五つ目のシュテルン石(3)
「わかりました。では準備をするので、少々お待ちください」
「準備?」
ヴィーゼルがリュックを下ろす。
「準備って何が必要なんだ?」
「三脚です」
「三脚?」
ヴィーゼルはリュックから三脚を取り出し、それを開いて立てる。
「カオルさんを脱がしている間、ボクの両手がふさがってしまうので、三脚にカメラを取り付けて撮影しようと思いまして」
「待て待て待て待て待て!」
カオルはヴィーゼルのとんでもない発言に驚愕する。
「今、カメラの設定をしますので、もう少しお待ちください」
「おい、やめろ」
「いやー、今回のはなかなか良い絵が撮れそうです」
「やめろって」
ヴィーゼルはカオルを無視したままカメラをセットし終える。
そして、カオルのそばに来た。
「さ、脱ぎましょうか」
「脱げるかああああああ」
「え? 脱がないのですか?」
ヴィーゼルはすっとぼける。
「この状態で何故、脱げると思う」
「脱げませんか?」
「カメラがあって脱げるわけないだろう!」
カメラの前ですすんで脱がされるとか、どんな露出狂だ。
「断固拒否する!」
「ですが、カメラは撤収しませんよ? 脱ぎたいのならこのままです。いいのですか? 桃子さんを助けなくて」
「ぐぬぬぬ」
また弱みに付け込む気か。
カオルは悔しさに唇を噛む。
「どうするのですか?」
ヴィーゼルがカオルの肩にのり、耳元で囁いてくる。
「脱ぎます?」
まるで、悪魔の囁きだった。
「脱ぎません?」
カオルに出来る返答など、一つしかない。
巨大化桃子を振り仰ぎ、叫び続けるその姿を見つめる。
カオルが見ていたいのは、こんな風に怒り続ける桃子ではなく、心を温かくしてくれる笑顔の桃子だ。
「俺は……」
カオルは俯いて目をつぶり、覚悟を決めた。
ヴィーゼルに答えるべく、カオルが口を開いたその時――。
「あれえ? 何を騒いでいるんだ?」
カオルの後ろから、男の声が聞こえてきた。
カオルは驚いて、パッと後ろを振り返る。
そこには、長身の男が立っていた。
大きなリュックを右肩にかけ、服越しでも体格が良さそうなのが見て取れる。
何故、人が?
カオルは青ざめた。
人払いの魔法はどうした?
この辺りには、ヴィーゼルの人払いの魔法が、かけっぱなしになっているはずだ。
魔法が切れたのだろうか?
カオルは混乱する。
何にしろ、まずい状況となった。
「え、えっと……」
どうにかこの場をごまかそうと、カオルはヴィーゼルを下ろして、こちらに歩いてくる男へ近付く。
「可愛い格好してるなぁ」
カオルの隣に立った男は、カオルの頭を撫でた。
そして、巨大化桃子を見上げる。
「桃子も見ないうちに大きくなったなぁ」
カオルは男の言葉に驚いた。
「桃子さんを知っているんですか?」
まさかの桃子の知り合いの登場に、カオルはさらに焦る。
大きくなったなどとおかしなことを言っているが、冷静に考えればこの状況が異常だとすぐに男も気が付くはずだ。
このままでは桃子が怪物だと思われる。
「知っているも何も……」
どんな繋がりなのだと、カオルが男の言葉を待っていると、その答えは巨大化桃子からもたらされた。
「お兄ちゃん?」
叫ぶのを止め、巨大化桃子は男を見ていた。
「おう、久しぶり」
男は手を上げて、巨大化桃子に返事をする。
「お、お兄さん? 桃子さんのお兄さんなんですか?」
「そう。桃子の兄で梨太朗」
梨太朗はカオルに向かってニカっと笑った。
まさかの家族のご登場。
最悪の展開だった。
どうごまかせばいいんだ……。
途方に暮れかけているカオルの横で、兄妹の会話が始まる。
「いやー、本当に久しぶりだなぁ」
「何年ぶりだと思っているのよ! ずっと海外に行ったまま帰って来ないで!」
カオルが店で働き始めたときには、すでに梨太朗はいなかった。
そして、それから一度も帰って来ていない。
「お兄ちゃんがいなくて大変だったんだから!」
「ごめんごめん。海外のスイーツは知れば知るほど楽しくてなぁ。色んな出会いもあって、ついずるずると長引いちゃったよ」
「人手が足りないのに帰って来ないし!」
「ちょっとゴタゴタがあって帰れなかったんだ。これからはちゃんと手伝うから許してくれ」
「手伝う? お兄ちゃん一時帰国じゃなくて帰って来るの? お店で働くの?」
梨太郎の話を聞いて巨大化桃子は落ち着きを取り戻し、表情も柔らかくなった。
「ああ、もちろん! 海外のコンテストにも優勝して、思い残すことはないからな。たくさん優勝してきたぞぉ」
そう言って、梨太朗は下ろしたリュックから、トロフィーを何本も取り出した。
「有名なコンテストにも勝って来たから、店の良い宣伝にもなるぞ」
「お兄ちゃんが帰って来る……。コンテストに優勝……。お店の宣伝……」
巨大化桃子の身体から、黒い煙が出始めた。
「つまり……。お客さんがいっぱい来る?」
「ああ、そうだな。いっぱい来るぞ」
梨太朗の肯定に、黒い煙がさらにぶわりと溢れ出る。
「これは、もしかして……」
カオルはこのままいけるんじゃないかと、期待を込めた目で兄妹の会話を見守る。
「それに、新作ケーキもたくさん考えて来たんだ」
「新作ケーキ……。売上アップ?」
黒い煙の量がますます増える。
「俺の自信作だからな。売上アップ間違いなしだ!」
梨太朗は巨大化桃子に親指を立ててウインクした。
爽やかな笑顔だった。
「桃子も俺のケーキ好きだろ?」
「うん。お兄ちゃんのケーキ大好き!」
巨大化桃子は満面の笑みを浮かべた。
そして、黒い煙が巨大化桃子から勢いよく噴き上がる。
「お兄ちゃんのケーキ、早く食べたいな……」
巨大化桃子は笑顔のまま全身が崩れていき、全て灰となった。
カオルは詰めていた息を吐いて安堵する。
「やっと終わった……」
これで桃子さんは意識が戻るはずだ。
大騒ぎになる前に事態が収拾してよかった。




