絶体絶命風呂場パニック(3)
「洗面所はここだよ」
桃子が通路の突き当たりにあるドアを開けると、その先はまだ通路が続いていた。
桃子が示す洗面所はすぐ左側の引き戸で、この通路の奥は桃子たち家族の住居となっている。
「ここで靴を脱いでね」
ドアの内側には段差があり、玄関のようになっていた。
困った。
脱げと言われても、カオルは自分で脱ぐことが出来ない。
桃子は先に靴を脱いで上がってしまった。
カオルがまごついていると、桃子がポンと手を打った。
「あ、ごめん。脱いでって言われても、靴が水を吸っていてうまく脱げないよね。しかもブーツだし」
カオルの靴は前面編み上げのブーツで、凝った作りだった。
「肩に手を置いて」
桃子がカオルの前にしゃがんで、肩を指で示す。
カオルは言われた通りに、桃子の右肩に手を置いた。
それを確認してから、桃子が頭を下げる。
「はい、足上げて」
足を上げて前傾姿勢になると、桃子の後頭部が目に入った。
首元から長い髪がさらりと前に流れ、無防備にうなじが見えている。
カオルは慌ててうなじから目をそらした。
いや、今は女の子なのだから、目をそらす必要はない。
カオルはゆっくりと視線を戻す。
そして、もっとよくうなじを見ようと、じょじょに身体を前にのり出した。
「脱げたよー」
桃子が言うと同時に立ち上がり、桃子の後頭部とカオルのあごがぶつかった。
カオルは強烈な衝撃に、あごを押さえてうずくまる。
「わっ、ごめんねかおりちゃん! 大丈夫?」
桃子がまたしゃがみ、カオルの顔を覗き込んだ。
カオルはあごを押さえたまま、コクコクと黙って頷く。
これはさすがに自業自得だ。
カオルが立ち上がると、桃子は洗面所の引き戸を開けた。
洗面所は洗面台とカゴが置かれているだけの狭い空間で、正面には風呂へのドアがあった。
左側はすぐ壁で、洗面台は右奥に設置されている。
「君はとりあえずお風呂にいてね」
そう言うと、桃子はカオルが抱っこしていたヴィーゼルを掴んで、風呂の戸を開いて中に下ろし、ドアを閉めてしまった。
「さあ、かおりちゃん脱ごうか」
「え?」
「え? じゃないよ。服は私の小さい時のを貸してあげるから、濡れている服を早く脱いでね。服は今、持って来るから」
そう言って、桃子は洗面所を出て行った。
足音から桃子が洗面所を離れていくのが分かる。
「さて、どうしようか……」
カオルは腕を組んで考える。
このままここにいたら服を脱ぐことになる。
いや、この正装は自分から脱ぐことは出来ないから、服を脱ぐことは不可能なんだが、代わりの服を持って来てもらって、濡れた服を着替えないのはかなりおかしい。
脱ぐことも着替えることもカオルには出来ない。
となると……。
今のうちにこっそり逃げよう。
そう判断したカオルは、ヴィーゼルを回収しようと風呂のドアを開けた。
「ヴィーゼル?」
風呂場の中にヴィーゼルの姿がない。
「おい、ヴィーゼル」
カオルは小声でヴィーゼルを呼ぶ。
しかし、返事はない。
隠れられそうな浴槽のフタを開けるが、湯がはられていて、そこにもヴィーゼルはいなかった
「まさか……」
カオルは浴槽側の壁に付いている、風呂場の窓を見る。
窓は少し開いていた。
ちょうどヴィーゼルが通れるぐらいの隙間だった。
「あいつ一人で逃げやがったのか?」
「あれ、かおりちゃん?」
ドキンとカオルの心臓が跳ねる。
洗面所から桃子の声が聞こえた。
「あ、こっちにいたんだ。バスタオルを持って来たから、髪を拭くのにこれ使って、ってまだ服を脱いでいないじゃない」
桃子は手を腰に当てて顔を前に出し、眉を寄せてメッと可愛らしくカオルを睨んだ。
「もう。風邪ひいちゃうでしょ!」
桃子に引っ張られて、カオルは洗面所に戻った。
桃子は風呂のドアを閉める。
もう一度、桃子を洗面所から追い出すにはどうすればいいのか。
カオルが悩んでいると、桃子がとんでもないことを言い出した。
「もしかしてお風呂に入りたかった?」
桃子の言葉にカオルはギョッとする。
「そうだよね。濡れていたら身体も冷えるし、着替えるだけじゃなく温まった方がいいよね」
風呂なんてとんでもない。
カオルは必死に首を横に振るが、桃子はおかまいなしだ。
「ちょうどお風呂も沸いたところだから入っていって。で、かおりちゃんが入っている間に、お姉ちゃんがかおりちゃんの家に電話かけてあげる」
どっちも無理だ。
「そうと決まれば、さっさと脱いじゃって」
「いいですいいです大丈夫です」
「子供が遠慮するものじゃないよ」
桃子は膝立ちになると、カオルのジャケットをガバリと脱がした。
ひいいいぃぃぃ!
危うく叫び出しそうになったところをなんとか抑え、カオルは心の中で悲鳴を上げた。
「うわっ、中もびちゃびちゃじゃない」
植物に服を脱がされてぬるぬるにされたので、もちろん中も洗っていた。
「これじゃあ身体もかなり冷えているんじゃない?」
カオルに言葉をかけながらも、桃子はカオルの服を手早く脱がしていく。
これはヤバい!
脱ぐことは出来ないが、脱がされることは可能だ。
そして、服を全て脱がされた時、カオルの姿は元に戻る。
しかも、素っ裸というおまけ付きだ。
その時のことを考え、カオルはゾッとした。
桃子はジャケットの下のブラウスも、さささとボタンを外していく。
手際がかなりよく、カオルが桃子の手を押さえようとしても、さっとカオルの手を払いボタンを外す。
何でこんなことになった!