幼女と幼女と変態と(3)
「こんなこともあろうかと、魔法少女の時に使える携帯電話を用意しておきました」
「へ?」
ヴィーゼルはリュックを背中から下ろし、ピンク色の携帯電話を取り出す。
「こちらをどうぞ」
カオルは携帯電話を受け取った。
「いや、携帯電話はありがたいが、店の電話番号を覚えていないんだ」
「それなら大丈夫です。カオルさんの携帯電話のデータは写し済みです」
「は?」
聞き捨てならないことを、ヴィーゼルは言い出した。
「お店の電話番号もしっかり登録してあります」
「おい。ちょっと待て」
「さあ、お早くお電話を」
「人の個人情報を勝手に盗むな!」
「盗んでなんていません。ちょっとお借りしただけです」
いつも通り、詫びる態度皆無のヴィーゼルである。
「また屁理屈か!」
「まあまあ、いいじゃないですか。そのおかげで、こうしてお店に電話が出来るんですから」
「確かにそうだが……」
そもそも変身する前に連絡していれば、自分の携帯電話を使うことが出来たわけで、しかも、口紅を塗る必要もなかったわけで。
言いたいことがありすぎて、それが頭の中をグルグルと回り、うまく言葉に出てこない。
考えているうちに怒りがふつふつとわき上がり、カオルの眉がピクピクと動き始める。
「いいのですか? ここで言い合いをしていたら時間がなくなって、連絡する前に遅刻になりますよ?」
カオルの怒りを察知したのか、ヴィーゼルが急かしてきた。
カオルは携帯電話の時計を見る。
開店まで三十分を切りそうだった。
カオルはついカッとなってしまって、周りが見えなくなっていた。
女の子もまだ泣いている。
優先すべきは女の子だろう。
「不問にするわけじゃないからな」
不満を残しつつも、カオルは店に連絡することにした。
携帯電話の画面を見て、店の電話番号を探す。
「ちなみに、王子への直通番号も登録済みです」
「それはいらない」
カオルは言い捨てながら、見付けた店の番号に電話をかけた。
「おはようございます。竹山です。」
カオルは軽く頭を下げながら、声を意識しつつ喋る。
「実は迷子の女の子を保護しまして、これから一緒にお母さんを探してあげることに……。それで、申し訳ないのですが、もしかしたら開店に間に合わないかもしれません。開店前の準備があるのに、申し訳ないです」
カオルはまた頭を下げた。
「はい。……あ、女の子の泣き声が聞こえますか? そうなんです。近くに誰もいなくて……。はい。はい……」
どんどん縮こまっていったカオルが、急に体勢を上げて顔を明るくする。
「ありがとうございます! はい。お母さんを見付けたら、すぐに出勤します。では、失礼致します」
電話を切りながら、カオルはフウと息を吐いた。
「これで仕事は大丈夫っと」
カオルは携帯電話をスカートのポケットにしまう。
「待たせてごめんな。さあ、ママを探しに行こう」
女の子の前で腰をかがめて、カオルは女の子の頭を撫でた。
女の子は頭を撫でているとしだいに落ち着き、嗚咽をあげながらもカオルの顔を見た。
が、女の子の顔がすぐに怯えたようになり、カオルの胸に飛び込んできた。
「どうしたの?」
女の子に驚いていると、カオルを覆うように後ろから影が落ちた。
「どどど、どうしたのかな?」
後ろから男の声が聞こえ、カオルは振り返った。
「ふひょっ。可愛い幼女とか当たりだこれ」
まず、カオルの目に入ったのは、でっぷりと膨れた腹だった。
カオルは顔を上げて、声の人物を見る。
そこには、大きな腹に見合う、カオルの何倍もあろうかという巨体の男がいた。
まだ汗ばむ季節ではないのに、男は全体的に汗をかき、ねっとりと湿った空気が男から漂ってくる。
男はカオルと女の子を値踏みするように見下ろしていた。
カオルは思わず女の子を背中にかばい、後退りする。
「ふ、ひひ」
男はニヤニヤと笑いながら、カオルが引いただけ近付いてきた。
見下ろされ、覆い被さってくるかのような男の圧迫感に、カオルの心がざわつく。
これは……。
何だ?
男の顔には影がかかり、その影が不気味さと押し潰されるような感覚をカオルに与える。
カオルが忘れていた感情が、男によって呼び覚まされる。
不安。
そして、恐怖。
これは、子供から成長し、それによって薫が捨ててきた、怯えという感情だった。
カオルは男から離れるため、さらに下がる。
「こ、恐くないよお。お母さんとはぐれちゃったのかなあ? お、俺が探してあげるよお」
カオルは男の言葉にハッとした。
この男は困っている女の子のために、母親を探してくれようとしている。
カオルと同じように、親切で話しかけてきただけなのだ。
誤解は勘弁してほしいと思ったばかりなのに、カオルはそれをこの男に対してやっていた。
カオルは見た目で判断した自分を反省する。
「ありがとうございます」
カオルは心を落ち着けて、男の親切に対してお礼を言った。
「でも、大丈夫です。おれ、じゃなくて、私が女の子のお母さんを探しますから」
親切はありがたかったが、このままだとこの男が勘違いされて、警察を呼ばれかねない。
カオルは頭を下げた。
そして、下げながら思う。
立って見下ろしてくる大人は、それだけでも子供にとってプレッシャーになるのだなと。
本人にその気がなくとも、上からの圧迫感はそれだけで不快だった。
そういえば、とカオルは思い出す。
桃子は魔法少女姿のカオルに、しゃがんで話しかけていた。
あれには子供を怯えさせない意味があったのだ。
勉強になったなと、カオルが苦笑いで顔を上げようとした時、カオルの腕を男が掴んだ。
「え?」




