五つ目のシュテルン石(2)
「だが、エネルギーを断ち切るにはどうすればいいんだ?」
原因は桃子の兄にある。
しかし、その兄は海外にいて、ここにはいない。
トラウマを作らずに、この不満を取り除く方法。
カオルにはそれが思い付かなかった。
「桃子さん!」
カオルはとりあえず巨大化桃子に話しかけることにした。
巨大化桃子の正面に回り、カオルは巨大化桃子と向き合う。
「バカ兄いいいいい!」
巨大化桃子はまだ空に向かって怒鳴っていた。
「桃子さん! 聞いて下さい!」
巨大化桃子はピタリと怒鳴るのを止め、ゆっくりと顔を下に向けてカオルを見た。
巨大化桃子の反応があった。
うまくいくかもしれない。
カオルは握りこぶしに力を入れ、己を奮い立たせてから口を開く。
「今日、お客さんが来なかったのは、近くで事故があって、この近辺が通行止めになっていたせいだったんです。午前中だけイレギュラーだったんですよ」
今日の不安を取り除いてやれば、シュテルン石の実体化が揺らぐのではないかと考え、カオルは嘘で安心させてみることにした。
巨大化桃子は黙っている。
「だから店は大丈夫です。午後からは普通にお客さんも来ますよ」
カオルは巨大化桃子の様子を窺う。
巨大化桃子は黙ったままで、カオルと巨大化桃子の間に静寂が流れた。
実体化が崩壊する前兆は感じられない。
これではダメなようだ。
「それに、お兄さんがいなくても大丈夫ですよ」
巨大化桃子の身体がピクリと動く。
叫び出す様子はまだない。
やはり、兄のことに触れるしかないようだ。
下手を打てば悪化するかもしれないが、カオルは他にうまい言葉が出てこなかった。
「忙しいですが、美世留が来て人手は増えました。桃子さんとオーナー、美世留と俺で店を盛り上げていきましょう」
兄なんて必要ない。
桃子がそう思えば、不満など根本からなくなる。
不満が消えれば、シュテルン石は実体を保てなくなるはずだ。
巨大化桃子はじっとカオルを見つめる。
「大変ならもっと俺を頼って下さい」
言葉よどうか、桃子さんの心に届け。
カオルは巨大化桃子に、思いの全てをのせて語りかける。
「俺がもっと働きます」
不安や不満なんて感じさせないほどに。
「俺が桃子さんを支えます」
それが、今のカオルに出来ること。
巨大化桃子が口を開く。
「どうして……」
どうして?
どうしてそこまでするのかと聞きたいのだろうか?
それは決まっている。
ケーキが、店が、好きだからだ。
そして、何よりも桃子さんが――。
「好きだからです!」
だから頑張れる。
「何よりも」
力をくれる。
「誰よりも」
あなたの笑顔が。
「好きだからです!」
「……私も」
巨大化桃子が笑う。
それを見て、カオルの心が期待に跳ねた。
まさか……。
「私も好きよ。お店のケーキが」
「へ?」
思っていなかった返答に、カオルは間の抜けた声を上げ、口を開けたままポカンとした。
「小さい時から、お店のケーキは大好き。だから、そのケーキを好きになってもらえて嬉しいわ。でも、かおりちゃんが働けるのは、もっと大きくなってからかな」
桃子の最後の言葉にカオルははっとした。
「しまったああああああ」
今のカオルは男の姿ではなく、魔法少女の姿だった。
カオルはそれを失念していた。
巨大化桃子からは、カオルの今までの話は全て、かおりが話していたように見えていたのだ。
つまり全て無意味。
カオルはがっくりと項垂れた。
「大好きなケーキ。大好きなお店。大好きな家族」
巨大化桃子は目を輝かせながら遠くを見る。
「だからこそ、その大好きなものを守るために、家族の力が必要なのに……。あのバカ兄いいいいい!」
巨大化桃子は再び叫んだ。
状況はふりだしに戻ってしまった。
「この姿のままじゃダメだ」
魔法少女の姿では、巨大化桃子の心にカオルの言葉を響かせることは出来ない。
元の姿に戻らなくては。
「だが、戻るにはまだ時間が……」
変身してから時間はそこそこ過ぎていたが、まだ元の姿に戻れる時間ではなかった。
「ヴィーゼル!」
カオルはヴィーゼルを呼んだ。
「はいはい?」
ヴィーゼルが背後の塀の上にひょいと現れ、そこからカオルのそばに降り立つ。
ヴィーゼルは塀の後ろに隠れていたようだ。
「ヴィーゼル……」
「はい」
「俺を脱がしてくれ」
カオルは力強く言い切った。
「……はい?」
ヴィーゼルがカオルから二、三歩下がって距離を取る。
「……変態ですか?」
「いやいやいや! 違う違う! 勘違いするな!」
「いきなり脱がしてくれなんて、変態以外の何ものでもないと思うのですが」
「俺は元の姿に戻りたいだけだ! 脱げば元の姿に戻るだろ!」
「……ああ、そういうことですか」
ヴィーゼルが離れた分だけ戻って来る。
「変身が解けたあと、全裸になるのには抵抗があるが、今はそんなこと気にしている場合じゃないからな」
カオルは握りこぶしを震わせ、断言する。
「背に腹はかえられない。俺は脱ぐぞ」




