幼女と幼女と変態と(2)
「この声じゃ、連絡出来ない……」
カオルの声は、魔法少女にふさわしい可愛い声になっていた。
この声で電話をかけたら、子供がかけたと思われる。
遅刻の連絡を、子供にやらせる大人がどこにいるというのか。
「声をどうにかしたいんですか? どうにか出来ますよ」
ヴィーゼルがカオルの肩にのり、耳打ちする。
「え? どうやって?」
「魔法を使えばいいんです。魔法道具の中にそういう道具があったはずですが、見ませんでした?」
「あー、魔法道具か……」
カオルは魔法リストをヴィーゼルに見せてもらっていた。
が、すぐに見たのを後悔して、リストを全て確認する前にパソコンを閉じた。
恥ずかしい呪文の魔法は、まだ序の口だったのだ。
嫌な予感がしつつも、カオルはヴィーゼルに尋ねる。
「どんな魔法道具だ?」
「お喋リップという名前の口紅型魔法道具です」
ヴィーゼルはカオルの肩から降り、女の子から見えないようにカオルの影に隠れてから、パソコンを取り出して起動した。
「これです」
パソコンの画面に、どう見ても普通の口紅にしか見えないものが映る。
「これを唇に塗ると、想像した相手の声で喋ることが出来ます」
「口紅か……」
たとえ女の姿になっていようと、カオルは口紅を塗るのに抵抗があった。
この魔法少女の姿は無理やり変身させられているだけで、カオルの意思で変身しているわけではない。
自ら唇に口紅を塗るという行為は、何か大事なものを手離してしまうように思えて、カオルは気が進まなかった。
「他に似たような道具はないのか?」
「一つだけあります」
「あ、なんだ。あるのか。じゃあそっちで」
ヴィーゼルがパソコンを操作する。
そして、画面には凶悪なものが映った。
「何だこりゃ!」
「お喋りしゃぶりです」
パソコンの画面に出て来たのは、どう見ても赤ん坊が使うおしゃぶりだった。
「これを口にくわえることで、想像した相手の声で喋ることが出来ます。では、こちらを購入しますね」
「ちょっと待て!」
カオルは慌ててヴィーゼルを止めた。
「はい?」
三十路のオッサンがおしゃぶりをするとかシャレにならない。
そんなプレイなどやらされた日には、何かが崩壊する。
カオルはぐっとこらえて言った。
「口紅でお願いします……」
「はいはい。口紅ですね」
ヴィーゼルが再びパソコンを操作する。
パソコンの画面から口紅が出て来た。
「はい、どうぞ。お喋リップです」
カオルはヴィーゼルから口紅を受け取った。
「くそう……」
口紅のフタをキュポンと外し、口紅の下を回す。
光沢のあるピンク色の棒が出て来た。
「これをつけるのか……」
カオルは口紅を見つめる。
塗る決心がなかなか付かない。
「カオルさん時間が」
「ああ、分かっている」
まさか男の俺が、口紅を塗る日が来るとは……。
初めての口紅体験は彼女とキスをして、それで自分の唇に口紅が移ったとかが良かった……。
「カオルさん」
「おお」
カオルは別のことを考えて現実逃避してみるが、時間がそれを許さなかった。
「カオルさん」
「分かっている」
ヴィーゼルがやたら急かしてくる。
「カオルさん」
「うるさいな! 心の準備ぐらいさせろ!」
「心の準備をするのはいいですが、女の子は限界みたいですよ」
ヴィーゼルに言われて、はっと振り返り女の子を見ると、大きな瞳いっぱいに涙を溜め込んでいた。
それが、ボロリと零れる。
「マ〜マ〜!」
女の子が本格的に泣き出した。
「しまった!」
ほったらかしすぎたと、慌てて女の子の頭を撫でる。
「ごめんごめん! すぐにママを探そうな!」
女の子は泣き止まない。
「ごめんな。ちょっと待っててな」
カオルは口紅を口元にやる。
「カオルさん鏡です」
ヴィーゼルが丸い手の平サイズの鏡をカオルに差し出す。
「おっ、助かる。ありがとう」
受け取った鏡を顔の前に持ち上げ、カオルは鏡を覗き込む。
そして、口紅を塗ろうとした瞬間、パシャリと音がした。
カオルはピシリと固まり、顔だけゆっくりと動かして音のした方を見る。
「何をしている?」
「写真を撮っています」
ヴィーゼルがカメラを構えて、パシャパシャとカオルの写真を撮っていた。
「母親の口紅をこっそり借りて、初めての化粧にワクワク。というタイトルはどうでしょう?」
「ヴィーゼル!」
いったい何度目か分からぬ写真攻防戦を繰り広げようと、カオルがヴィーゼルに手を伸ばしかけた時、ビャーとさらに大きく泣き出した女の子の声が、カオルの背後から襲いかかった。
「こっちを気にしている暇はありませんよ」
ヴィーゼルがカメラを構えたまま、しれっと言った。
「くそっ」
確かにヴィーゼルと争っている場合ではない。
悔しく思いながらも、カオルは鏡で確認しつつ口紅を塗った。
カオルの唇がピンク色に染まり、潤ってプルンと震える。
「あー、あー」
カオルは自分の声を思い出しながら声を出した。
「おおっ、本当に俺の声だ。これで店に連絡が出来る」
カオルはポケットを探る。
「あれ? 携帯が……」
ジャケットも探り、前を開いてバサバサと揺する。
「な、い?」
カオルはそこで気が付いた。
携帯を入れていたのは、変身前の服のポケットだということに。
変身している今、携帯を取り出すことは不可能だ。
「電話が出来ないじゃないか!」
「やっと気が付いたんですか?」
ヴィーゼルがバカにした風に言う。
「分かっていたなら先に言え! こんな! 口紅までして!」
カオルは怒りのままに叫んだ。
憤りに意識することも忘れ、女の子の声に戻っている。
「まあ、落ち着いて下さい」
「落ち着けるか!」
女の子は大泣きしているし、電話は出来ないし、最悪だった。




