★ 星のまたたく夜です
みなさん、こんばんは。星のまたたく夜です。
わたくしヤナーカーはこの度婚姻を結ぶことになりました。
オトナになって、夜着のデザインにも慣れました。はじめは似合わなかったそれも、次第に身体つきがかわるにしたがい、不自然ではなくなりました。
胸元や背中が大きく開いた服も恥ずかしくなくなりました。ベタベタとしたオイルを身体に塗られることにも慣れました。何年も魔法を使えない生活はとても辛く苦しいですが、それでも諦めることに慣れました。
そうやってたくさんのことに慣れて、王家のひとがお選びになった旦那さまの許へ嫁ぐこととなりました。
わたくしの魔力器は同じ世代ではもっとも大きいことが分かっていましたが、どうやら同世代の方とは釣り合いが取れないほどに魔力器が頑丈でもあるようでした。
学校は器の相性を測る場でもありますから、お相手は同世代の方にはならないだろうということは、それなりの年齢になってしまえば、おのずと知れます。
きっと、年上の方だろうと思っていましたが、まだ特定のお相手がいない方はどの方も魔力器の大きさか頑丈さのどちらかが合わないのです。
ですから、旦那さまが選ばれるまでには、思いのほか時間がかかりました。
多くの場合、一人目の子どもは魔力器がことさら大きいけれど脆く、後の子になるにつれて魔力器は小さいけれど頑丈なことが多いのです。
それにもかかわらずわたくしやお兄さまの魔力器が頑丈なのは、お父さまとお母さまが珍しく好きあって結ばれた仲だったからです。
両親は貴族の生まれではありましたが、長男でもなければ長女でもありませんでした。つまり貴族の血を享けながら子を残す義務を負わない立場だったのです。
後を継ぐ男と女の子どもを産み落とせば、貴族としての義務は終いになります。別れることこそゆるされませんが、公に愛人を持つことがゆるされます。
また女性の場合は、再び魔法を使うことも、精力的に外を出歩くことも、仕事を持つことでさえ、ゆるされるようになります。
父も母もそれぞれの祖父母がその自由を得てから生まれたのでした。
父方のお祖母さまはあまり活動的ではない女性で、義務を果たした後も魔力を縫い物に込める程度で、さして使わなかったそうです。そして、お祖母さまはお祖父さまを深く愛していました。お祖父さまには複数の愛人がいましたが、お祖母さまにはいませんでした。父はお祖父さまとお祖母さまの間に、魔力の器の大きい第五子として生まれたのです。
わたくしは母方のお祖母さまに似たのかもしれません。
母方のお祖母さまはとても活動的で、貴族の義務を果たし終えるや否や、自身の弟妹を呼び集め魔法の勉強に勤しみました。魔力の器は小さいのですが、よりよく使うコツを知っておられました。そして世に出たのです。
義務を果たし終えたあとに生まれたお母さまは、祖父の子どもではありません。お祖母さまは、お愛しになった方との間に子を成しました。魔力器が合わなければ滅多に子どもが生まれることはありません。
お爺さまは特に魔力の強い方でしたので、お祖母さまはたくさん子を産まれたわけではありませんが、お母さまも叔父さまも思いのほか上の兄姉をこえるほどに大きな魔力器に恵まれ、そしてそれはとてつもなく頑丈なものでした。稀に魔力器の相性が合えば、注がれた父親の魔力が変換され、母親よりも大きな魔力器を持つ子どもが生まれるそうです。
そのような誕生の背景を持つお父さまとお母さまは、オトナになって寄宿制の上級学校を出て、最上級学校で知り合いました。
最上級学校は魔力が強い者しか入れません。義務から逃れ出た者や、義務を免除されたわたくしの両親のような弟妹が入る学校ですから、もうそのなかでは自由恋愛が推奨されるそうなのです。
両親はそのようにして自由恋愛下で結婚しましたが、残念なことに宿った兄の魔力器が明らかに大きく、新たに叙爵されてしまったのです。
元々貴族として生きるつもりも覚悟もなかった両親ですから、生き方も当然そのようになり、わたくしはメイド長や執事といった国から派遣されてくる監視人たちのもと、お兄さまとふたり寄り添うように暮らしてまいりました。
わたくしの弟妹は上級学校や最上級学校の間にみな早々に恋愛結婚をしました。しかし、お兄さまやわたくしはお相手の用意が難しいようで、嫁入りはこんなにも遅くなってしまいました。
お兄さまに至ってはまだあと何年も待たなければならない有様です。
わたくしやお兄さまの魔力は、相手のそれを喰い潰すような強さを持っていました。ともすれば魔力に喰われてしまうと見做されました。ほとんど問題になった試しのない濃さという問題を抱えたのです。
お兄さまのお相手は外つ国から来ることになりそうです。
そしてわたくしのお相手は、今日ようやく成人を迎えオトナになったばかりの方に決まったのです。
わたくしは旦那さまが成人を迎えるまで待つことになりました。わたくしがオトナ扱いをされるようになってもう六年になります。そのあいだに髪は様々な濃色を渡り歩き、ついには漆黒となり、それでもおさまりきらず長く長く伸びていきました。
通常であれば、旦那さまの成人から婚姻までは数年の猶予があるのですが、もうだれかにふれられるだけで魔力が混じり合おうとするほどになっていました。うねる魔力がいまやお兄さま以外の魔力を喰い潰していました。
切羽詰まった事態に結婚は早められ、旦那さまの成人とともに結婚することになったのです。
家の差配をして、夜には旦那さまを受け入れる。それが貴族の新妻の役割です。
できるだけ早く一男一女を成すことが求められます。
たくさん旦那さまから注がれることで生まれる子どもは、様々な場所から魔力を集める能力が高まり、更には魔力器の強度が増すと言われています。
婚姻を交わしてから最初の子どもが生まれるまでは初蜜月と呼ばれ、仕事の半減が認められるほどです。
今日からは既婚者用の夜着を纏います。オトナになってから着るものと同じようなデザインですが、生地はより薄くなりました。
くれぐれも旦那さまの言うとおりにするよう、布団を着せかけるメイド長に最後の注意を受けます。明日、旦那さまに連れられて家を後にするため、当家に割り当てられたメイド長からアドバイスを受けられるのはこれが最後となるでしょう。
なにがあっても痛がらないよう。もしも、旦那さまがやる気を失われてしまったら、胸を目の前に差し出すこと。魔力の詰まった旦那さまの生命は必ず赤子袋に放ってもらうこと。旦那さまがどうしてもしたがらない場合は、年上のわたくしが主導すること。そしてその術について。
それはこんこんと旦那さまが寝室をノックするまで続きました。
「はじめまして、どうぞいく末長くよろしくお願い申しあげます」
「こちらこそ、いく末長くよろしくお願い申しあげます」
深々と挨拶をし合うと、メイド長が下がっていきました。
わたくしはほんの少しだけホッとした気持ちで、入り口に立つ旦那さまを、布団を纏ったまま呼び寄せました。
「旦那さま、どうぞこちらにいらっしゃって」
こくりと頷いて歩いてきた旦那さまは、まだお小さくていらっしゃいました。
今振り返ると、オトナになったときのわたくしもずいぶん幼かったように感じられます。夜着を纏う身体はずいぶんと貧相だったように思います。
旦那さまも今の時間まで、なんらかの指南をお受けになったのでしょう。
くちびるが重なり、歯ががちがちと当たりました。
違います。魔力があふれ出ることに震えているのです。
わたくしも次の瞬間には鈍く声をあげました。
旦那さまから逆に奔流のように魔力が押し流されてきたからです。初めての経験でした。
旦那さまの舌が、わたくしの開いた口から舌を奪いました。ふぁと耳障りな声が喉から漏れました。触れ合わせた舌から魔力が互いを押し流そうと反発し合い、ぴりぴりと刺激しあうのですが、これが存外に、痛気持ち良いのです。
旦那さまがぎしりとベッドに片膝をあげました。旦那さまに髪をかきなでられるだけで、ぴりぴりと魔力がざわめくのです。
「旦那さま」
どうして国家が伴侶を選ぶのか分かった気がします。
口づけの合間に、わたくしの髪に手をすきいれるだけで、旦那さまも似たような恍惚に満ちた顔をしていました。
旦那さまが布団をはぎとり、息をのみました。
わたくしは恍惚に酔い、しどけなく座ったままでした。薄い夜着からは身体のすべての色と線が透けて見えることでしょう。
「あなたにふれても……」
「旦那さまのためのお身体でございますれば」
そっとその手をとります。心地よい痺れに襲われながら、その手を薄布越しの胸に導きます。
そのしびれに思わず声がもれました。旦那さまもびくりと驚き、思わず手を引かれそうになりました。
「気持ちがいいのです」
「そうなのか」
「ええ。だんなさまも」
ベッドに上がってきた旦那さまの、同じように薄い布越しの胸にふれました。
うぁと声をあげただんなさまはしばらくその刺激にふれてから、わたくしの手首を掴み引きはがしました。
「これが魔力?」
「そうなのでしょう」
「驚いた」
旦那さまはばふんと音を立てて、ベッドの上で仰向けに横たわりました。両腕を広げると、その片腕の上を指しておいでとおっしゃいました。
わたくしは静かに、だんなさまに腕を枕に横たわりました。引き寄せられて、ぴりぴりとあたる面積が増えます。
旦那さまも横向きになって、ぴったりと抱き寄せられました。
その刹那より、魔力が恐ろしい勢いで循環しはじめたのが分かりました。自分の身体がまるで自分ではないようです。
はっはっと、全速力で走っているかのように、お互いが短く息を詰めて、その襲いくる奔流にたえました。
「旦那さま」
「父に言付かっている。今夜はこのままで」
「えっ? 教わったことと違いますけれど、このままなんですの?」
「強い魔力を持つもの同士が沿うときは、充分にまず魔力を馴染ませ合わねばならないのだそうだよ」
「そうなのですか?」
「我が家は代々魔力がとても強いから。ひどいひとは強すぎる刺激に、昇天してしまうのだとか」
「気持ちが良すぎると気を失うこともあると聞いておりますが」
「あはは。違うんだよあのねお嫁さん。本当に二人とも朝には冷たくなって、見つかることもあるんだって。だからどんなにお嫁さんが薄着をして、その色っぽい誘惑に負けそうになっても、何日かかけて魔力を馴染ませ合うまではキスして抱きしめるだけにしておきなさいと、こんこんと言い聞かせられてから、こちらに来たんだよ」
「そのようなおはなしは、はじめて聞きました」
それは、メイド長の話とはずいぶんと異なりました。
「うん。だって魔力が特別強くなければ、こんなに魔力同士もぱちぱちすることもないでしょう?」
「それは器の強度に耐えられないということでしょうか」
「うーん。牽制し合うのではないかな。お嫁さんもご家族以外に自分と変わらないほど強い魔力を持つひとに、会ったことがないでしょう? このバチバチとするショックがいけないみたいだよ」
抱きしめられて、寄せ狂う魔力同士の刺激に反り返った背中を撫でながら、だんなさまがおっしゃいました。しきりに細くなっていく腰のあたりを撫でさすられました。
ずっとぱちぱちとあぶくが弾けるように、表皮を魔力が蠢いていました。
次第に疲れを感じ、わたくしは旦那さまの言葉に甘えて眠ることにしました。
おやすみなさい。
翌日になりました、おはようございます。世が真白に思える静謐な朝です。
今日はお兄さまとお別れをします。
これまで、たった二人きりで永きを凌いできました。
お兄さまとそっと抱きしめ合うと、同じ両親から生まれたがゆえに性質を同じくした魔力同士が、なんの反発もなく循環していくのが感じられました。
あまりにも自然で心落ち着いて、別れが淋しくて仕方ありません。
「ヤナーカス」
お兄さまは微笑んでそうおっしゃいました。
「リープラス」
わたくしもお兄さまを寿いで、生家を後にしました。
旦那様のおうちは意外にも、わたくしの生家より開明的と申せばよいのでしょうか、明るい家をしていました。
わたくしと旦那さまは、最初の日から揃って叱られることになりました。
パチパチと弾ける魔力で、お互いに肌を真っ赤にしていたのです。
パチパチが落ち着くまで、旦那さまと抱きしめ合うことも禁じられました。許されたのはくちびるをそっと合わせるキスと、指先だけのふれあいだけ。
やがて魔力も反発し合わなくなり、階段をのぼることになりました。
ありがたいことに、旦那さまは短い時間でたくさんのぬくもりをくださいました。長く苦しいものだと女官長からは聞いておりましたので、そうではない旦那さまに恵まれたことに安堵する思いです。
その代わり、旦那さまは赤子を孕んで変化著しい胸をことさら気に入られたようで、毎日とても大切に扱ってくださいました。
立て続けに二人の赤子を生みお役目を終えるまではあっという間で、私が魔力を再び魔力を使う許可を得たとき、旦那さまはまだ一四歳でした。
まだ旦那さまの周りの方々は結婚すらしていませんでした。
旦那さまのご家族は皆さん魔力が強く、子生み明けにどうやって魔力を使い慣れていくかにもよく通じていました。
生家とは違い、家伝来の高い出力を必要とする日常魔法がいくつもいくつもありました。
それは家中の埃を常に排除するものであったり、家に居つく小さな生命を追い払うものであったりしました。やっぱり魔力を常に使えると身体の中の澱みがなくなったようで、落ち着きます。
授乳を終える頃には魔力がすっかり落ち着き、私たちはそれぞれ通える学校に復学することになりました。
旦那さまとは社交の場で会います。
旦那さまと踊ると、久方ぶりのためか余計にぴりりとする魔力の循環を心地良く感じます。
お役目は終えたけど、そのような日は旦那さまと一緒に眠ります。学業のため普段はお会いする機会が少ないからか、身体が成長してきたからなのか、むしろ以前より時間をかけて楽しめるようになりました。一晩中飽くことないといったことも珍しくありません。
旦那さまのおうちは生家とは異なり、子どもを別の棟で育てはしないのでした。
乳母が子どもをあたりまえのように毎日自室につれてくることに初めは驚くばかりでしたが、今ではもう慣れたものです。わたくしがどうすればよいのかは、幸いなことにリープラお兄さまが教えてくださっていました。
わたくしはやってきた子供たちひとりひとりと目を合わせ、順繰りに抱きしめました。そうすると幼いわたくしがそうしていたように、子どもたちもそれぞれに話をはじめるのでした。
子どもたちの目には、旦那さまとわたくしはとても仲良しに映るようで、子どもたちももっと構われたいと言うのでした。わたくしはお兄さまがそうしてくれたように、ピクニックに行くことを提案しました。
旦那さまはそのうちどなたかに恋をするかもしれません。
わたくしとて、恋をしないとも限りません。
それでもわたくしはようやく今幸せというものをつかみかけているような気がします。
きっと周りからみると超恋愛夫婦に見えると思います。
そんな夫婦でも悩みはこのようにあるのです。
彼らの場合はビリビリの刺激も恋愛の秘訣なので、たぶん他の恋は起こりえません。
ですからこの物語は間違いなくハッピーエンドです。
旦那さまの家系はビリビリ家系で総じて奥様とうまくいくため、そもそも旦那さまには恋人を他に持とうという発想や関心がないと思われます。たとえどこかの令嬢に抱きつかれても、愛しの奥様と違ってビリビリしないのですから。
奥様をいかにぐずぐずに溶かすかに萌える人生を送ることと想像しています。
この物語は2015年に書きました。
原題は「朝の描写は様式美です」
第三回なろうコンの一次審査結果のページを拝見して書きました。選者の方が朝からはじまる小説ばかりで食傷されているような評を書かれていたように記憶しています。
朝の様式美ではじまる小説が、今後滅亡しませんように。
当時は読み専ながら不思議に思い、このように検討してみましたが所詮はこのような出来でした。
個人的には朝の様式美からはじまるおはなしはとても好きなので、その後実際に減ってしまいましたがなくならないでほしいと思っています。