薫とヴィーセル(1)
五つ目のシュテルン石を回収したあと、元の姿に戻った薫は店に出た。
オーナーは桃子を医者に診てもらうために、桃子を連れて病院に行ってしまったので、店には薫と梨太朗が残った。
人手不足なのでヴィーゼルに人間界用スーツを取りに行かせている間、梨太朗と二人っきりだったわけだが、女の客の反応が凄かった。
さすが可愛い桃子の兄だけあって梨太朗の容姿は良く、女の客が入って来るたびにざわめきたっていた。
梨太朗は梨太朗でそういうのに慣れているのか、うまくあしらっていた。
これから女の客が増えそうだ。
ヴィーゼルがいなくなれば、ヴィーゼル目当ての男の客が減る心配はあったが、梨太朗が帰って来てくれたおかげで、その心配をしなくてもよさそうだった。
仕事も終わって帰宅した薫は、部屋からの光が差し込むだけの暗い台所に立ち、そんなことを一人考えていた。
フロアの仕事も梨太朗がいれば大丈夫だろう。
そう。
ヴィーゼルがいなくても、店は回るのだ。
それなのに、薫の心は重苦しかった。
「あー、やめやめ。考えるのはよそう」
薫は台所に置いてあった正方形の箱から、その中身を取り出す。
箱の中からは、フルーツと生クリームたっぷりの丸いケーキが出て来た。
ヴィーゼルが今日中にシュテルン石の作業を終わらせると言っていたので、薫はヴィーゼルに内緒でお別れのケーキを作っていたのだ。
ネームプレートには『祝回収完了』と書いた。
一面フルーツだらけのケーキは、ヴィーゼルが一番気に入っていたやつだ。
それを大皿に移し、部屋に持って行く。
「ヴィーゼル、今夜はシュテルン石を回収し終わったお祝いをしよう」
「わあ。おいしそうなケーキですね」
ヴィーゼルはテーブルにパソコンを置いて、何か作業をしていた。
ケーキの存在に気が付くと、いそいそとパソコンを下にどかし、ヴィーゼルはテーブルの上にちょこんと座ってケーキの到着を待っていた。
ケーキをテーブルの上に置き、薫は取り皿とナイフも持って来る。
そして、薫はテーブルを挟んだ、ヴィーゼルの斜め向かいの位置に座った。
「そういえば、もうシュテルン石は送ったのか?」
「まだ送っていません。早くケーキを食べましょう」
ヴィーゼルの目はケーキに釘づけになっていた。
「先に送ってからお祝いしよう」
全て片付けてしまえば、このもやもやも片付くはずだ。
「えー、先に食べましょうよ」
「俺はすっきりしてからお祝いしたい」
「しかたないですね」
ヴィーゼルはしょうがないやつだとでも言いたげに、ふうとため息を吐いた。
腹が立つがここは我慢だ。
薫は自分に言い聞かせる。
これで最後なのだから、と。
ヴィーゼルはテーブルから下りて、床に置いていたリュックからエーデルキステを取り出す。
この中には五つのシュテルン石が収まっている。
ヴィーゼルはエーデルキステをテーブルの上に置いた。
「では、シュテルン石を転送します」
ヴィーゼルは白い前足で、エーデルキステのフタに付いている大きな丸い石を押した。
「うわっ」
大きな丸い石から、様々な色の光が放射線状に放たれた。
その光の線は開花するかのようにゆっくりと広がり、クルクルと回転する。
部屋中に光りを溢れさせながら、光の線はしだいに真ん中へと集まっていく。
そして、丸い石の上で、光の線は光の柱となった。
「おお……」
ちょっとしたレーザーショーを見ているようだった。
丸い石を通り抜けて、シュテルン石が光の柱の中に浮かんでくる。
五つのシュテルン石は連なって円を描き、柱の中で回りだした。
スピードはどんどん早くなり、五つの石は一つの輪になる。
そして、その高速の輪に引っ張られるように、光の柱は細くなっていき、最後には一本の線となってその姿を消した。
騒がしいほどの光たちは退場し、その代わりに静寂が訪れる。
光に圧倒された薫は、ただ黙ってエーデルキステを見つめていた。
「これで、転送は終了です」
薫の余韻おかまいなしのヴィーゼルは、テキパキとエーデルキステをしまう。
「おや? 王子から通信が来ていますね」
床に下ろして開きっぱなしにしていたパソコンに、電話の表示が出ている。
「げっ」
今度は完全に余韻が台無しになった。
「シュテルン石を送ったので、その確認の連絡でしょう。出ましょうか」
ヴィーゼルがパソコンをテーブルの上に置く。
「うへ……」
出来ることなら王子とは合わずにおさらばしたいが、さすがにそうはいかないだろう。
「さて、出る準備をしましょうか」
「準備?」
疑問に思った瞬間、ポンと音をたてて薫の周りを煙が包んだ。
そして、煙がはれると、そこには魔法少女姿のカオルがいた。
「……こういうことか」
「その姿以外は一切見せるなと王子から仰せつかっていますので」
カオルに向けながらパソコンを操作して、ヴィーゼルは通信を受けた。
画面にカオルが二度と会いたくなかった王子が映る。




