絶体絶命風呂場パニック(6)
「さ、早く着て下さい」
女の子に促され、カオルは服を着る。
頭の中では女の子について考えていた。
「服を着ましたね。帰りましょう」
カオルは黙って女の子に頷いた。
「約束のケーキは箱に詰めるから持って帰ってね」
桃子が通路を小走りで先に行く。
その後を、女の子とカオルは歩いて追う。
カオルは歩きながら女の子の後ろ姿をじっと見た。
女の子は明らかにカオルをかばってくれていた。
魔法少女を知り、かばってくれる人間。
そういえば、変身が解けたのに、何故かまた魔法少女になっていた。
魔法少女への変身は、ヴィーゼルが管理している。
そして、変身はヴィーゼルが近くにいないと出来ない。
店の売り場に出た女の子は、陳列ケースの前に立ち、桃子がケーキを取り出しているのを見ていた。
心なしか期待に満ちた目をしているように見えた。
カオルはそれを黙って観察する。
「はーい。お待たせ」
桃子がカウンターから出てきて、取っ手の付いた紙の箱を女の子に渡した。
「たくさん入れておいたから、家族皆で食べてね」
「はい。頂きます。ありがとうございます」
女の子はハキハキと答えた。
カオルには女の子が無表情ながら、ケーキの箱を持ってキラキラしているように感じた。
「さあ、帰りましょう」
女の子の言葉に、カオルはまた黙って頷く。
「ありがとうございました」
店の出入口の前に立ち、女の子は頭を下げた。
カオルも女の子の横に並んで頭を下げる。
「いえいえ。よければまた来てね」
「はい」
カオルは女の子と一緒に店を出た。
ようやく人生の危機から抜け出せたのだが、カオルはそのことを喜ぶこともせず、隣を歩く女の子を見る。
「閉店後すぐのシュテルン石回収のせいでお土産はなしと聞いていたので、今日はケーキを食べられないと思っていました」
女の子は歩きながらケーキの箱を掲げて眺めていた。
「家に帰るのが楽しみです」
鼻歌を歌い出しそうな弾んだ声だった。
顔は無表情だったが。
「お前……。ヴィーゼルか?」
魔法少女の姿のカオルを知っていて、かばってくれた。
そして、この喋り方。
ヴィーゼルだと考えるとすんなり納得出来る。
「そうですけど?」
それが何か? といった感じで小首を傾げ、女の子の姿をしたヴィーゼルがカオルを見た。
「その姿どういうことだ?」
「これ、人間界用の特殊スーツなんです。これを着ると、人間の姿になることが出来ます。中身はいつもの可愛いフェレットの姿ですよ」
「そんなスーツがあるなんて聞いていない」
「言っていませんから」
ヴィーゼルはしれっと答える。
「このやろう」
こんなものがあると知っていれば、桃子からもっと早く逃げられたはずだ。
そのことに怒りが湧いてくるが、ヴィーゼルに助けられたことも事実なので、カオルは感情を抑える。
「しかし、あれだ。ヴィーゼルって女だったんだな。それだと、変態王子に狙われて大変じゃないか?」
幼女と言うには成長し過ぎかもしれないが、顔は童顔気味だ。
あの変態王子なら、襲いかかるかもしれない。
「いえ、ボク女じゃないですよ」
「は? いや、お前スカートはいているだろ」
ヴィーゼルの服は明らかに女の子用だ。
「この格好だと女性に近付き易いんです」
何を言い出すのかとカオルはギョッとした。
驚いているカオルを置き去りで、ヴィーゼルは話を続ける。
「女の子の格好だと、女性のガードって緩むんですよね。パーソナルスペースがグッと狭くなる。しかも、ボクが男だと分かっても、そのスペースは変わらない。それどころか、さらに可愛がってもらえるんです」
カオルは開いた口が塞がらなかった。
「ボクってキュートですから、それはもう大人気です。ただ、一つ問題があって……」
ヴィーゼルはため息を吐く。
「男もわらわらと寄って来るんですよ。気持ち悪いので、近付いて来る男は死ねっていつも思います。男にウロチョロされると女性に話しかけられなくなりますし、ホント邪魔者ですよ」
ヴィーゼルの衝撃の発言を唖然として聞いていたが、カオルはあることに気が付いた。
「……ヴィーゼル。その特殊スーツ、人間界用だよな」
「そうですけど」
「ヴィーゼルにそんなナンパをする時間がいつあった? お前、シュテルン石を探しに外に出ていたはずだよな?」
ヴィーゼルが黙る。
「おい、ヴィーゼル」
ヴィーゼルは黙ったままだ。
二人の間に沈黙が落ちる。
どこからか犬の遠吠えが聞こえた。
「……さて、とっとと帰りますか」
ヴィーゼルは早足で歩き出した。
ヴィーゼルの足の長さがいつもと違うせいか、いっきに距離が開いた。
「あ、コラ。ヴィーゼル!」
ヴィーゼルの後をカオルが走って追いかける。
その日のヴィーゼルは、カオルの話を徹底的にそらし続けた。