魔法少女カオルの大ピンチ(2)
新たな触手が、カオルに伸ばされる。
カオルはそれを、ハサミで切ってくぐり抜けた。
次々繰り出される触手も、カオルはバッサバッサと切り捨てる。
地面にはボトボトと切られた触手が落ち、シュワシュワと泡になって消えた。
触手が落ちた地面には、濡れた痕跡だけが残る。
カオルが植物との間を詰め、距離を半分まで縮めた時、一段と太い触手がカオルを襲って来た。
カオルはそれをヒラリと跳んでかわし、襲って来た触手の上に乗る。
この触手は細い触手と比べ、粘液の量が少ない。
これなら走れる!
カオルはそう判断すると、触手の上を植物に向かって走った。
なおもカオルを襲ってくる触手を、カオルはハサミで刻んで突破する。
そして、空中にうねり上がる触手の頂上に立ち、カオルは植物を真上から見下ろした。
「邪魔なんだよ!」
そう叫びながら、カオルは植物の頭上から、根元に飛び込んだ。
重力によって落ちる勢いのまま、両手で大きく開いたハサミで、触手を根元から切断する。
ウニョウニョと伸びていた他の触手も、カオルは根元から断ち切っていった。
「よし、すっきりしたな」
カオルは全ての触手を切り落とした。
触手の切り跡がグネグネと蠢いているが、触手でカオルを襲うことはもう出来ない。
ハサミをそばに来た白いイタチに渡し、カオルは前に進み出て、植物の根元で仁王立ちとなった。
「さあて、ここからが本番だ」
ニヤニヤと笑いながら、カオルは足元にあるステッキを拾う。
「出力さいだーい」
そう言いながら、ステッキの底に付いているメモリを、カチカチと回した。
「覚悟しやがれ」
カオルはステッキを植物に向け、振り下ろす。
「レッドリボンシャワー!」
ステッキの先から炎が噴き出た。
呪文の可愛らしさに比べ、炎の火力は尋常ではなく、ぶわりと膨らんだ大きな炎の塊が植物を覆い尽くす。
「ギシャァァァー!」
植物が断末魔の叫びを上げた。
炎の中で植物が苦しむかのように、その体躯を身悶えさせる。
それを見ながら、カオルはこぶしを上げてガッツポーズを決めた。
「完全勝利」
植物は炎に塗れながら崩れ、消し炭と化した。
そして、消し炭は風に吹かれて飛んでいき、その痕跡さえも消えていく。
「ナイスファイトです」
そう言いながら、白いイタチはカオルの横を通り過ぎ、残りわずかな植物の残骸を漁った。
「おお、ありました、ありました。カオルさん、緑のシュテルン石ですよ」
白いイタチが残骸の中から取り出したのは、緑色の丸い石だった。
それは、ビー玉のように澄んだ色をしている。
「よっしゃ。これで三つ目だな」
白いイタチの後ろから覗きこんで、カオルも確認した。
「さっそくエーデルキステにしまいましょうか」
白いイタチは背中からリュックを下ろし、リュックの中を探って小箱を取り出す。
小箱にはキレイな装飾がほどこされ、キラキラと輝いていた。
白いイタチが小箱、エーデルキステを開く。
そこには、円を描くようにくぼみがあり、すでに丸い石、シュテルン石が二つはまっていた。
白いイタチはその横に、緑のシュテルン石をはめる。
「順調、順調」
満足そうに、カオルはにんまりと笑顔を作った。
「そうですね。これならあっという間に集まりそうで、残念です。もっと観光がしたいのに」
「おい、お前、集める気あんのか?」
カオルは白いイタチの頭に、ステッキの底をグリグリと押し付ける。
「やだなー。ありますよ。じゃないと怒られますもん」
白いイタチはヘラヘラと笑った。
こいつはいまいち信用ならない。
そう思いつつ、カオルはジトッとした目で、白いイタチを見る。
こんな態度で自分を優先することが多い白いイタチに、カオルは振り回されることがたびたびあった。
「そういえば、魔法を使う時の呪文ってどうにかなんないのかよ。あんなこっ恥ずかしい呪文は嫌なんだが」
他の魔法にも『ラブリー』だの『キュート』だの『ハート』だの付いていて、言うのが凄いムズムズするのだ。
もっとまともな、せめて言うのが恥ずかしくないような呪文だったらと、カオルは常々思っていた。
「無理ですね。魔法は呪文とセットで購入リストに上がりますから、変更は不可能です」
魔法はさっきのハサミと同じように、白いイタチのノートパソコンにリストがあり、そこから選んで購入する仕組みになっている。
「じゃあ、もっとまともそうな呪文の魔法はないのかよ」
「ありますけど」
白いイタチがしれっと答えた。
「それを買えばいいだろ!」
カオルは思わず怒鳴った。
無理して恥ずかしい呪文を唱えていたかと思うと、カオルは腹が立った。
「それも無理です。送られてくる購入リストに載っていません」
「何でだよ!」
「この購入リストは王子によって揃えられているので、こちらからはどうしようもないです」
カオルは王子と聞いて、いっきに冷静になった。
「あの変態王子か……」
こんなことになった諸悪の根源を、カオルは思い出しかけるが、さらに腹が立ちそうなのでやめた。
「くそっ、このままってことか」
カオルは歯噛みする。
「今のあなたにはお似合いですよ。ラブリーとかキュートとかハートとか」
今のカオルは、裾が短く袖の膨らんだジャケットとふわふわのスカート、ヒザ上まである靴下に、ロングブーツ、さらには、腰に大きなリボンを付けた可愛らしい格好だった。
植物の粘液が残っていて汚れてはいるが、可愛さは損なっていない。
リボンでくくられたツインテールは肩まで垂れていて、動くと小さい顔に触れる。
二重で黒目がちの瞳に、小さな鼻とぷっくりとした唇。
身長は低く、小学四年生ぐらい。
確かに、ラブリーだのの言葉が似合うだろう。
それを、カオルは嫌と言うほど知っている。
「今の外見に似合っていようが、それは関係ない」
この姿は本当の姿ではないのだから。
「中身を考えろ」
「中身ですか」
「そうだ」
白いイタチは想像しているのか、しばし間が空く。
そして答えた。
「三十歳のオッサンにはキツイですね」
「だろう?」
そう。
カオルは三十歳のオッサンだった。
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