クレープと中間テスト。
愛澤心優と出会ってから数日が経つ。彼女は相変わらず教室では独りだ。見た目の問題なのかもしれないけど、愛澤さんは誰からも話しかけられることはなく、そして自分から人に寄ろうともしない。
授業中も、昼休みも、いつも。
でも、そんな愛澤さんが口を開くときがある。
「おっーす」
放課後、部室へ愛澤さんがやってくる。
ベースを取り出して好きに弾いて、たまに会話をして。大体いつもそれの繰り返しだった。僕も最初は苦手だったけれど、音楽の話をするときはそれなりに楽しかった。
「あっははっ、そりゃないでしょ」
愛澤さんはけらけらと笑う。こんな風に笑うんだと気付いたとき、なんだか親しくなれた気がして……って、だから別にそんなんじゃなくて。
「それにしてもよー、活動。どうするかね」
「活動……というと、僕たちだと文化祭でやるくらいですかね」
「それくらいだな。文化祭って十月か……だいぶ先だな」
「……」
「ん、どうした」
確かに、部活も大事だけど。この人、試験とか大丈夫なのだろうか。偏見になるけど、あんまり勉強は得意ではない……気がする。
もうすぐ、中間試験もあるし。
「いや、試験とか」
「あぁ……ふん。おまえ、私が勉強できないと思ってるだろ」
「いや別にそういうわけでは……」
見透かされている。だって留年する理由なんて、それか出席日数が足りないかとしか思わないし、そう捉えるのも無理はないと開き直る。
「勝負したっていいよ? 私が負けたら、そうだな。なにか一つ、質問になんでも答えてやる。スリーサイズでもいい」
「はぁ」
「逆におまえが負けたら駅前に出てるクレープ奢ってくれよ」
「どうして僕が……」
「ほぉ~ん留年生に負けるのが怖いのか」
「やってやろうじゃん???」
自分で留年を弄るのかと思ったが煽られたからには乗るしかない。僕はこれでも勉強は出来るほうだと自負している。仮にこの人が実は勉強が出来るなんてオチだったとしても、全部百点満点でもない限り、負けることなんて──
☆☆☆
「な、なん……だと……?」
「ほれほれほれ」
中間試験の五科目、国数英社理。
僕としても最低85点以上、 マックスで95点。勝ったな、なんて思っていたのに。
「全科目百点……?」
「人を見た目で判断しちゃいけないってこったな」
「そんな……まさかカンニング?」
「実力だよ」
まさか本当にここまでとは……じゃあ、留年したのは出席日数が足りなかったからなのかな。考えたって仕方ないかもしれないけど、想像していた理由と違ってくると気になってしまう。
「ほら行くぞ。勝負に乗ったのも、お前なんだからな」
「うっす……」
そうして、愛澤さんと部室を出た。
駅前まで歩くのだが、僕はここで一つ気づいたことがある。
……女の子とクレープ食べに行くって、僕の人生の中で初めての事だった。
(い、いや! とはいえ奢らされるんだし! もっと純粋な、デートとかじゃないんだから……それに、愛澤さんは僕のタイプじゃないし……全然、嬉しくなんか……)
「さっーて、なんにすっかな~。私イチゴが好きなんだよ」
きゃっきゃっと話しかけてくる愛澤さんは、いい笑顔だった。教室では絶対に見られないような、明るくて、まぶしい笑顔。
……可愛いだなんて、思ってないからな。
「っと、あったあった。しかも並んでねーし、ラッキー」
女子ってのはなんでこうもスイーツが好きなんだろう。僕もどちらかと言えば好きだけど、わざわざ何時間も待って食べようとははしなかった。まあでも、せっかく出向いたんだし僕も食べようかな。
……バイトもしてない高校生には、二人合わせて1300円の出費は痛かったけど。
「ゴチ~」
嬉しそうにイチゴのクレープを頬張っている。愛澤さんも甘いものの前では、ただの女子だった。
僕も僕でチョコレートクレープを一口。うん、確かに美味しい。普段は並んでいるような所らしいが、ラッキーだと言うのも頷ける。
「そっち一口くれよ」
「え」
僕の許可を得る前に愛澤さんは身を乗り出して、僕のチョコレートクレープにかぶりついた。しかも思ったより多く!
「あっ、ちょっと!」
「うん美味い。チョコとイチゴは相性いいな、やっぱり」
確かにそうかもしれないけど……それよりも、トッピングのチョコアイスの中に少し混ざったピンク色のイチゴアイス。
いや、別になんてことはない。間接キスとかどうでもいい。全然、平気だし。普通に食えるし。
「ほれ、お返しに一口食っていいぞ」
「ん?!」
ずずいっと、イチゴクレープを突き出される。
やはりというべきか、愛澤心優という人物は間接キスとかいうものを気にしない性格らしい。くそう、気にするにしても、しないにしてもいちいち頭に思い浮かべる自分が馬鹿馬鹿しくなる。
ええいままよ、と僕は愛澤さんのクレープを一口食べた。
「美味いだろ?」
「まぁ、はい……美味しい」
おそらく純粋にそう訊いているのだろうが、やっぱり僕にはハードルが高かった。正直味なんかわからなかった。冷たいのに、顔はさらに熱くなる。
クレープを食べながら少し歩き、歩道橋を渡った後に、家の方向がそこからは反対側だと知る。
「私はこっちだから。じゃ、また明日」
「えっ」
「どうした?」
「あ、いや……また、明日」
「おう」
クレープの最後の一口を放り込んでから、愛澤さんは手を振り背を向け、そのまま歩いていった。
また、明日。
そうか、僕たちは明日も会うのだ。
なぜかそれが、心地よく聞こえてしまった。
「……まあ、友達なら、タイプとか関係ないよね」
言い訳じゃない、と言い聞かせるけれど、それこそが言い訳に感じてしまう。
僕は照れ臭くなってしまい、足早にその場を立ち去るのだった。
割りとテンポ早めでいきます。