表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほんのひと匙  作者: 遠津汐|和田貫
悪役ご令嬢 ≪番外≫
1/15

悪役、外国の空港にて

 あらあら、ごきげんよう。


 わたくし日記をつけていましてよ。

 お話のタネはいつだって必要でしょう?

 ですから小さなころからずっと書いておりますの。


 日記なんて自分のものですからね、決して丁寧な文章ではありませんけれど、ご覧になりたいのでしたら構いませんわ。

 どうぞお読みになって。



 そうね。

 この日なんて、どうかしら。


――――私がサムライギャルソンと出会った日のことよ。



◆『ヒロインよりも悪役令嬢が一途さに萌えるんだが』(N9467FT)

 (第五部冒頭、あるいは第四部差替相当)



   ◇


 



 人前で婚約者にこっ酷く振られて失恋をしましたの。居た堪れないどころか、悪役令嬢さながらに、アメリカに留学させられたわ。出国手続きに送り出して、後ろでキスするとかもう最悪。

 そこまでしてひとの純情を踏みにじりたいだなんてドSも極まれりね。



 勝手に全部を決められていた留学先はアメリカの西海岸でしたわ。

 アメリカ本土はN.Y.にしか行ったことがありませんのよ。自分で決めたわけでもありませんでした。そのうえ、準備期間は一週間しかありませんでしたの。荷物をチェックして、それから部屋に置かれたものから、要らなくなってしまった思い出の品を泣きながら捨てるだけで終わってしまったわ。


 一人旅なんて初めてでしたの。誰かが付いてくるはずだとわたくし高を括っていました。

 でも向こうの空港にお父さまの知り合いの方が待っているからと、それだけ。


 しかもエコノミーですって。

 いつもエグゼクティブラウンジから専用ゲートを通っていたわ。だからそんな席が実在していることも、手続きには並んだりするってことも始めて知ったわ。


 見渡したのだけれど。

 それらしいひともなにも、分からないひとだもの。

 見つけられるはずがない。


 困っていたら、少し向こうで大捕り物があったわ。

 なんか揉めていたのよ。アングロサクソンの若者グループとラティーノのグループが。盗ったとかそっちが盗ったんだろうとかそんな会話。

 若者グループの一人がガンを取り出して、ここはアメリカなんだとびっくりしましたわ。よせよって仲間が止めているのに、酷薄な顔をしてその銃口を仲間に向けたの。


 みんなが逃げろと言ったわ。

 アメリカのひとって、みんな声が聞こえても振り返ったりしないの。その一瞬が、そのスピードが生死を分けてしまうから振り返らないのですって。

 ついでに言えば、日本人は驚いた顔と恐怖に濡れた顔の区別がつけられないらしいわ。だから自分の目で確認しようと、ついつい振り返ってしまうのですって。

 乱射できるようなガンではなかったけれど、流れ弾もあるでしょうし、何発かは撃てるものなのでしょうね。


 皆が一目散に射程圏外に出ようと走り出したときよ。

 後ろから近づいたアジア系男性がガンをたたき落として、三秒以内にはそいつを大きな音を立てて投げ飛ばしていたの。受け身がうまくできなかったのか、ガン男は唸っていた。


 固めてもいいかと仲間の許可を得て、すぐに押さえつけていたわ。

 わらわらと周りの男性もやって来て、押さえつけるのを手伝った。屈強なネグロイド男性二人組が任せろと言って代わっていたわ。あまりにもガンにびっくりしたからなのか、若者たちからラティーノのグループにジャケットが返却されて、あっさりとゆるしてた。それからでかしたと、数人の男に揉みくちゃにされているアジア系男性の肩を組んで話しかけてた。


 驚いたわ。

 そのアジア系の男ってば、外国語には外国語で返しているのだもの。相手だって思わぬ母語に驚いては喜んでは抱きしめられている。

 何ヶ国語でも、違う言葉で返事をしていたの。

 テコンドーや柔道空手という言葉が何度も聞こえてきていたわ。


 警備かしら、それとも航空警察かしら。

 まもなく制服を着た人たちがやってきて、きっと事情聴取ね。

 関係者はみんな行ってしまったわ。


 それにしてもわたくしの迎えは来ないわね。さきほどのアレで逃げたのかしら。なによチキンな男ね。


 やんなっちゃう。

 到着時間はたしかに前倒しだったわ。

 でもそんなことは掲示板を見るなりネットを見るなりで分かるはずよ。まったくもう、父の知り合いとはいえ、なんて使えない男なのかしら。

 もうすっかり失恋の涙も乾いてよ。まだ見ぬ駄犬め。

 思いつく限り罵っていたら、少しだけ気が休まったの。ダメよ涙なんてキャラじゃないわ。


 そうやって、三十分くらい待ったかしら。さっきのアジア系のひとが焦ったように戻ってきたわ。

 あらこのひとも誰かと待ち合わせだったのかしら。恋人とかしら。

 そんなことを考えていたら、あら、目があったわ。えっ、こっちに来たわよ。

 あらまあ、呼ばれた名前は間違いなくわたくしのものですわね。これはちょっと予想外だわ。


 そのひとはわたくしの縦ロールをじっと見たわ。悪かったわね、癖っ毛なの。縮毛矯正をしても三日で戻っちゃうのよ。

 だけど遅れたお詫びにって、ビロードのリボンをくれたわ。

 バカね、あなたが遅れたのはみんなを守ったからじゃない。わたくし知っていてよ。


 どんなおじさまかなと思っていたけれど、切れ長のイケメンだっただなんて予想外だわ。年だってお兄さまと変わらないくらいかしら。

 お父さまも今さらイケメンを用意するだなんて、なんなのよ。

 さては娘を面食いだと思っているのね、失礼しちゃうわ。


 ああ、目を見てくれてる。違うわ、目許を見られてるのよ。


 そうよね、このひとはわたくしの失恋を知っているのだわ。

 恥ずかしいわね。やんなっちゃう。


 もうものすごく待たされたのですからね。嘘よ、空港で乱射事件に遇わないで済んで心底からホッとしたわ。

 みんなを助けてくださってありがとう。

 わたくしの一日目を怖いものにしないでいてくれてありがとう。


 でもなにも言わなくても荷物を持ってくれて、しかも車のドアを開けてくれたわ。あのひとでさえそんなことしてくれなかったのに。

 しかもそれが当然のことのように自然だった。


 あらやだ、ちょっとお待ちなさいな。

 もしかしてこの方サムライギャルソンじゃなくって?


 サムライギャルソンのエスコート力の高さは有名だけれど、武道までお得意だなんてどなたも知らないのではないかしら。

 しかも左ハンドルを切る運転もとても滑らかだったの。お兄さまよりお上手だったわ。


 だから、そう。

 魔が差したのではないわ。

 落ち込んでいるわたくしを励まそうと、日帰りでヨセミテに連れて行ってくれる話にも頷いたのよ。


 そうね。高等部の英語でアメリカの景勝地を習ったときから少しは気になっていたのよ。いかにも男の子な雰囲気ですから気になるだなんて零しませんでしたけれど、わたくし本当は大自然を歩くのが好きなのですわ。いつも別荘地にいくときは、お買い物だけではなくて散策ができたらいいのにと思っていましたの。

 ヨセミテはとっても美しかったわ。

 踏みしだく小石の感じ、打ち倒れた倒木。すっと伸びた背の高い針葉樹には姿勢を正したくなって、ため息が出るほどの岩肌にただただ圧倒された。

 空気は本当に美味しくて、滝の水気すら気持ちがよかった。


 ずっと歩きやすいように、スピードを合わせてくれた。

 少しでも楽なルートをとれるように、小さな岩を避けられるようさりげなくエスコートしてくれていた。

 ひとつひとつの景色に満足するまで、ずっと待っていてくれた。


 わたくし思ったの。

 いただいたリボンをつけてきてよかった。


 あまりにも雄大で、わたくしはただじっと見ていたの。彼はなにひとつ追い立てずに、ただわたくしが気がすむのを忍耐強くただ待っていてくれたわ。

 気がすむと、次のビューポイントに連れて行ってくれて、また時計に目をやることなく、スマホに目を奪われることもなく、ただ待っていてくれた。

 おかげさまで、失恋の痛みは随分と洗われたわ。


 あまりにもすごい景色は、破れた恋愛を押し流す力を持っているのね。遅くなってはいけないと幼いころから教え込まれてきたのに、夕日が沈む瞬間まで見てしまったのよ。

 それをただ待っていてくれるだなんて、どれだけ懐の深いひとなのかしら。


 サムライギャルソン、その名に違わず凄いひとだったわ。

 もちろんその名に込められた揶揄のことだって知っているけれど、ねえ。だれかを讃えるのにそんなの関係がないわ。

 空港で武術も言語にも明るいとは思っていたけれど、専門はコンピューターサイエンスだったわ。そうね、ここはその集積地よね。それも学校で習ったわ。

 しかも経営学とのダブル学位取得を目指しているのですって、やるじゃないの。


 さすがマダムキラーと評判のサムライギャルソンだわ。

 わたくし、もう少し彼と出かけてみたいと思ったのよ。



 だから、わたくしこう思いましたの。


(あれ、この国住みやすいかもしれませんわ)



   ◇



 ごきげんよう。

 わたくしの妄想文をご覧になりまして。

 そうね、ちょっぴりドラマチックに盛ってしまったかもしれませんわ。


 そんなことはどうでもいいのよ。


 それより、ぽんぽこなはおバカさんだから、どうやら同じものを二回書いたらしいのよ。

 どうして書いちゃったのよ、ぽんぽこな……。



 せっかくですから、次のページに載せておきますけれど、あちらはいわゆる下書きですわね。

 わたくしきっとあのときとっても怒っていたのよ。

 アンガーマネジメントもできなかっただなんて、わたくし恥じ入るばかりですわ。


 ですからね。

 ちょっとだけ、言葉がお姉さん向けですの……。

 お願いがありますわ。

 できましたら、わたくしの顔をお立てになって、次の次のページまで飛んでいただけますこと?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ