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絶体絶命風呂場パニック(4)

 桃子に服を脱がされる。

 童貞のカオルには、なかなか刺激的な言葉の並びだった。

 これが男の姿だったら、どんなにおいしい展開だったか。

 くやしさがカオルの胸に去来する。

 いや、たとえ女の子の姿だとしても、この光景を覚えておく価値は十分あるのではないだろうか?

 この光景の自分の姿を、脳内で男に変換すればいいだけだ。

 見慣れた自分の姿なのだから、出来ないはずがない。

 男姿の俺のシャツを、桃子が上からボタンを外していく。

 よし。

 いける!

「あー、これインナーも濡れてるわ」

 ボタンを外したブラウスの前を、桃子に大きく開かれた。

 ブラウスの下は真っ白なインナーが一枚。

 ひんやりとした空気が露出した首元にかかり、カオルは寒さによって現実に引き戻された。

 おいしい展開などと考えている場合じゃないだろ!

 何を考えているんだとカオルは頭を横に振った。

 カオルが邪念を追い出しているうちに、桃子はカオルのブラウスを腕から引き抜いた。

 そして、スカートのウエストに手をかける。

 スカートはブラウスより低い位置にあるからか、桃子が膝立ちから尻を下げて床に座った。

 そこからカオルのスカートのホックとファスナーを外し始める。

 桃子の少し斜めにした顔が、カオルの下半身に近付いた。

 この距離。

 この角度。

 これであれを考えない男などいない。

 カオルの思考がエロ方向へずれている間に、桃子にカボチャパンツごとスカートを下げられてしまった。

 ゴムの中央にピンクのリボンが付いている白いパンツが丸見えである。

「これはパンツもだめだ」

 カオルはパンツも洗って来ていた。

 触手はカオルのパンツもぬるぬるにしていて、とにかく気持ち悪かったのだ。

「はい、足を抜いて」

 カオルは急に足を掴まれ、桃子に足をぐっと持ち上げられた。

 踏ん張ろうとしたが、バランスを崩して足を上げてしまう。

 カオルは桃子にスカートとカボチャパンツを難なく奪われてしまった。

 そして、キャミソール型のシャツとパンツだけの姿になった。

「う、重い」

 桃子は床に置いてあった濡れた服を、まとめて持ち上げた。

 それを洗面台の横に置いてあるカゴに入れる。

「あとは下着だけど……。さすがにそれは自分で脱ぐよね?」

 カオルは勢いよく首を縦に振った。

 これ以上、脱がされたら、変身が解けて人生が終わる。

「じゃあ、下着は服を入れたカゴに入れておいて。脱いだらお風呂に入っちゃっていいから。お姉ちゃんは代わりの服を持ってくるね」

 そう言って、桃子は洗面所を出て行った。

「……とりあえず、助かった」

 桃子の目の前で、元の姿の裸体を晒す危機は去った。

 去りはしたが、危険な状況なのは変わりない。

 服を取りに行っただけだから、桃子はすぐに戻って来るだろう。

 早く逃げなければ。

 カオルは改めて逃げる方法を考える。

「まあ、あれしかないな」

 カオルは風呂へのドアを開く。

 そして、ヴィーゼルが逃げ出した窓を見た。

 窓は換気の為の窓だからか少し小さいが、今のカオルの身体なら通れないことはない。

 風呂場なら風呂に入っていると判断され、カオルが外に出ようとしている途中で桃子が戻って来ても、バレたりはしないだろう。

 カオルは濡れた服をカゴの中から取り出し、胸に抱えて風呂場に入る。

「これで逃げられる」

 変態の烙印を押されずにすむと、カオルが安堵した時だった。

 ポンという音とともに、カオルを煙が包んだ。

「まさか……」

 風呂場にある鏡を見る。

 そこには、男の姿に戻った、引きつった顔の薫がいた。

 パンツ一枚で、ジーパンと長袖のシャツを胸に抱えている。

「何故このタイミングでえええぇぇぇ……」

 薫は膝と手を床に付いて項垂れた。

 風呂の窓は女の子の姿でギリギリ通れるかというサイズだった。

 ダメ元で、薫は窓抜けにチャレンジする。

 浴槽のふちを足場にし、頭を窓に突っ込むが、肩が窓枠に引っ掛かり通らなかった。

 これでは逃げ出せない。

「どうする。どうする」

 桃子が戻って来る前に、どうにかしなければならない。

 こんなところにいれば、仕事をクビになるレベルで問題になる。

 とりあえず、薫は風呂場から出た。

 服を抱えたまま、頭をフル回転させる。

「とにかく逃げるべきだ。だが、窓は使えない」

 今の姿でどう逃げるか。

「どうする」

 窓は無理だ。

「どうする」

 もう一度、魔法少女になりたくても、ヴィーゼルがいなければ変身は出来ない。

「どうする」

 今の姿で逃げるには。

 薫はブツブツと呟きながら、考えをまとめる。

「そうだ。無理して店の外に出る必要はない」

 薫は店の人間だ。

 薫が店にいても不自然ではない。

 しかも、最近の薫は時間外に働くことが多かった。

 今日も働きに来たことにすればいい。

「ということは、通路にさえ戻れば俺は助かる」

 厨房横の通路は従業員入口と従業員ロッカーへのドアがある。

 通路で桃子と遭遇しても、仕込みを手伝いに来たと言えばごまかせるだろう。

 通路へのドアは洗面所を出ればすぐ右側にある。

「ここが最後のチャンスだ」

 薫は服を着るべく床に置いた。

 ズボンを手に取る。

 薫はこれで逃げられると思っていた。

 しかし、薫はとことん運がなかった。

「かおりちゃんお風呂入った?」

 洗面所のドアの外から、桃子に声をかけられた。

 薫は目を見開き、洗面所の引き戸を見る。

「服を持って来たの」

 薫はとっさに引き戸を手で押さえた。

 引き戸がガタリと一回音をたて、止まったかと思うとガタガタと小刻みに揺れ始めた。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 桃子が引き戸を開けようとしている。

 薫の心臓が爆発するのではないかというぐらいに早鐘を打つ。

「かおりちゃん?」

 引き戸の向こうから、桃子の訝しげな声が聞こえてきた。

 男に戻ってしまっている薫には、答えることが出来ない。

 女の子の姿の時と声が違うのだから、声を出した時点でアウトだ。

「かおりちゃんどうしたの?」

 引き戸が大人しくなる。

 どうやら、桃子は引き戸を開けることを諦めたようだ。

 それでも、薫は引き戸を押さえるのをやめない。

 桃子がいきなり引き戸を開ける可能性を恐れたからだ。

 人生がかかっているのだから、薫は少しも油断出来なかった。

「まだお風呂に入ってないの? その格好じゃ風邪ひいちゃうよ」

 心配している様子の桃子に、薫は申し訳なくなる。

 しかし、絶対に声は出せない。

「ねえ、せめて持って来た服を着て。下着はお姉ちゃんのだから少し大きいけど、新品のだから」

 下着。

 それを聞いた時に、緊張とは別の理由で心臓が跳ねた。

 こんな時でも反応してしまう己に、薫は情けなくなった。

 薫は情けない気分のまま、周りを見回す。

 何かこの状況を打破出来るものはないか。

 洗面台。

 これは使えない。

 カゴ。

 引き戸のつっかえ棒に。

 いや、プラスチックで表面がツルツルしているから滑ってつっかえ棒にはならない。

 風呂。

 風呂場に逃げ込み、籠城する。

 良さそうにも思えるが、これもダメだ。

 風呂場に入るところを見られたらアウトだし、見られなかったとしても、風呂のドアはシルエットが丸分かりで、風呂場にいるのが女の子ではないのが分かる。

 そうなったら、大騒ぎになり、そこで完全に詰む。

 他は……。

 ない。

 何もない。

 今、出来ることはこの引き戸を押さえることだけ。

 それだけだった。

 薫の頭を、絶望の二文字がよぎる。

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