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絶体絶命風呂場パニック(2)

「ち、違う! その……、あの……」

 何かないか何かないかとカオルは視線をさ迷わす。

 そして、視線の先にヴィーゼルが入った。

 これだ!

 カオルはヴィーゼルを掴み上げ、桃子の前に突き出した。

「こいつと遊んでて! 遊んでて泥だらけになったから洗った!」

 カオルは小さい頃、外で遊んで泥だらけになると、そのたびに母親に怒られていた。

 ある日、次はないからと釘を刺されていたのに、また泥だらけにした薫は、苦肉の策として泥の部分を外の水道で洗ってから帰ったことがあった。

 まあ、その時は結局怒られたが。

 この理由なら、きっと騙されてくれるはずだとカオルは踏んだ。

「この子と遊んでて……? ってあれ? このフェレット、竹山さんのフェレットに似てる……」

 カオルはしまったと固まった。

「このリュックもそっくり……」

「ひ、拾った!」

 下手に探られる前に、桃子を納得させなければならない。

「拾って一緒に遊んでた!」

 子供が初めて出会った動物と遊ぶ。

 無難な理由だ。

「ああ、そうだったんだ。また脱走したのかな?」

 桃子は微笑みながらヴィーゼルの頭を撫でる。

 すると、ヴィーゼルが桃子に跳び付こうとして身体を捻った。

 またこいつは!

 カオルは離すものかとヴィーゼルを胸に抱え込む。

 こんな大変な状況で女の胸に飛び込もうとするなんて、ヴィーゼルは何を考えているんだ。

 カオルはヴィーゼルを絶対に離さないと決めた。

「あなたのお名前は?」

 桃子がカオルを見る。

 一難去ってまた一難。

「か……」

「か?」

「かお……」

「かお?」

「かおり! かおりって名前」

「かおりちゃんかぁ」

 どうにかかわせたとカオルは安堵する。

「かおりちゃんの家は近くかな? 暗いからお姉さんが家に送ってあげる」

 安堵の後のピンチ。

 心臓がドキドキし過ぎて、何だか苦しくなってきた。

 家に送るなんてとんでもない。

「だ、大丈夫。一人で帰れる」

「ダメだよ。こんな時間に一人で帰るなんて。危ないからお姉さんと帰ろうね」

「家まで遠いからいい」

「遠いなら余計にダメ。送っていくわ」

 桃子は頑なだった。

 どうすれば諦めてくれるのか。

 自分ならどう言われれば諦めるかと、カオルは自分に置き換えて考えてみる。

 夜道でびしょ濡れになった女の子が一人。

 俺なら警察に連絡して保護してもらう。

 一人で帰させない。

 そりゃ危ないから当たり前だ。

 客観的に考えると、桃子に諦めさせるのはますます無理に感じた。

「あ、でも遠いなら先にその服をどうにかした方がいいかな。このままじゃ風邪ひいちゃうし」

「え?」

「そうだ!」

 桃子が良いこと思い付いたといった風に、顔の前で手を打つ。

「先に私の家に寄ろうか」

「え!」

「乾いた服に着替えよう」

 桃子がとんでもないことを言い出した。

「お姉ちゃんの家はすぐそこなの。ケーキ屋さんやっているんだよ」

 確かにここは店の近くだった。

 店まで歩いて五分とかからない。

「うんそうしよう」

 桃子は良いアイディアだと、うんうんと頷く。

 そして、立ち上がり、カオルの手を握った。

 カオルは桃子の温かい手にドキンとする。

 桃子と手を繋ぐのは初めてだった。

 それに、焦りから意識していなかったが、桃子とこんなに近付いたこともなかった。

 いつもは男と女の距離がある。

 外見が女同士というだけで、その距離がグッと縮んでいた。

 桃子を意識したとたん、ふわりと石鹸の匂いがしているのに気が付く。

 桃子の匂いだと思うと、カオルの胸は余計に高鳴った。

 って、俺は何を考えている!

 この大変な時に!

 カオルは慌てて頭を振って、邪な考えを追い出した。

「お店に着いたら、かおりちゃんの家に電話しよっか。こんな時間ならお母さんも心配しているだろうし」

 カオルの手を引き、桃子は歩き出す。

 ますますヤバい状況になった。

「いい! 帰る!」

「遠慮しなくていいよ」

 遠慮じゃない!

 カオルは抵抗しようとするが、引っ張られて前につんのめりながらも進んでしまう。

 これは本気でまずい。

「大丈夫だから!」

「はいはい。せめてその濡れた服だけでも変えようね」

 カオルは手を引っ張り、桃子の手を外そうと試みる。

 が、失敗した。

 桃子は振りほどけないほどしっかりと手を繋いでいた。

 いや、分かる。

 ここで手を離して逃げられるわけにはいかないだろう。

 夜道を幼い子供一人で歩かせるわけにはいかない。

 保護しなければならない。

 それが、大人の子供に対する責任ってもんだ。

 だが、今はその責任を放棄してほしい。

「お母さんに連絡して待っている間、ケーキを食べてゆっくりしようね。ケーキは嫌い?」

「いや、好きだけど」

 カオルはケーキが好きだからパティシエになった。

「今日はいくつか売れ残りが出たから、よかったら好きなのを食べていって」

 それは知っている。

 今日は生菓子に余りが出た。

 最近、そういうことが多い。

 もしかしたら、客が離れ始めているのかもしれない。

 パティシエ二人にフロア係が一人。

 人手が足りなくて、満足のいく仕事が出来ていない。

 会計を待たせてしまったり、ケーキの補充が滞ったり、フロアの注文を聞きに行くのに時間がかかったり。

 これではダメだと分かっているが、どうすることも出来ない。

 とにかく従業員が足りなかった。

「さ、店に着いたよ。ここがお姉ちゃんの店」

 カオルははっとして顔を上げた。

 そこには、いつも仕事に来ているお馴染みの店があった。

 店についてつらつらと考えていたら、店の前に着いてしまっていた。

 シャッターはまだ閉められていない。

「ちょっと待っててね」

 桃子はカオルと手を繋いだまましゃがみ、手際よく自動ドアの下に付いているカギを開ける。

「入って入って」

 自動ドアの真ん中から手を突っ込み、桃子は手動で自動ドアを開け、カオルを店の中へ連れて行く。

 ついにここまで来てしまった。

 とりあえず、中に入るしかない。

「ケースの中にケーキが入っているでしょ。着替えた後でどれ食べてもいいよ」

 カオルは桃子と手を繋いだまま、厨房横の通路を歩く。

 通路にはいくつかドアがあり、途中で桃子が厨房のドアを開けた。

「お父さーん。女の子が水に濡れたまま一人で歩いてたから連れて来た。これから奥の洗面所使うね」

 厨房の中では、オーナーが明日の為の仕込みをしていた。

 オーナーはこちらをちらりと見ると、仕事の手を止めた。

「何かあったのか?」

「フェレットと遊んでて泥だらけになったから、自分で洗ったんだって」

「そうか」

 オーナーがカオルを見てから、胸に抱いているフェレットに視線を移す。

「動物は気を付けろよ」

「分かってるって。このまま洗面所に直行するよ」

「ああ」

 オーナーは仕込みに戻った。

 桃子はドアを閉め、通路を先に進む。

 本当なら、カオルも厨房にいるはずだった。

 時間外労働にはなるが、カオルはオーナーの手伝いをしようと思っていた。

 しかし、ヴィーゼルがやってきて、シュテルン石の回収へと借り出されてしまった。

 営業時間外だっただけマシではあるが、こう仕事に差し障りがあると非常に困る。

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