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ほんのひと匙  作者: 遠津汐|和田貫
海岸線漫遊 記録ノ書――Ⅰ 外海をみたかばん ≪途中まで≫
7/15

―― ほうほうの踊りと茶の川の起源

本投稿では志帆のおはなしの、あとがき部分に書くかどうか検討中です。

『水辺を愛した神さま』より

―― ほうほうの踊りと茶の川の起源



 むかしむかしのことじゃった。茶の町がもっともっと小さな村だったころの話じゃ。

 そんころの茶川は冷てえ川でな、ごくごく普通の川じゃったんよ。


 ある夕方のことじゃった。

 見たこともない恰好をした余所もんが、村にいきなり現れた。

 それでもって奇声をあげるもんだから、みんなたまげた。

 怪しいやつじゃと思うての。

 こそこそと村人たちは集まって、このよそ者をどうしたらよいものかを話し合った。

 結局は、村で一番素早い男が、話しかけることにしたんじゃ。


「何用ぞ」


 しかし、返された言葉はとんと分からんものじゃった。

 ただ思うたより高い声に、男やのうて、若い女じゃということはすぐに知れた。

 それでも言葉は通じんことには、変わりない。ただの余所者じゃあるまい。


「怪しいやつじゃ」

「ほんに怪しいのう」


 実りの季節にはまだちいと早く、村には分け与えられる飯はなかったんじゃ。

 言葉を尽くして去ってもらおうにも、言葉が通じないからには、なかなかそれもうまくいかんかった。

 そうかといって、余所者がこの見知らぬ娘っ子一人きりとは限らんで、このまま力づくで追い払って仕返しされてはおっかない。

 そこで、村人たちは山で動物に出くわしたときに踊る、村の守り鳥の踊りで威嚇することにした。

 ほうほうと踊る、今に伝わる神さんの踊りのことじゃ。


 村長が言う通りに、素早い男は鳥の真似をして踊りはじめたんじゃ。

 ところがその見知らぬ娘ときたら、威嚇されても威嚇されても、一向に去ろうとはせんかった。

 娘は、男が踊る姿を、じいと見とった。ほうほうと言うてな、その娘はじいと見とったんじゃ。

 やがて、娘は一つ頷くと、腕を動かした。娘は去るどころか、ついにはほうほうと言いながら、男の踊りを真似よったんじゃ。

 それもあっという間に、うまく踊るようになったんじゃ。

 ぴんと指先まで伸びてな。じつに綺麗じゃった。

 その上手い踊りには、見惚れる若い男も出てくる有様じゃった。


「こりゃあますます怪しいなあ」

「若い衆を連れ去ろうとする物の怪かもしれん」

「怖い」

「ひい、それはたまらん」

「早う追い出して」


 村の女子供たちは、そのおっかない話を聞いて、しくしく泣きだしてしもうた。

 そんで、村人たちはどうするかもういっぺん話合うた。

 総出で踊って、その娘を一刻も早う追い払うことにしたんじゃ。

 どのくらい踊ったんじゃろうか。

 娘はなかなかしぶとかった。

 一向に去ろうとはしなかった娘に、しびれを切らした村人が、ついには一歩を踏み出した。

 娘はひどく驚いた顔をしたんじゃ。


「今じゃ」


 村人たちは我先にと一歩を踏み出した。

 ずいずいと見知らぬ娘に、みんなでにじり寄ったんじゃ。


 見知らぬ娘は、ついに甲高い声を一つあげると、大慌てで森に帰っていった。

 それ以来、娘が現れることは一度もなかったんじゃ。


 後で娘に見惚れた若い衆が捜したそうじゃが、見知らぬ娘も他の余所者も見つからんかった。

 その代わり、見たこともないような足跡が山にはいくつもいくつも残っとったんじゃて。


 さて、娘の正体が分かったのは翌朝のことじゃった。

 村の衆が朝の水汲みから帰ってくるなり、あれは神さんじゃったと言うたんじゃ。


「ありゃあ女神さんじゃった」

「神さんがお礼をしてくれとる」


 村人たちはみんな、転がり落ちるように川へ走っていった。


「おったまげたあ」


 なんということじゃ。

 川の色が一夜にして、変わっとった。

 今の茶川の色になっておったんじゃ。


 こんなこと、確かに神さんが通ったくらいでねえと、起こるわけがねえ。

 そんくらい見たこともねえ川の色じゃった。

 濁ったりはしねえで、とんと澄んでいる。

 しかも足を入れてみるとあったこうて、ほんに気持ちがいいんじゃ。


「神さんが踊りを気に入ったんじゃ」

「あの娘っ子は神さんじゃったんか」

「悪いことしたかのう」

「ほうほうと言うとったなあ」

「神さんはほうほうの踊りを喜んでくれたんじゃ。そうじゃなきゃ神さんがこんな贈り物をしてくれるわけがねえ」

「それもそうじゃ」


 茶の川は飲んでも美味かった。

 しかも、それからというもの、村にはとんと病気をするものが出なくなったんじゃ。


「神さんのおかげじゃ」

「ほうほう踊って良かったなあ」


 村人たちは神さんに感謝して、それからほうほうの踊りを年に何度も踊るようにしたんじゃ。


 茶の川は、若い衆がおじいさんになってもずっとそのままじゃった。


 冬の寒いときも、湯気を立てて、あったけえお茶の水が飲めるんじゃ。

 あったかくてええ匂いのする川に浸かれば、たちまち元気がわいてくるんじゃ。

 村人たちは、後から生まれたもんも、変わらずほうほうの踊りを踊った。

 村人はずっと健康で、山に実りが少ない年も、茶の川は枯れんかった。

 村人たちは茶の川を飲んで、飢饉をしのげたんじゃ。

 茶川の産湯に浸ければ、どんな子どももたちまちに元気になった。村はどんどん大きゅうなっていったんじゃ。


 そのうちに噂を聞いて、周りの村のけが人や病人が湯治にくるようになった。

 村人は、余所者にはほうほうの試しをすることにしたんじゃ。

 決まって、ほうほうの踊りを踊ろうとしないやつは、ひどいやつが多かったんじゃ。

 茶川を一人占めしようとしたり、茶の川を汚したりもしたんじゃ。

 そんたびに茶川は怒った。神さんの怒りじゃ。

 誰かが茶川を一人占めしようとしたら、茶川は下流まで一滴の水も送らなくなった。

 誰かが川を汚したら、川の全部が臭く汚れるようになってしもうたんじゃ。

 そのたびに、下流では飢饉や流行り病が起きてしもうた。そのたびに下流の王様の兵が、悪いやつを懲らしめにやってきたんじゃ。

 退治をしに来た兵隊も、余所者には変わりがねえ。ほうほうの踊りを覚えて踊った。踊ったやつは許されて、茶川に浸かって、茶の水を飲んで、たちまちに怪我を治したんじゃ。

 噂はどんどん広がって、そのうち病気になった王様本人まで湯治にくるようになったんじゃ。

 もちろん王様だって、ほうほうの踊りを踊るんじゃ。うまいもんじゃよ。


 今では、ほうほうの踊りを絶やさぬ限り、茶川は涸れぬと言われとるんじゃ。

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