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ほんのひと匙  作者: 遠津汐|和田貫
ヤナーカス ★ ≪荒原稿・完結≫
13/15

★ 小鳥のさえずるすてきな朝です

yanakābhyām

ヤナーカーのためのおはなし

もしくは愛を知らない兄妹が不器用に愛情を紡いでいくおはなし。

 

R15のような気がします。

全3話です。

 

 

 みなさんおはようございます。小鳥のさえずるステキな朝です。

 今日でわたし13歳になります。


「ヤナーカー様、おはようございます。本日はおめでとうございます」

「あら、シィーおはよう。今日でついにわたしもオトナね」

「左様でございます」


 目をこすってベッドから滑り降りて、絹のスリッパに足を入れます。夜着のうえのガウンを整えて、今朝でこの夜着とはお別れなんだわと気づきました。

 さみしいけれど、それがオトナになるということです。


「今日のジャムはなにかしら。鳥さんは卵を産んだ? スクランブルエッグはつくかしら?」

「もちろんでございます。お誕生日特典で、ご用意させていただいております」

「わあ、それ嬉しいわね。楽しみね」


 重い目でぱちぱちと瞬きをします。クローゼットで着替えてから、続きの間に移ります。いつもなら制服を着るところですが、もうそれも昨日でおしまいです。学校のお友達との別れはもう済ませていました。

 選ぶようにと見せられた数枚のワンピースは、どれもはじめて袖を通すオトナ用のデザインでした。裾が長く、髪がよく見えるように胸元と背中が大きく開いています。


 もう好きな色を好きなように着ていいこども時代は終わったのです。

 白金の髪を結婚前の女性らしく結いあげられ、はじめてのお化粧を施されました。


 私室に移動すると、朝食を並べていたグムが、わたしを見てイスを引いてくれました。

 そうです。今日からは淑女として決して自分でイスを引いてはいけなくなりました。今日から結婚する日までは、身の潔白の証立てに、いつでも必ず付き添いを連れ歩かなければならないのです。


 スクランブルエッグはふわふわのトロトロでした。調理室ではなく、控え室で拵えてくれたのでしょう。優しさに口の端が上がります。白いパンもあたためられていました。

 食後にフレッシュジュースが出て、顔を上げました。


「ヤナーカス」


 グムはそう言ってパチリとウインクをしました。名前の語尾を「〜as」と変えるのは、捧げ物を通じてあなたに幸運をと神に希う祝詞です。

 オトナであれば、朝食後にはハーブティーを飲まなければなりませんが、捧げ物では仕方ありませんね。


「グメナ」


 わたしはそう応えて飲み干しました。神様に「〜ena」からの贈り物なのだと告げ、贈り主への幸運も祈り返すのです。

 酸っぱさと甘みのバランスのよい、とびきりの美味しいジュースでした。憂うつになりかけていた気分も吹き飛ぶ美味しさでした。わたしはにっこりと笑います。

 神への捧げ物を装った、ささやかだけどとっても素敵な誕生日プレゼントでした。


 メイド長の迎えで私室を出ると、大理石の広い廊下がひろがっています。調度品が全て問題なく揃っているのを確認しながら二階を一周します。これがお兄さまから引き継いだわたしの家での務めになります。


「問題はないと思うのだけれど、あなたはどう思って?」


 付き従ったメイド長に呼びかけました。


「仰せの通りでございます」

「そう。良かったわ。わたしに見落としがあれば、咎めないからしばらくの間は指摘してちょうだい」

「それでは、本日からはどうぞわたくしと仰ってください」

「あら、本当だわ。これからはそのようにいたしますわね」


 着慣れない裾の長いスカートを、踏まないように気をつけながら階段を降りました。

 二階と同じように全ての階の見回りを終えシィーの待つ私室に戻ると、今度こそハーブティーが運ばれてきました。もっとも魔力を高める朝摘みのフレッシュハーブティーです。

 今日からわたしが分別することになっていたお手紙は、昨夜のうちにお兄さまが済ませてくださっていました。お手紙は午後からしか届きませんから、これで早くも午前のお務めが終わってしまいました。まだ太陽が真上にはほど遠いです。しょんぼりです。


 これまでなら、誕生日に学校に行けば、みんなが祝ってくれていました。それなのにすることもなく、今日はひとりぼっちです。さみしいです。


 わたしも寄宿制の女学校に通いたかったです。わいわいと毎日がとても楽しいに違いありません。

 もしもヤナーカーが長女でなければ、そういう話も出たでしょう。

 しかしヤナーカーは、お嫁に行ったさきで館を取り仕切る女主人となる身なのです。ですから、館を整える方法を今のうちに学んでおく必要がありました。それは学校では学べないことです。


 身分の高い女性は、不用意に外に出てはいけません。様々な誘惑と危険が待ち構えているからです。

 いつかその日がくるというのは、分かっていたことです。


 昨日の夜、ヤナーカーは子ども時代を惜しんで泣きました。たくさん泣きました。

 お兄さまだって、それもあって手紙の区分をしてくださったのかもしれません。

 腫れぼったい瞳ははじめてのお化粧が隠してくれていますが、また夜になると泣いてしまうかもしれません。

 分かってはいたけれど、学校に行けなくなるのも、楽しいおしゃべりができなくなることも、それになにより魔法の勉強をもうしてはいけないことが、悲しくてしかたがないのです。


 男の子に生まれたかったです。

 ヤナーカーは何度もそう思ってきました。今日もまたそう思わずにはいられませんでした。


 男の子は学校を辞めなくてもいいのです。むしろこの先は、もっと難しい世の中の仕組みを学んでいくことになります。剣の練習も本格的にはじまります。魔法ももっと上級なものを習えるのでしょう。もちろん、外に出てはいけないという決まりもありません。

 ヤナーカーは庭にすら自由に出られないというのに。


 どうやら引き止めにあって遅れているようですが、あと数日もすれば、新しい家庭教師が着くでしょう。

 家庭教師はヤナーカーを飽きさせないように、刺繍や織物など、決して服や髪を乱さないで危なげなく家で楽しめることを、教えてくれるでしょう。

 そのうち作法をマスターすればお茶会を開くこともゆるされるかもしれません。流行りの紋様を覚えれば、館の模様替えを任せられるかもしれません。

 分かっています。

 外に出られないからこそ、少しでも気が紛れるようにと、女性には数多くの服や装身具を買い、模様替えをすることがゆるされているのです。


 貴族の長女であるヤナーカーは、いつか生むことになる赤ちゃんが魔力のない子にならないように、魔力を早いうちに証明しなければなりません。

 証明できたあとも、子どもを生むために魔力はとっておかなければなりません。

 幼いころからヤナーカーの魔法は人一倍大きく発動しました。いつでも余裕をもって魔法を使えるヤナーカーは、魔法が得意でした。どんなに連発しても髪色が真っ白になることはありませんでした。

 魔法はヤナーカーを愛していましたし、ヤナーカーもまた魔法を愛していました。


 しかしこれからは、婚家で一男一女を生むまで決して魔法を使ってはいけません。

 なぜなら、生まれる子どもが身のうちに溜められる魔力器の大きさは、母親の胎内で決まります。時間をかけて母親の身体に馴染んだ魔力が、へその緒を通じて胎児に送られ、魔力器を形成していくのです。そのとき子どもに送られる魔力が多ければ多いほど、よく馴染み質が高くなった魔力ほど、生まれてくる子どもの魔力器を大きく育てるのです。

 ゆえに貴族の女性はオトナになると魔力を使うことを禁じられ、一男一女をもうけてはじめて、また魔力を使うことがゆるされるのです。それが衣食住に困らない貴族に生まれた女性に課せられた、なによりもの義務なのです。

 より魔力の釣り合う男性と結婚するために、これから身の魔力を高めていくヤナーカーは攫われないように、とっさに魔法を使ってしまわないように、男に惚れて身を捧げないように、家にいなければならないのです。

 魔法を使っていないか確認する監視役を置かれながら暮らすのです。


 ヤナーカーができることは新しい暮らしに慣れることでした。楽しむ振りをするうちに、本当の楽しみがうまれることを今は祈るばかりです。


 昼を過ぎれば両親も起きてくるでしょう。夕方になれば、家族が揃うでしょう。

 両親も兄も弟妹も誕生日を言祝いでくれるでしょう。

 ヤナーカーも返礼のエナにほんの微かに魔力を載せることくらいはゆるされるでしょう。もしかすると他にもゆるされる小さな魔法をだれかがこっそりと教えてくれるかもしれません。

 いつかはこの悲しさも消えるでしょう。


 やがてヤナーカーが開く茶会には、ご令嬢だけではなく歳の離れた男性衆が、ぽつりぽつりと訪れることになります。

 魔力が溜まりきって、髪色が濃く染まりきるころには、ヤナーカーの結婚も決まるでしょう。


 さあ、みなさんそろそろ軽食にしましょう。鳥もさえずるほがらかな昼下がりです。

 わたしは今日、オトナになりました。

 

 



名詞変化で異文化感を出そうとして失敗したおはなしです。

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