初めまして、お父さん。
短いです。
愛澤さんが体調不良で学校に来られなくなったと知り、気づけば僕は昨夜みたばかりのアパートの前まで来ていた。
「ここ、だよな……」
まじまじとみると、本当に古びたアパートだった。鉄製の階段は錆びだらけで、足に体重がかかるたびにギシギシと耳に響く。
何号室かは把握していなかったので、一つ一つ確認していく。
「東郷……違う。田中……違う。愛……あった」
愛澤の文字。
手書きなのだが、やたらと可愛らしい丸文字だった。これは愛澤さんが書いたものかな。
ともあれ、後はインターホンを押すだけ、なのだけど。
「いきなり来たら……変かな」
連絡先をまだ交換していなかったことが悔やまれる。毎日会うから不便だったことはなかったが、こんな時こそ必要だなと。
「……ええい、ここまで来たんだ」
心配していることは、本当なんだ。
だったらさっさと押してしまえ。
「うちに、何か用ですかね」
低い声。男性の声。
思わずその声の方を反射的に見る。汚れた作業服、大きな体格のせいで小さく見える手に抱えたエコバッグ。
「あ、その……愛澤さんに会いに……」
「愛澤は私ですが」
男はぽりぽりと頭をかきながら近づき、僕の顔をまじまじと見て、次に制服に視線を移す。何かに気づいたのか、「あぁ」と声をあげる。
「もしかして……君が橘くんかな?」
「えっ……はい、そうです」
なぜ僕の名前を、と訊くまえに男から名乗ってくれた。
「愛澤心優の父、愛澤 一雄と申します」