。これにて報告は終了致します。詳細は報告書にて後日、お送り致します」

 ヴィーゼルは王子の顔が画面にくっ付く前に、素早く通信を切った。

「ううう。気持ち悪い気持ち悪い」

 カオルは全身に立った鳥肌を落ち着かせるように身体をさする。

「さあ、報告は終わりましたし、ケーキを食べましょう」

 ヴィーゼルはケーキを食べる用意をいそいそと始める。

 ヴィーゼルがケーキにナイフを入れようとした時、カオルはケーキをサッとよけて、ヴィーゼルの手が届かないよう持ち上げた。

「ちょっと待てヴィーゼル」

「何をするのですかカオルさん」

 ヴィーゼルはナイフを置いてテーブルの上に立ち、カオルの持つケーキに手を伸ばす。

 が、カオルはさらに上へとケーキを逃がした。

「王子の言っていた、これからもよろしくってどういうことだ」

「その言葉の通りです」

 ヴィーゼルは答えながらも、ケーキの下で両手を上げ続ける。

 それでも叶わないからか、ヴィーゼルはカオルの顔をプニュプニュと肉球で踏みつけて、思い切って片手で伸びをし始めた。

「シュテルン石は五個集めたんだ。もう終りだろ」

「終わりじゃありませんよ」

「は?」

 今度はケーキを狙ってぴょんぴょん跳ねながら、ヴィーゼルは何でもないことのように言った。

「シュテルン石は五個ごとに転送されるだけです。これで終了するわけではありません」

「はあ?」

 ヴィーゼルはありえないことを言い出した。

「そんなの聞いてないぞ! 五個で終わりじゃないのか!」

「そんなこと言っていませんし、カオルさんが勝手に勘違いしただけです」

 カオルは今までのことを必死に思い出す。

 確かに五個で終わりとは言っていなかったような?

 ヴィーゼルが何て言っていたかうまく思い出せないが、つまりはこれからも魔法少女になって、シュテルン石を集めなければならないということになる。

「マジかよ……」

 カオルは手で目を覆って、天井を仰ぎ呻いた。

 これで最後だと思っていたのに……。

 無理やり魔法少女に変身させられることも。

 とんでもなく恥ずかしい思いをさせられることも。

 あの変態王子に関わることも。

 全てを今日でおさらばし、平穏な日常が戻って来るのだと思っていたのに。

 その期待は全て打ち砕かれた。

「……おあずけ」

「何ですか?」

「ケーキはおあずけだ!」

 ヴィーゼルとの別れを惜しんだ気持ちを返せ!

「ええ! 横暴です!」

「うるさい!」

 ヴィーゼルはケーキを狙って、さらに激しく飛び跳ねる。

 と、ヴィーゼルの足がテーブルの上に置きっぱなしになっていたパソコンのマウスを蹴った。

『好きだからです!』

 急にパソコンから音声が流れた。

 ヴィーゼルが蹴ったせいで、何かが起動したようだ。

『何よりも誰よりも好きだからです!』

 聞き覚えのありすぎる音声に、カオルはピシリと固まる。

「こ、これは……」

 顔をギギギとゆっくり動かし、カオルはパソコンを見た。

 その隙をついて、ヴィーゼルは大ジャンプでケーキを奪った。

 そして、床の上に着地したヴィーゼルは、そのままケーキにかぶりつき始める。

 それをカオルは止めようとしない。

 もはやケーキどころではなかった。

「どういうことだヴィーゼル。この音声は何だ」

「ほれふぁほうほほほふほんふぃはひは」

「飲み込んでから話せ」

 ヴィーゼルは口の中のケーキを飲み込み、生クリーム塗れの口で話し始めた。

「それは今日のを録音しました。使えるかなと思いまして」

「何にだ」

「そうですね。あれなんていかがでしょうか。声を録音してアラームにする目覚まし時計。それにこの音声を吹き込めば、王子が高値を付けてくれそうじゃないですか?」

「ふざけるな! 売らせてなるものか!」

 カオルはパソコンの前に座り、音声の削除を試みる。

「無駄ですよ」

 ヴィーゼルはどこからか五本のUSBを取り出し、指先でパラリと器用に広げて、カオルに見せつけた。

「すでにコピー済みです」

「くっ、くそおおおおおお!」

 カオルの嘆きが夜の闇の中にこだました。

 これからも魔法少女カオルの受難は続くのである。




 end

読んでいただきありがとうございました。

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