悪役、サムライギャルソンに出会う
そういうわけですの。
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◇
――――あっ、どうしようイケメンだわ。
それなのに私ったら泣き腫らした顔。
ヤケになって、機内で冷やさなかった罰ね。肌もいつもほど完璧じゃない。やんなっちゃう。
慌てて髪を直して微笑んだわ。
イケメンな彼は、すかさず鞄を持って、エスコートしてくれたわ。しかも何一つ嫌味じゃないの。私はただ気持ちよく歩くだけでよかった。
しばらくして気づいたわ。ただのイケメンじゃない。あら、かのサムライギャルソンじゃないって。
言い訳をすると、サムライギャルソンの普段着姿なんてはじめてだったから分からなかったのよ。
私、婚約者を色仕掛けで取られたの。学園を追放されて、この私が海外にまで逃げる羽目になった。
惨めな気持ちで出国ゲートを後にしたわ。
しかも用意された席は、ファーストクラスではなく、ビジネスクラスですらなく、エコノミーとかいう狭いシートだったの。
愛を喪い、プライドまでも折られてしまった私は、悲劇のヒロインに浸るには十分な資格を持っていた。
私の涙は安くなくってよ。それなのにたくさんのひとに見られてしまったわ。ほんと、やんなっちゃう。
周りのすべてに認められていたこの愛が崩れる日なんて、ついこの間まで想像していなかったの。
財力も格式もある家に生まれついたわ。学力も体力にも優れ、審美眼も確かなものを磨いてきた。
私の頭のなかは、如何に社交で主導権を握るかでいっぱいだったの。どちらの婦人にどのようにして気に入られようかしら。何れはどなたに失脚してもらえば、ポジションを上げられるかしら。
先をみすぎて、足下を疎かにしたのだわ。慢心していたのよ。そして私こそが失脚したの。
愛を高めるのは十八を過ぎてからだと思っていたわ。淑女の良識は、色欲に負けたのよ。
私を見る彼の目つきに怖気付いたのがいけなかったのね。だって彼は膨らんでいく私の胸ばかりを、いつも見ていたのですもの。
彼の欲望には気づいていたわ。体育のときに他の男性を目線で威嚇する彼は、独占欲を露わにしていて、だから私も次第に気持ちよくなっていったわ。それで愛に自信を持ってしまったのよ。
でもそれを明からさまにするのは、紳士としてよくないわ。弱味になってしまいますもの。
――――どうすれば良かったの?
満足させてあげれば安心した? 離れていかなかった?
私、彼がちゃんと己を律する力があるところを、幼いあの日に尊敬したのよ。尊敬して隣に立ちたいと思ったの。そうして私は婚約者の彼に恋をした。
手を抜くことが悪いなんて言わないわ。でも成長するにつれて、手の抜き方が誰から見ても分かりやすくなってしまった彼に、私は諌めもしないで、ただ身体で籠絡すれば良かったの?
キスをするときに、制服やドレスの上から身体を触られたことは何度もあったわね。私はプライドをかけて泣きもしないで声を堪えたわ。息を止めていたんだから、呼吸が乱れるに決まっているじゃない。それなのに息を乱す私に、彼はいつもにやりと笑った。
でも中学生や高校生のうちに彼の前で服を脱ぐだなんて憚られること。淑女のすることではないわ。
それでも可愛く恥じらってみせた。分かりやすく拒んだわけじゃないわ。
でも好きにしてと言わなかったから、胸の小さなあの子に彼は陥落させられてしまった。
中庭で見かけたとき、彼は膝の上に乗せたあの子の制服のなかに両手を入れてニヤニヤ笑っていたわ。
私だけが目撃したのではなくってよ。
たくさんのものを背負いながらも毅然と立つはずの彼は、もうすでにモラルを失っていたの。
学校ですわよ?
そこからはもうなしくずし。
私の好きな彼が、好きな彼のふるまいが消えて汚れていくの。為すべきことを為さず、愚かなことを繰り返す。
私は彼を立てるために、試験はいつも手を抜いていたわ。それはあの子との不純異性交遊が明らかとなってからも、変わらなかった。それなのに彼は学年一位の座から滑り落ちた。彼だけではないわ。あの子と噂になったことのある男性生徒が軒並み成績も落としたわ。
糾弾されたときではなくて、私はきっとあのときには諦めてしまっていたんだわ。そして彼を引き戻さなかった。
そうね、愛を喪って涙を流すなんて私らしくはないわ。去りゆく彼を落ちていくままにして、努力を怠ったゆえに愛は去ったのだから、自業自得というものだわ。
◇
でも捨てる神あれば拾う神あり。粋な計らいもあるものね。
私が判断を誤ったから、罰としてのエコノミークラスだと悟ったわ。ますます涙が止まらなかった。それでも窓際の席であるだけ、情状酌量の余地があるってことねだなんて、私は悲劇に酔っていたけれど、それは彼の一族へのパフォーマンスであって、私が間違っていたの。失意の娘をエコノミークラスに座らせる代わりに、極上のサービスタイムが用意されていたのよ。
どん底まで落とされたと思っていたのに、まさかここでサムライギャルソンに出迎えられて、しかもエスコートされるだなんて、夢にも思わなかったわ。
――――だって、みんな彼にエスコートされたいと思っているのよ。
せめて、一曲でいいから一度は踊って欲しいと、若い女の子たちみんなが望んでいるサムライギャルソンが目の前にいて、私をエスコートをしてくれているのよ。たまらないわ。信じられない。
サムライギャルソンは謎に満ちたお方なの。いいえ、出自は知れているの。でもね、どちらの学校に通われていらっしゃるのか分からないの。ご兄弟のなかでおひとりだけ学園には籍を置かれていなかったから。
そして、いつも外国の婦人たちに囲まれて、外国語をいくつも駆使しておしゃべりをしているの。話に入り込める隙間がないの。そんなふうに婦人たちが決して手放さないから、サムライギャルソンは私たちとは踊ってくれたためしがないの。
いつも彼の腕にいる婦人たちは満足そうにしていたわ。
そう、知らなかったわ。アメリカで学生をしていただなんて。それも学位を二つも狙っていたわ。
まあ明日はヨセミテに連れて行ってくださるんですって。
――――今日だけのサービスではなくって?
哀しくて辛い気持ちはそのままあるけれど、サムライギャルソンが導き手なら、こっちの生活だってそんなに悪くはないんじゃないかしら。
そんな予感がした。
◇
帰国してまもなくでしたの。
元婚約者がついにあの子から離れたと聞いたわ。
社業に目を向けたと伺いましたの。ほっとしましたわ。
そんなわたくしの少しばかり揺らぐ気持ちは、彼からふたりのやり取り用にと、二人で見たあの国のきれいな光景を背景にした、お手製のアプリを贈られて霧散しました。だってそこから彼の深い愛が伝わってきたのですもの。
直感的なインターフェイスやスムーズな画面の切り替わりは、わたくしが使っているスマートフォンを開発したアメリカの亡き天才を思わせましたわ。
ものすごい完成度だったわ。
それがわたくしとたった二人で使うものだと思ったら、わたくしのためだと思ったら胸が詰まったの。
このアプリを作るのに、彼はどれだけの調整を惜しまずにいてくれたのかしら。
このひとは本当にすごい人なのだと、大切にしたいと思ったのよ。
この気持ちを一生忘れたくなくて、わたくししっかり日記にも書き留めましたの。




