『発火性イエスタデイ』
最近、可愛い同級生が出来たと父親に話しているらしい愛澤心優さん。
(か、可愛い?)
「最初は私も女の子かと思っていたんだが、どうにも君の事のようで……心優が留年していると知っていても、趣味の音楽の話をしてくれるから、嬉しかったらしい」
心優さん、そんなこと思っていたのか……。最初、仲良くするつもりはない、なんて考えていたことが申し訳なく感じる。今でこそ、僕も仲良くしたいと思ってはいるが。
「あ……でも、私がこんなことを話した、というのは秘密にしてくれるかい? 心優、きっと怒るからさ。君も今回の話は胸のうちにしまっておいてくれないかな?」
もちろんだと僕は頷く。
「私から頼むのもおかしな話だとは思うけど、これからも心優と仲良くしてくれるかい?」
「……もちろん、というか、僕からおねがいしたいくらいです」
僕がそういうと、一雄さんはようやくにこりと笑った。
「……おや、起きてきたみたいだ」
隣の部屋から、床がなる音がする。それとあくびをしたのか、大きな「ふぁあぁ……」という声が聞こえた。
「父さん? 誰とはなし……て」
「おはよう、心優」
「お、お邪魔してます」
パジャマだった。
たぶん買い換えていないのだろう、少し小さめで、ピンクで花柄で。可愛らしいな、なんて思っていると、心優さんは寝ぼけ眼だった瞳がかっと開き、思いきり戸を閉めた。その衝撃でパラパラと埃が落ちてくる。
「なんでいるんだよ!」
「お、お見舞いに」
「こらこら心優。橘くんは心配してしてくれたんだぞ?」
戸の向こうが少し静まる。ほんの少し、目が見えるくらいにあけてから僕を見てくる。
「……ちょっと待ってろ。着替えるから」
☆☆☆
10分ほどして、心優さんは僕の前に姿を見せてくれた。
部屋着に、体を冷やさないために大きめの上着──たぶん一雄さんのものだ──を着ていた。
「じゃ、私はちょっと煙草でも吸ってくるから。あ、心優。マスクはしておくんだよ」
「わぁーってるよ」
そう返すが、マスクを着けようとはしない。
「心優さん、ちゃんとマスクしないと──」
「いや……って、え?」
「ん?」
いま何か変なこと言ったか……と一瞬考えたが、僕自身も今さら気づいた。
さっきから、頭の中でも「心優さん」と呼んでいる。
「いやっ、ほら! お父さんと被りますし! だからつい言っちゃっただけで……!」
「いや、別にいいんだけどさ……」
目線を合わせてくれない、というより若干目が泳いでいる心優さん。頬杖をついてなにか言いたげな様子だった。
「……別に、心優でいい」
「え……でも」
「心優で良いって言ってるだろ!」
苛立ったように怒鳴られた。普段と変わらないようにみえるが、やっぱり体調はまだ良くないはずだし、安静にしてはほしい。
心なしか、顔も赤いように見える。
「わ、わかりました……でも心優さん。本当に、安静にはしましょう? じゃないと治るものも……」
「体調なんか悪くない」
「でも今日、休んだじゃないですか」
「……たまにはサボりたいときもあるんだよ」
「えー……」
じゃあこの人、ずる休みか……心配して損した。いやでも、元気ならそれはそれで良かったのかな? 良くはないか。
「……おまえ、なんもないの?」
「なんも、というと」
「……うるせぇ」
「なんか、今日テンションおかしくないですか? 普段と違うというか……」
「……」
塞ぎ込んでしまった。
本当に、今日の心優さんはよくわからない。部室での快活な性格はどこへいってしまったのか。
「明日は、ちゃんと行くから。今日はさ、もう帰って」
「そういうことなら……わかりました」
ここは素直に聞き入れ、僕は帰ることにする。
明日も来なかったら、また来て問い質してやるけどな。
「じゃあ、心優さん。また、明日」
「あぁ」
約束をして、僕は玄関へ向かう。なんだかすっきりしないが、明日にはそれもすっかり治っていることはずだと自分に言い聞かせて、僕は外へ出た。
「また明日な、信吾」
☆☆☆
「はぁ……」
ずる休み、したことは悪いとは思ってはいるさ。
だけどどうしてもこんな状態であいつに会いたくなかった。おそらく顔をあわせたら、まだ思い出す。
『可愛い女の子です』
「あー、くそ」
あんな言葉で照れる自分に腹が立った。
なにより、本当に、ほんと~~~に不覚なのが。
あいつにそんなこと言われて、鼓動が早くなった。なんか、素直に認めたくなかった。そう言われて、嬉しかったと。
「明日はちょっといじめてやるか」
可愛い同級生は、たまにはいじらないとな。