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よみびとしらず #01 初春  作者: 艸香 日月
後日談
9/12

玄庵【下】

 九相図が完成したので玄庵に見せるために初春は願良寺に赴いた。

 すると何故か願良寺から妖気が流れ出ておるのであった。

「こは何事ぞ。『邪見』ならびに『全点透視』」

 初春が唱えた。

 見るとそこここに小さな物の怪が巣くっておった。

 急いで妖気の流れ出る方へ向かって歩いてゆくと願良寺の裏の滝に行きついた。

 滝の裏に穴があるように思えたのでおそるおそる覗いてみると。なんとそこには『入り口』が(こしら)えてあったのである。

「なんということじゃ」

 初春は玄庵を探した。

 しかしその前に見つかったのはいつぞやの坊主等であった。

「お主等、ここで何をしておる」

 初春は呪の構えをとった。

 そこへ頭上から声が降りてきた。

「違うんじゃ初春、待たぬか」

 烏天狗であった。

「天狗殿、これは一体何事でございますか。なぜこの坊主等がここにおるのでございます。なぜ滝の裏に『入り口』があるのでございます。おかげでこの寺から妖気が溢れ出ておりますぞ」

「まあ待て。一つずつじゃ」

 そう言うと烏天狗は先ほどの坊主に部屋を用意させた。

 しぶしぶ大人しくついてゆく初春であったが、内心の驚きは隠せなかった。

 歩きながら烏天狗に問うた。

「天狗殿は何をご存知か」

「まぁ待てと言ったろう。こんなに寒いんじゃ。火鉢にでもあたりながら話そうではないか」

 烏天狗に促され、初春は用意してもらった火鉢にあたらせてもらった。

「してなんじゃ、なぜ願良寺がこのようなありさまになっておるんじゃ」

 初春は苛々しながら烏天狗をせっついた。

「古狸と玄庵殿が約束をなされたんじゃ。妖界におる坊主等三十余名の世話を玄庵殿に頼むと」

「それはまことか。ではあの坊主等はなぜここにおる。なぜ妖界におらんのじゃ」

「玄庵殿がな、条件を出されたんじゃ。一つ、この寺を手伝う事。二つ、南都について教えること。三つ、呪を教えること。玄庵殿は現在妖界にて呪を教わっておる最中よ。なかなか筋がいいらしく噂になっておる」

「なんじゃと」

 初春はすっくと立ち上がるとそのまま部屋を出ていった。

 蹴とばされ危うく転がりそうになった火鉢を烏天狗があわてて止めた。

「じゃから嫌だったんじゃこんな損な役まわりは」

 部屋に残された烏天狗がひとりごちた。


「玄庵殿は何を考えているのか」

 そう言いながら初春は裏口から滝の裏にある『入り口』へと急いだ。

 再び覗いてみると、なるほど真新しい『入り口』が口を開けていた。

「『人結界』」

 『人結界』とは人の(まと)う結界である。

 初春はそう唱えると『入り口』を通過した。

 空気が変わる。

 滝の反対側から出た時にはまったく妖界になっておった。

「待て待て」

 今度は後ろから声が聞こえた。

 烏天狗がついてきたのである。

「お主、玄庵殿がどこにおるのか知っておるのか」

「知らぬ」

「そんなに頭に血をのぼらせたまま玄庵殿に会ってもいい事にはなるまいよ」

 それを聞いて初春はそれもその通りだと思い大きく息を吸い吐いた。

 そして、

「すまぬ」

 と一言烏天狗に謝った。

「まあよいがな」

 烏天狗は照れた顔で初春に応えた。

「儂がお主を運んでいこう」

「いえ、お気持ちだけで結構。これを機に新たに覚えた術を使いたいのでございます」

「ほほう」

「『浮遊術』」

 言うや初春の体が宙に浮いた。

「おお、これは頼明が使っておった術じゃな」

「はい。頼明に出来ることはすべて習得してしまわねばなりませぬので。この度はこれでついてゆきまする」

「あい分かった、ではついて参られよ」

 そう言うと烏天狗は翼をばたつかせ宙に浮き初春を先導しはじめた。

 初春はまっすぐとはいかなかったが、ふらりふらりとどうにか烏天狗の後を追って行った。

 

 そうして到着したのが妖界における妙蓮寺であった。

 妖界における妙蓮寺は、人界におけるものとは見た目も中身も異なった。

 古狸がそういう呪をかけているのである。

 おかげで講堂は豪奢な屋敷に、お堂は五十人は寝泊まりし修行のできる寮になっておった。

 玄庵は今、この寮の一室にて呪を習っていた。

「ごめん」

 部屋の外から初春が大声で挨拶をした。

「ああ待たれよ」

 烏天狗が慌てて止める。

「ごめん!」

 何事かと思い明水は扉を開けた。

 そこに立っていたのは、いつか見た陰陽師の小僧であった。

「初春と申します。こちらに玄庵が来ていると聞きまして」

「ええ、いらっしゃいますよ。玄庵殿、来客でございます」

「来客?」

 玄庵は(いぶか)しげに席を立った。

「おや初春ではないか。どうしたこんなところへ」

「どうしたもこうしたもない。玄庵、なぜこんなところにおる」

「そういうことか」

 玄庵は初春の表情を見て納得した。

「では部屋で話そう。こちらは明水。あの坊主等の仲間じゃ」

 明水は初春に向かって会釈をした。

 初春は一応の会釈を返した。

「明水殿、烏天狗殿、しばし二人で話をしてもよかろうか」

「ええ」

「ああ構わん」

 二人に了承を得た玄庵は、部屋の奥を指さし初春を招いた。

 二人は向かい合わせに席に着いた。

「早速じゃが玄庵。寺の裏に『入り口』をつけるなど、何を考えておるんじゃ。妖気が垂れ流しであったぞ」

「おやそれはいかん。古狸殿になんとかしてもらわねば」

「そうではない。おぬし、何故古狸と変な約束までして『入り口』を作ってしまったのじゃ」

「そこまで知れておるなら話は早い。私が望んだからだとしか説明のしようがない」

「玄庵、おぬし本気で言っておるのか。おぬしは奴等に殺されかけたんじゃぞ」

「ああ本気だ。古狸殿によれば、殺されかけたからこそ監督にちょうどいいらしい」

「なぜ一言の相談もなく……」

「相談すれば反対したであろう」

「当然じゃ」

「じゃから相談せなんだ。実を言えば、呪を身に着けて強くなってから打ち明けようとも思っておった」

「玄庵、なぜ」

「人質にとられておったろう。助けてももらったろう。そうして私はいかに自分が弱いか思い知ったんじゃ」

「玄庵、だからといって坊主等に教わることはあるまい。寝首を搔かれるやもしれぬのに」

「それは承知の上。と言えば嘘になる。しかし一旦解けた呪じゃ。今さら私が必要でもあるまい」

「しかし」

「しかし?」

「玄庵が今のまま修行を続けるのであれば、私は古狸めを許すことが出来ぬ」

「なんと(かたく)なな」

「玄庵は勝手なのじゃ」

 二人はそう言うと、ふいとそっぽを向いてしまった。

「私は認めないからな。こんな馬鹿げたことは」

 初春は大声でそう言い放つと部屋を後にした。

 烏天狗は初春を追いかけていった。

 後には部屋の中に玄庵と、部屋の入り口に明水が残された。

「いやはや格好の悪いところをお見せいたしました。では修行の続きをしていただけますか」

「初春殿はよろしいのですか」

「ええ、今は追わぬがよろしいでしょう。また熱が冷め次第話をいたしましょう」


 初春は怒っていた。

 玄庵の無謀さにである。

「だから人質にもとられたんじゃ」

 烏天狗は無言でついてくる。

「おぬし、もうついて来なくてもよいぞ。帰り道は分かっておる」

「念のためじゃ。初春殿を無事に帰さねば儂が玄庵殿や古狸殿に叱られてしまうでの」

「ふん。勝手にせい」

 言うと初春は来た道を戻って行った。

 人界の願良寺に到着すると、なるほど坊主等が働いていた。

「儂はお主等を信用できんからな」

 初春はわざわざそのうちの一人をとらまえて胸ぐらをつかみ言い放った。

「頭に血の登った際の言動は、後から後悔することが多いのでございますぞ」

 烏天狗が上から助言する。

「ふん。もう人界じゃ。この辺りでよかろう。立ち去られよ」

「そうさせてもらおう」

 烏天狗はそう言うと、どこかへ飛び去って行った。

 初春はその足で陰陽寮へ向かった。

 新たに『入り口』が設けられたという事は、もはや玄庵一人の問題ではなかった。保憲様と晴明様に伝えねばならなかった。





「なんじゃと」

 子細を聞いた保憲と晴明は顔を見合わせた。

「これ以上『入り口』が増えるとなると都の守りが手薄になる。ただでさえ人手不足じゃというのに」

「なんという事をしてくれたんじゃ玄庵殿は」

「上へはどう伝える」

「いや上へは伝えずに済ませよう。頼明の件もあり陰陽寮への風当たりは強い。これ以上はまずい。私と晴明ならなんとかなるじゃろう」

「あい分かった」

「初春、そういうことじゃ。頼んだぞ」

「はっ。では『入り口は』……」

「当然、閉じる」

「開いてどのくらいじゃ」

「半日ほどかと」

「半日とな」

「あとは実際に見てみねば分かるまい。早速出向くぞ」

「はっ」

 そういう訳で保憲、晴明、初春は連れだって願良寺へ赴いたのであった。


牛車を願良寺に横づけ長い階段を上り、三名はまっすぐに裏手の滝へ歩を進めた。

そこへ声をかけてきたのが例の坊主集団のうちの一人であった。

「もし、陰陽師の方々とお見受けいたします。この先は裏に滝があるのみ。わざわざ足を運ばれることもないかと存じますが」

「これはこれは白々しい、かつて玄庵殿をさらい殺めかけた坊主ではないか」

「その件はまことに申し訳なく思っております」

「申し訳なく思っておる輩が滝の裏に『入り口』など拵えるものか」

 そう言うと保憲はさっさと裏へまわった。

 晴明と初春が急いでそれに続く。

 声をかけた坊主はその場に立ちつくし三名を見送った。

「これは見事な」

 『入り口』を拝見した保憲はそうひとりごちた。

「晴明、見て見よ。立派な『入り口』が出来ておるわ」

「どれどれ。ああ、確かにこれは『入り口』にございますな」

「初春、よう教えてくれた。手柄じゃぞ」

「おそれいります」

「ではこれより『入り口』を閉じる儀式を執り行う。各々配置につかれよ」

 保憲の号令を受けて晴明と初春が持ち場についた。

 そこへ頭上から声が降ってきた。

「待ってくれ、その儀式、待った」

 烏天狗であった。

「おお、烏天狗の。久しいな。何を待つのじゃ」

「は、話を聞いてくれ」

「話は初春から既に十分聞いておる」

「物の怪側の都合もあるんじゃ。頼むから聞いてくれ」

「よかろう、聞こうではないか、その物の怪側の道理というものを」

「まずは矛をおさめていただけるとありがたい。あと場所を室内に移して話そうではないか。ここは冷える」

「お主がそんなに寒がりだったとはな。よかろう、場所を移そう」

「かたじけない」

 そう言うと烏天狗は坊主の一人をとらまえて部屋の用意をさせた。

 場所を移した三名はありがたく火鉢にあたり団子を喰らった。

「して、物の怪側の道理というのは何なのじゃ」

「それがじゃな、物の怪にも派閥があっての」

「それは知っておる」

「所有する『入り口』の数も強さに影響しておるんじゃ」

「そりゃあ悪さをするのに『入り口』は多い方が有利じゃからの」

「まぁそういう訳なんじゃ。どうか裏の『入り口』をそのままにしてもらえんじゃろうか」

「なぜ人間に悪さをする物の怪のために力を貸さねばならんのじゃ。ふざけるのもたいがいにせい」

 保憲が声を荒げた。

「この『入り口』を使用する物の怪には人間に悪さをせぬよう申し伝えればよいではないか」

 烏天狗が慌てて言葉を繰る。

「そのような事が出来るのか」

「強ければな」

「強くあるためには『入り口』が必要、か。うまくできた話じゃの」

 保憲が火箸で灰をかきまぜながら言う。

「それが物の怪の道理じゃ」

「なるほどのう」

「どうなされますか」

 初春が保憲に問う。

「どうもこうも、利害の不一致じゃ。人間側の道理と合わぬでの」

「人間側の道理とは」

 烏天狗が問う。

「都の内に存在する『入り口』はなるべく少ない方がよい。管理する手間が省けるでの。それだけじゃ」

「では裏の『入り口』の管理は玄庵に任せればよいではないか」

「それは出来ぬ。『入り口』、鬼門、都内の呪、含めすべて陰陽寮が管理するのが習わしじゃ」

「頭がかたいのう」

 ふくれっ面の烏天狗である。

「因習も大事にせねばという話じゃ。陰陽寮の体面にかかわる。陰陽寮の力を維持するためにもな。我等にも派閥があるでの」

「ではどうする。一戦交え勝負といこうかい」

 烏天狗が口から小さく火を噴きながら言う。

「そういうことになるかのう」

 保憲が火箸をそれに絡ませて応える。

「数でも力でも我等の圧勝が見えておるがそれでもいたすのか」

 烏天狗が問う。

「そうなることを見込んで援軍を呼んであるんじゃ」

「ほう、援軍とな」

 次の瞬間、突如襖が左右に勢いよく開いた。

「話は聞かせてもらった。我が名は法節(ほうせつ)、比叡山延暦寺より都の危機と聞き及び馳せ参じた。烏天狗殿、ごめん」

 そう言うと法節は烏天狗に対し結界を張った。

「おお、よく来て下さった延暦寺の。かたじけない」

「なるほど、援軍というのは別の坊主集団か」

「ただの坊主集団ではないぞ。都の鬼門を守る霊験あらたかな僧ばかりよ」

 廊下の奥にはまだ数十名が控えているようであった。

 その時、建物の上から声が降ってきた。

「こちらも負けてはおらぬぞ」

 古狸の声であった。

 保憲、晴明、初春の三名が急いで外へ出てみると、一反木綿に乗った古狸が数多くの物の怪を従えて宙に浮いておった。

「では始めようかい」

 保憲が号令を下した。

「はじめ」

 同時に古狸も声を響かせた。


 困ったのは願良寺に世話になっている八名の坊主等であった。

 妖界において衣食住を世話になっている物の怪に対し弓引くことなど出来まいし、かといって同じ坊主等に対し弓引くわけにもいかなかった。

 八名はここにおいて誰よりも争いを止めに入りたい者達であった。

 そこで八名は妖界へ赴き仲間や玄庵を呼んで来ようと画策した。

 願良寺の『入り口』は物の怪がうじゃうじゃと出て来ているので使えなかった。

 残るは妙蓮寺の『入り口』であった。

 そこで八名は争いの続く中、なんとか願良寺を抜け出し一路妙蓮寺へひた走ったのであった。


 にわかに願良寺の講堂から始まった人間対物の怪の争いは、一刻を過ぎてもまだ続いていた。

 人間の呪と、物の怪の力は拮抗していた。

 戦闘は名乗りを上げての一対一が基本であったが、そこから漏れた者はなりふり構わず手あたり次第に力をふるっていた。

 保憲と晴明は二人がかりで古狸と、初春は一反木綿と、法節は狐めと、他も相手を見つけそれぞれに奮闘していた。


 それから更に一刻が過ぎた頃であろうか、寺を抜け出した八名が玄庵以下二十余名を引き連れて戻ってきた。

「これは……何事じゃ」

 玄庵がつぶやいた。

 道中、話を聞いてはいたものの、いざ目の当たりにすると信じられない光景であった。

「私が招いてしまった争いじゃ。私がしずめねばなるまい」

 玄庵は三十余名に頭を下げ、呪の準備にかかった。

 願良寺の境内に急遽(きゅうきょ)三十余名の入る巨大な結界が設けられた。

 そうして三十余名が座すと、口をそろえて呪を唱えだしたのである。

 それは陰陽師でいえば『全解除』の呪であった。

 『全解除』の呪とは、その場におけるすべての呪を解除する呪である。

 戦闘している者の数が数だけに、三十余名全員でかかっても足りるか分からぬほどであった。

 初春は一反木綿と相対していたが、何故か自らの呪がかかりにくくなっている事に気づいた。

 一反木綿もそれは同じであった。

「誰ぞ邪魔をしておるな」

「いかにも。誰じゃ邪魔をするのは」

 初春と一反木綿は一時停戦し邪魔者探しを始めた。

 そうして境内に陣取って呪を唱えておる坊主集団を見つけたのである。

 初春にとっては、いつか見た光景でもあった。

「おぬしらか、邪魔をしておるのは」

 一反木綿がしゅるしゅると伸びて結界を一周した。

 そうして力を込めて結界を潰しにかかった。

 初春は呪を唱える坊主の中に玄庵を見つけた。

「玄庵。どうしておぬしがここにおる。何故戦いの邪魔をするのじゃ。おぬしが味方すべきは……物の怪ではないのか」

 最後はしりすぼみになりながらも初春は叫んだ。

「違うぞ初春。物の怪と人間、共存は出来ようぞ」

 玄庵が叫んだ。

「今一度話し合うべく『全解除』を唱える」

 言うと玄庵は再び呪を唱えだした。

 結界をまるごと潰そうとしておった一反木綿の力が急に衰えた。

「木綿殿、無駄でございましょう」

「この人数で『全解除』をされようとは。口惜しや」

 そう言うと一反木綿はどこかに飛び去って行ってしまった。

 残された初春は、はっとして『入り口』へ向かった。

 まさか――。

 そのまさかであった。

 『全解除』を受けて、『入り口』が小さくなっていたのである。

 玄庵は人間側についたのであろうか。

 ではなぜ物の怪を攻撃しないのか。我等の味方に立たぬのか。

 初春には分からなかった。

 その時である。

 大きな声が場に響いた。

「双方やめい」

 それは古狸と保憲の号令であった。

「『入り口』がこれ以上小さくなる前に呪を止めてもらいたい。聞こえるか玄庵」

 古狸が叫んだ。

「あい分かった」

 玄庵は答え、率いる三十余名に呪を止めさせた。

「お主の立場は了解した」

 保憲が叫んだ。

「かたじけのうございます」

 玄庵が答えた。


 それからあらゆる戦闘が仕舞いを迎えた。

 とりあえず小さな物の怪達は妖界へ戻って行った。

 延暦寺からの助っ人も渋い顔をしながら帰って行った。

 大きな物の怪達は人界にとどまり人間との話し合いを行うことになった。

「しかし『全解除』とは。玄庵殿もお人が悪い」

 古狸が言って火鉢をすっぽり抱いた。

「こちらでは『相弱化(あいじゃくか)』と申します」

 玄庵が答えた。

「なるほど、それで玄庵殿は何をどうするおつもりじゃ」

「この戦闘を止めさせたかっただけであろう。先の展望もなく」

 保憲が面白くなさそうに言う。

「いいえ。物の怪と人間と、『入り口』を介して共存が出来ればと思い、彼ら三十余名を説得したのでございます。そうして停戦に協力していただいたのでございます」

「なるほど。儂はまさかの三つ巴かと思うたぞ」

 古狸がしっぽを右に左に振りながら言う。

「まさか。しかし結果はそうなってしまいましたね」

 玄庵は意地悪く返した。

「して、今後はどうする。『入り口』は小さくなってしもうたぞ」

「あれは元の大きさに戻させていただきます」

 保憲が眉根を寄せた。

「でなければ我々が行き来できませぬので」

「という事は依然としてお主の態度は変わらぬというわけか」

 晴明が呆れたように言う。

「はい。明日も明水に呪を教わる約束をしております」

 この場には明水もいた。

 明水が一礼する。

「古狸殿には、この『入り口』を通る物の怪に悪さをせぬよう説いて欲しいのでございます」

「儂の力の及ぶ限りじゃが、構わんのかの」

「はい、力の及ばぬ物の怪には陰陽師の方や延暦寺の方、そして我々が対処いたしますので」

「それは心強い」

 古狸は舌を巻いた。




「明水殿、おはようございます」

「おはようございます玄庵殿」

「本日の呪でございますが、歌に呪をのせる訓練でございます。玄庵殿は歌をお詠みになられますか」

「はい、拙いものではございますが」

「それはよかった。でははじめましょうか」

 今日も願良寺の境内では、八名の坊主等が小坊主と一緒に雪かきに励んでいる。


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