初めての戦闘(3)
「ヴィーゼルまだか!」
「読み込み終了しました」
「ステッキをこっちに投げろ!」
ヴィーゼルがステッキのコードを抜き投げようとするが、巨大ナマズの方が一歩早かった。
カオルがステッキを受け取ろうとヴィーゼルの方に手を伸ばした瞬間、背後で巨大ナマズが飛び上がった。
「しまっ――」
逃げる間もなく、巨大ナマズの大波がカオルを襲う。
波に足を取られ、カオルはステッキを受け取る前に転んで仰向けになった。
そこに、水の塊が降り注ぐ。
「うわああああ!」
「カオルさんステッキです! 呪文はグリーンハートスプラッシュ!」
水の塊がぶつかる寸前、カオルはヴィーゼルから投げられたステッキを頭上で掴み、掴んだ勢いのまま振り下ろした。
「グリーンハートスプラッシュ!」
ステッキから圧縮された風が飛び出し、カオルに迫る水の塊を切り裂く。
二つに割れた水の塊は、カオルの身体を真ん中に、左右に分かれてカオルにぶつかることなく落ちた。
「あ、あっぶねーー!」
カオルはガバリと起き上がり、四つん這いでわたわたと地面を這い、池から距離を取った。
安全な場所まで進むと立ち上がり、池に向かってステッキを構える。
「もう好き勝手させないからな!」
巨大ナマズが飛び上がったところを狙い、カオルはステッキを振る。
「グリーンハートスプラッシュ!」
カオルは巨大ナマズの中心を狙ったが、ステッキから飛び出した風はそれて、巨大ナマズのヒゲを切り落とした。
「意外と狙うのが難しいな」
カオルは次こそはと、池の水面を泳ぐ巨大ナマズに、呪文を唱えながらステッキを振る。
「グリーンハートスプラッシュ!」
風の刃が水面を切り裂き、泳いでいる巨大ナマズに襲いかかる。
今度は見事に当たったものの、巨大ナマズの表面を傷付けただけで終わった。
水の抵抗で風の威力が落ちたようだ。
それに気付いたカオルは、池に向かって走り、池のふちギリギリに立った。
「さあ来い!」
カオルの挑発に引っかかった巨大ナマズが、カオルに向かって池を突っ切って泳ぐ。
そして、カオルの真正面まで来た時、巨大ナマズが大きく飛び跳ね、カオルに飛びかかって来た。
カオルはそのチャンスを逃さなかった。
ステッキを何度も下から振り上げる。
「グリーンハートスプラッシュグリーンハートスプラッシュ!」
風の刃が巨大ナマズに直撃し、巨大ナマズはその衝撃に空へ躍り上がる。
そのままカオルの頭上を通り過ぎ、カオルの後ろに落ちた。
巨大ナマズの身体は地面に触れたとたんキレイに三つに分かれ、地面の上に広がった。
「巨大ナマズの三枚下ろし完了」
カオルは振り返って巨大ナマズを見る。
そして、ゆっくりとステッキを振り下ろした。
「レッドリボンシャワー」
巨大ナマズがこんがりと焼けていく。
「焼き巨大ナマズの出来上がりっと」
「見事ですカオルさん」
カオルが戦っている間、安全な場所から近寄ろうともしなかったヴィーゼルが、ようやくカオルに近付いて来た。
「これでシュテルン石を回収出来ます」
「そういえば、シュテルン石ってどうやって回収するんだ?」
巨大ナマズが燃え尽き、灰となって崩れ始める。
「実体化したシュテルン石を倒すと、シュテルン石の周りを形成していた物質が灰となります。その灰もいずれ消えますが、シュテルン石はその灰の中に埋もれています」
ヴィーゼルは巨大ナマズの灰の中を、小さな前足で漁る。
すると、灰の中からキラリと光るものが出てきた。
ヴィーゼルは灰を払いながら、それを掴み上げる。
「これがシュテルン石です」
それは、キラキラと光る青色の丸い石だった。
「へー、ビー玉に似ているんだな」
ヴィーゼルからシュテルン石を受け取り、カオルはシュテルン石を日に透かして見た。
太陽の光を通して見るシュテルン石は、より煌めいていてとてもキレイだった。
「さ、しまいましょう」
シュテルン石をしまうエーデルキステを、ヴィーゼルはリュックから取り出していた。
エーデルキステを開き、カオルに差し出してくる。
カオルはシュテルン石を、エーデルキステの中の窪みにはめこんだ。
「これでようやく一つ目か……」
カオルはため息を吐く。
「こんなことがあと四回もあるのかよ」
カオルは巨大ナマズとの戦闘を思い出す。
単調な攻撃だったから今回はどうにかなったが、これから先、戦闘に慣れていない自分にどこまで出来るのか。
カオルは不安を抱く。
こんなこと今すぐにでも止めたいが、状況がそれを許さない。
もう一度ため息を吐いた時、ポンという音とともに、カオルから煙が出た。
「お、戻る時間か」
煙が晴れると、薫は元のコック服姿に戻っていた。
馴染みのある男の身体。
それにほっとするのと同時に、こんな当たり前のことに安堵する日が来るなんてと、薫はまたため息を吐いた。
「ため息のし過ぎは幸せが逃げますよ」
「誰のせいだ」
「ボクのせいではないですね。ボクはただの使いっぱしりなので。苦情があれば王子にお願いします」
「ぐっ」
あの変態王子には二度と会いたくない。
色々と言いたいことはあったが、王子に連絡を取られると困るので、薫は言葉を飲み込んだ。
「片付けますよ」
ヴィーゼルがエーデルキステをリュックにしまい、薫に前足の平を見せる。
薫は手に持っていたステッキを、ヴィーゼルに無言で渡した。
ヴィーゼルはそれもリュックにしまう。
「そういえば」
「何だ?」
「薫さんはケーキ屋で働いていたんですね」
「そうだけど」
何でそんなことを聞くのかと、訝しみながら薫は答える。
「もしかして、誕生日のケーキも自分で作りました? 誕生日に、一人で、自分の為に」
薫は黙り込む。
一人と一匹の間を、寒い空気が流れた。
「さーて、帰るか」
薫はズボンから時計を取り出して見る。
「もう三十分ないから急いで帰らないといけないな」
「薫さん?」
「さあ、急ごう」
わざとらしく言うと、薫はフェンスに向かって歩き出した。
しつこく聞き続けるヴィーゼルが、その後を追う。
一人と一匹が去った貯水池には、ようやく元の静けさが戻った。
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