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ほんのひと匙  作者: 遠津汐|和田貫
学園残香 ≪スピンオフ≫
4/15

乙女ゲームの残り香

スピンオフ


◆ シスター制度の妹の話 ◆


 

 小さいころは兄がいた。

 賢くて勉強もできて人望もあって、良家の子女が集う学園で、生徒会役員を務めるようなそんな自慢の兄だった。


 でも、変わってしまった。

 好きなひとができて、恋に夢中になりすぎて兄は変わってしまったのだ。


 四歳違いの私が高等部に上がったころもまだ擾乱じょうらんの惨禍は消えていなかった。

 引き継ぎひとつなかった。

 毎年の書類も例の年からの三年分はなにひとつ整然としておらず、生徒会長印や会計印すら行方不明のままで、役員が手書きに持参の名前印を使って代用している有様だった。

 もちろん誰も生徒会役員にはなりたがらず、当時の生徒会役員の縁戚が入学すれば強制的に入る仕組みだと冷たく言われて、入学後すぐから、受験すら言い訳にならず三年間務め上げた。


 兄の尻ぬぐいとして、手探りで生徒会を少しでも元の機能を戻せるようにと運営せざるを得なかった。そうするのが当然だと求められていた。

 冷たい視線に肩を竦めても意味はなく。

 うつむいても、勉強に打ち込んでも、なにかが好転するわけがない。

 動くしかないのだ。不効率を改善しようなんて私たちに認められる訳がない。動いて動いて遮二無二働くしか戻す方法はないのだ。

 方々に頭を下げに下げて、過去のやり方をひとつひとつ教えていただき、すこしずつあるべき形を取り戻していく旅路だった。

 財経界で囁かれる悪い評判を払拭できるように、品行方正であるよう気を使った。


 当たり前だけど、被害を受けたのは家族である私たちだけではないのだ。

 男子生徒が皆夢中になった彼女のために、風紀は乱れに乱れた。学校の評価は失墜した。

 そのころ中等部だった私たちの皆が、そのツケを支払い続けている。


 兄たちが恋愛で身を傾けた分、私たちに注ぐ目はとても厳しいものがあった。

 特に直接的な原因のひとりである、当時の生徒会副会長の妹である私の恋愛事などは、決して誰も赦すはずがなかった。


 学園を彼女が思うがままに私物化させたことを著名人が名を連ねるOBの会に問われたことで、祖父のグループも卒業生の多い企業との取引を渋られるようになった。

 幸いなことに我が社は東南アジアや中東、南アメリカでの独自の製造販売ルートが安定していたため、廃業までには至らなかった。同じく兄が生徒会役員だった家には社業がどうしようもないほど傾き買収され、内部進学を果たせなかった子も、公立高校への転校を余儀なくされた子もいた。

 とはいえ、我が家とて国内工場の一時閉鎖をせざるを得なかった。これほど心苦しいものはない。配置転換に苦しんだ社員さんだって多かったのだ。その辞令によって退職を余儀なくされた社員だっていたに違いない。

 私たちは創業者の一族なのだ。雇用主の親族なのだ。恨まれて当然だった。

 役員だった父の辞任と、兄の後継者候補から外れての海外の医学部への進学で、あるていど事態は終息させることができ、国内の取引も回復しつつある。なぜなら海外の医学部を出ても日本の医師資格が得られる訳ではないからだ。兄と父の失墜を内外に示すことで、溜飲を下げてもらったのだ。


 今では夢から醒めた兄は、一族から帰国を許されないこともあり、オランダの大学でリハビリ専門医を目指して教育を受けている。

 私自身もまた家名の汚れは晴らせずじまいと、卒業を前にして、幼いころからの婚約は解消となった。またそれに伴って社の命運を担うのは叔父の家系となることが正式に決まった。

 高校卒業後は父が預かったナイジェリアでの現地法人を手伝おうとしたが、社会情勢から結局は叶わなかった。国内に残ることは内乱を恐れた会社の上層部に渋られ、兄と同じように国を追われるようにして、流れ着くようにしてスコットランドの大学に進学した。


 婚約者はおらず、かといって一族のヒロイン恐怖症から自由恋愛も許容されない日々だ。


 でもひとつだけとても良かったことがある。

 兄が問題を起こすまでは、兄を立てよと言われて育った。女は可愛がられる嫁となることだけを考えなさいと言われながら育てられたけれど、兄の不祥事以来その点には拘泥されなくなった。


 私は兄の不名誉を濯ぐために、品行方正で成績優秀だと証明しなければならなくなったのだ。


 兄を超えてはならなかった。似た年ごろの男性を立てなければならなかった。だから、それまではずっと隠していたけれど、本当はそれこそ望むところだった。

 私は勉強が好きだった。元々明治時代に留学を果たし社を起こしたご先祖様の血を、きっと受け継いでいたのだと思う。

 あれがなければ成績もそこそこへの抑制を求められ、文系コースにしか進ませてもらえず、内部進学かお嬢様大学への進学が関の山だっただろう。


 ところが現在の私は、祖父のグループとも学園とも無縁のスコットランドに暮らしている。悪評も良い噂も届かない自由な地で、家族の虚栄心を満たせるような十五世紀からある古い大学に籍を置いている。

 もちろんそこにだって人種をはじめとしたいくつかの冷たい態度もある。だけどそんな冷ややかさをやり過ごす方法は中高時代を通じて学びきっていたし、どうやって名誉を回復させていけばいいのかその最初の一歩くらいははじめから経験則でいなすことができた。

 そしてなにより、あの事件がなければけっして赦されなかった物理学を修められるという喜びは、何事にも代えがたかった。


 同じヨーロッパに住む兄は、長期休業中にときどき遊びに来てくれる。もう自慢の兄とは呼べないけれど、でも適度に気を抜いた穏やかできれいな表情は眼福もので、柔和になったおしゃべりは脳を休ませられる貴重な時間となっている。自慢の妹だと髪を撫でてもらえる時間が嬉しい。

 自由恋愛がお得意な兄の内緒の恋人とも、もちろん仲良しだ。


 乙女ゲームの残り香は、大きな波紋も残したけれど、そのおかげで思いがけない自由を得る幸運にもあやかった。

 どう考えても兄の今の恋人は昔、南仏の別荘地でよく遊んだ女の子の名前だった。私も好きだった夏のよく晴れた空のような瞳の色は、今も変わりなく兄を見つめていた。昔よりずっと柔らかな口角を携えて兄に寄り添っていた。

 そしてその空色の瞳を見つめかえす兄の瞳はあまりにもやさしく、そっと撫でる手からにじみ出る甘やかさは中学生のときに見かけたあのひとに対するそれとは全く違っていた。

 だからときおり兄のあれは計算だったのかなと、首を傾げながら思うのだ。


 謝ってほしいとは思わない。

 兄は雁字搦めな檻を引きちぎって、私のことも助け出してくれたから。

 兄は私にも自由をくれたのだから。

 そう思いながら暮らしている。


■ あとがき



兄は己を見せない。

見せないけど妹に贖罪の気持ちは持っていて、いいように周りを調整して導いてたどり着かせてくれたのだと思う。

兄の賢さと妹の賢さは種類が違っていて、妹は研究者気質で兄は経営者資質の持ち主なのだと思う。

それすら見抜いているから、妹の特性に合わせて己の進路を後々微調整して、妹の研究を元に起業して、親や親族を見かえすんだと思う。

だから兄の彼女はシスコンと思っている。


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