五つ目のシュテルン石(1)
カオルたちが店のそばまで来た時、辺りは静まり返っていた。
「おかしいな……。この時間帯に誰もいないなんて……」
すでに店が見える距離まで来ていたが、カオルは不穏なものを感じ取り、歩みをゆるめて周りを窺う。
店は人通りの多い場所に建っている。
住宅街でまだ昼には早いとはいえ、いつもならもっと人通りがあるはずだが、今は誰一人として店の前を通るものはいなかった。
「どういうことだ?」
「あ」
ヴィーゼルが唐突に声を上げた。
「どうした?」
「人払いの魔法を解くのを忘れていました。この辺りも範囲内です」
「おいおい、マジかよ……」
これからシュテルン石と戦うかもしれないことを考えると、客が危険な目に遭わないように人払いの魔法はかかっていた方がいい。
しかし、人払いの魔法がかかりっぱなしだったということは、店には開店から客が入っていないことになる。
今日の売上を想像して、カオルは恐ろしくなった。
「早くシュテルン石を回収して、さっさと人払いの魔法を解くぞヴィーゼル」
カオルは店まで走った。
「シュテルン石はどこだ……?」
店の前に到着し、カオルは物陰からこっそりと店の中を覗いた。
桃子に見付かったら、話しかけられて動きにくくなる。
まずは桃子に見られないように、行動しなければならない。
カオルは店の中をうかがい、中の状況に目を見張った。
そこには、カオルが避けたかった最悪な展開が待っていた。
「どうやら遅かったようです。シュテルン石は実体化しています」
「桃子さん!」
カオルは店の中に駆けこむ。
店の中では桃子が倒れていて、オーナーが店の長イスに桃子を寝せているところだった。
「桃子さん! 桃子さん!」
カオルは桃子の隣で膝を付き、桃子の顔を覗きこむ。
桃子の顔は苦しげに歪んでいた。
「何で桃子さんが!」
「君は確か、迷子の女の子――」
「オーナー! 桃子さんに何が起こったんですか!」
「そ、それが……」
オーナーは魔法少女姿のカオルの迫力に圧倒されながら話し出す。
「客が全く来ないから郵便物の整理をすると桃子が言って、少ししたら急に倒れて……」
桃子の手にはハガキが握られていた。
見るとそれは絵ハガキで、どこか海外と思われる景色に梨太朗とサインが入っていた。
梨太朗。
カオルはその名前に覚えがあった。
確か桃子の兄の名前だ。
この兄からの手紙を読んで、桃子は倒れたのだろうか?
「とにかく救急車を呼ばないと」
オーナーはカウンター内にある電話の受話器を取り、カオルに背中を向けて救急にかけ始めた。
「カオルさん」
カオルの横に来たヴィーゼルが、小声でカオルを呼ぶ。
オーナーは電話に集中していて、ヴィーゼルには気付いていない。
「どうした?」
「シュテルン石の反応が店の外に出ています」
「すぐ行く」
カオルは桃子をもう一度見た。
桃子はまだ苦しそうな顔をしている。
ここでカオルが出来ることは何もない。
何かの病気で倒れたのなら救急車に任せるべきだし、桃子がシュテルン石にエネルギーを吸われているのなら、シュテルン石を早く倒さなければならない。
カオルは立ち上がり、店の外に向かった。
「ヴィーゼル。シュテルン石はどこに――」
シュテルン石の位置を確認しようと、カオルは外に出ながらヴィーゼルに尋ねたが、その必要はなかった。
店のすぐ前に、エプロンドレス姿の桃子が正座していた。
しかも、変態男のように桃子も巨大化していた。
巨大化桃子は頬をプクッとふくらませて、不機嫌そうな顔をしている。
「……巨大化しても可愛い。いや、そうじゃなくて、これまずいだろ」
こんなの近所の人間に見られたら、桃子に変な噂が立ってしまう。
店の評判にも影響が出るだろう。
そして何より、桃子の命が危ない。
早くどうにかしなければならない、わけだが……。
「どうやって戦えばいいんだ?」
桃子相手にトラウマを残すようなやり方はしたくない。
火で燃やしたり、風で切り刻んだりなどもってのほかだ。
精神的ダメージも与えたくない。
「桃子さん……」
巨大化桃子は不機嫌なまま、ただ座っている。
暴れ出さないのが、不幸中の幸いだった。
「うう……。どうして、私ばっか……」
巨大化桃子が何かを呟き出した。
「私は、ずっとお店のために、やって来たのに……」
「桃子さん?」
「高校の時だって、放課後は遊ばずに、お店の手伝いをしてたのに……」
巨大化桃子は唇を尖らせる。
「大学だって、お店のために、選んで入ったのに……」
オーナーがお金のことにうといからと、桃子は経営の勉強をしに大学へ行っていた。
現在、帳簿の管理は桃子が行っている。
「私は……。私は……。お店のために、こんなに頑張っているのに……」
シュテルン石は吸ったエネルギーの影響を受ける。
つまりこの呟かれている言葉たちは、桃子の想いということになる。
「桃子さんは、店で働くのが不満だったのか?」
いつも元気に働いていた桃子。
そんなそぶりは全く見せていなかった。
働く桃子の笑顔は輝いていて、そんなところにカオルも魅かれたのだ。
カオルは桃子が店を好きなのだと思っていた。
けれども、それは間違っていたのだろうか?
嫌々働いていたのだろうか?
本当は他にやりたい仕事があったのだろうか?
もし、そうだったとしたら……。
「どうして……。どうして……。あのバカ兄はお店のために働かないのよおおおおお!」
「ん?」
「お店のために働くのが、その店の子供の義務でしょおおお!」
「んん?」
「お店のピンチにも帰ってこないで、この親不孝ものおおおおおお!」
巨大化桃子は空に向かって叫んだ。
つまり、桃子は店で働くのが不満なのではなく、店のために働かない兄に不満だったと?
そういえば、バイトが辞めて人手不足になった時、桃子は帰って来ない兄のことで愚痴をこぼしていた。
「帰って来なさいよおおおおお! 何なのよお! あの海外は楽しいですと言わんばかりの絵手紙はあああああ!」
倒れた桃子は、兄からの絵手紙を握って倒れていた。
客の入りがゼロという不安な時に、兄からの楽しそうな絵手紙を見て、桃子の感情が爆発したのだろうか。
そして、そこをシュテルン石に狙われた。
桃子からシュテルン石に供給されているエネルギー源は、きっとそこにある。
カオルは確信した。




