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ほんとは?


今日は敬老の日とやらで学校が休みだった。

最も僕には敬意を払うべき祖父母はもう居ない。道行くお爺さんお婆さんにいつも敬意を払っているつもりなので僕にとって敬老の日とは特別でも何でもないただの休日だ。


ぐっすり眠ろうと思い目覚まし時計をセットしなかったのだけれど、目が覚めて時計が8時になっているのみて悲しい事に僕は一瞬"遅刻した!"と焦ってしまった。

休日の朝くらいは穏やかに迎えたいものだ。

暫くして今日が休日である事を思い出し焦りも吹っ飛ぶ。安堵感に満たされ僕はようやく穏やかな気持ちになりそっと目を閉じた。


10時に目が覚め、自分で眠っておきながら午前がほとんど潰れてしまった事に若干の後ろめたさを覚える。

でも過ぎたことを考えても仕方がないのでコーヒーを飲んで今日1日(正確には半日)の予定を考える。


今から病院に行ってもこの時間は恐らく昼食タイムだからみんながバタバタとしている。だから病院に行くのは夕方だ。ベッドに寝転がってマンガを読んでもよかったけれど折角なので出掛けることにした。


僕が中学生の頃通っていた市民図書館。

数年前のはずなのにとても懐かしい。9月とはいえまだ外は暑く図書館のひんやりとした空気が堪らなく心地いい。


特に読みたい本があった訳でも無いので当てもなくぶらりぶらりと徘徊。ふとドストエフスキーの"罪と罰(上巻)"が目に留まったので手に取り空いてる席で読み始めることにした。

10ページ目あたりで僕はふと思い出す。


"そういえばこの本読んだことあるぞ"


確か中学二年生の頃、その年特有の"とある病気"を患い読んだことがある。他にも相対性理論や量子力学の本を読んだ記憶が蘇る。


内容はそれこそ一分子も理解ができなかったけれど読んでいるという満足感を楽しんでいた。

この罪と罰は難しくて全部は読んでいないが確か主人公が老婆を殺す。それは覚えていたのでそこから読み始めることにした。そこからは本の世界に没頭した。


気が付くと上巻を読み終え僕は時計を確認、まだ2時前だ。下巻を読んで時間になったら借りて帰ろう、そう思い上巻を片付けがてら下巻を…ってあれ?


さっきまであった下巻がない!

ただ僕は諦め切れず店員さんに尋ねることにした。


「あの、ドストエフスキー罪と罰の下巻はありますか?」


「つい1時間ほど前に別のお客様が…」


そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。悪いのは店員さんじゃなく借りた客なのだから。


僕は図書館を出て本屋に向かう。

やはり下巻を読まずにはいられない。無事下巻を発見しほくほくとした気持ちでレジに並んだ。


「あれ?色取くん?」


声をかけられ振り向くと徒花さんが本を片手に僕の後ろに並んでいた。


「あ、あぁ。徒花さん」


先日のこともあり動揺する僕。そんな事を気にする様子も見せず徒花さんは


「なんの本買うの?」


と聞いてきた。


「ドストエフスキーの罪と罰って本」


そう言いながら手に持っていた本を見せると徒花さんは幽霊でも見たかの如く驚いた。


「あっ!それ…私と同じだ!」


徒花さんも同様に手にした本を僕に見せる。"罪と罰(上巻)"


「私さっきこの本を読みに図書館に行ったんだけど誰かが読んでいるみたいで借りれなかったの、下巻だけ借りて上巻は買うことにしたんだ」


「……へえ?」


僕は酷く間の抜けた声を出してしまった。


「色取くんはどうして下巻だけ買うの?」


「上巻は、その、そう!友達に借りたんだ!下巻は無くしちゃったみたいで」


何としてもさっき図書館で上巻を読んでいたのは僕だという事を隠さなくてはならない。僕は知っている。

女子は怒らすと怖いのだ。例え徒花さんのようなのほほんとした人でも一度怒らせれば阿修羅が青ざめるくらい怖いかもしれない。


「次の方どうぞー」


レジの店員さんに呼ばれ"それじゃ、また"とレジに向かい何とか事なきを得る。ふう一件落着。


時刻は2時30分、一旦家に帰るか悩んだがそのまま病院に向かうことにした。


「このままお見舞い行くの?」


「うん、一度帰るのも面倒だし」


……ん?


「ねえ私も一緒に行っていいかな?」


「え?」


さっきレジ前でサヨナラしたばかりの徒花さんが居た。


「お見舞いに行こうとは思っていたんだけど1人だとなかなか…」


「い、良いんじゃないかな?」


許可する権利も拒否する権利も僕には無いので、やや賛同。僕の常套手段。


「わーい!」


恐る恐る僕は病室の扉を開く。


「おー!雫ー!…とあれ?ひーちゃん?雫とひーちゃんは友達同士なの?」


「まあコレには深い訳がありまして…え?ひーちゃん?」


「ひよりぃー!久しぶりー」


僕が弁明する間もなく、徒花さんはベッドに潜り込む。


「もー!狭いよー」


なんて言いながらも彼女もまんざらでもないようで片目を瞑り小さくため息をつく。ともあれ機嫌を損ねて居ないみたいで何よりだ。


「ねえ、この間の約束。教えに来たよ」


「ほんと?よし、今から女子会始まるから雫は出てって!」


「……」


あれ?僕の扱い酷くない?

反論をしても確実に負けるのでこういう場合は素直に従っておくに限る。郷に入っては郷に従え。

男子と女子が同人数居たらその時点で男子の負けなのだ。ましてや女子の方が多い場合なんて言うまでもない。僕は盛り上がる二人に背を向け、黙って部屋を出た。


とは言っても行くあてもないのでブラブラと院内を散歩なんてする訳にも行かず、1階の入口にある水槽をぼんやりと眺めて時間を潰していた。


「あっ!色取くん、ごめんね何かひよりちゃんを横取りしたみたいになっちゃって…」


「え…?」


その言い方だと彼女が僕のものみたいじゃないか、どちらかと言えば所有されているのは僕の方なのだけれど。


「そうそう、ひよりちゃんが色取くんを呼んでたよ」


反論するべきか否かしばらく悩みたかったけれど、悩む時間もなく徒花さんに背を押され、されるがままになっていた。自分が押しに弱いのは自覚していたつもりだったけれど、もはやここまでとは思わなかった。

呆れを通り越して羨望すら感じる。


「それじゃ!また明日ね」


病室の前で徒花さんは来た道を引き返した。


「入らなくていいの?」


僕が聞くと、徒花さんは振り向きもせずに「これから用事があるから」とだけ答えて走っていってしまった。その声は(かす)かに震えていたように感じた。



「雫おまたへー、久々の女子会で盛り上がってさー」


机に広がったお菓子を食べながら彼女はそう言った。


「女子会って…2人じゃないか、会する程の人数じゃないだろ」


「雫は分かってないなー、女子が2人集まればそれだけで女子会なんだよ」


「ふうん」


彼女はよく"分かってないなー"という言葉を使う。

僕の中でこの言葉は終戦の合図、下手に食いつくと彼女の長い長い1人語りが始まってしまうからだ。


「それで、どうして僕を呼んだの?」


「そうそう一つだけお願いがあってさ」


"私の脱出を手伝ってくれない?"


「断る」


即答した。病院は彼女を苦しめる為にある訳じゃない。病気を治す為にあるのだからそこから抜け出すのは手伝えない。


「お願い!脱出って言っても逃げ出す訳じゃないんだよ!一晩だけでいいから!」


「治ってからでいいじゃん」


「早くしないと間に合わないんだ!本当に一晩だけ!どうしても私がやらなくちゃダメなんだ」


「うーん」


僕は、考える。

彼女の病気のことは知らない。彼女は話したがらなかったし、それを無理に聞こうとは思わなかったから。

だけど簡単に治る病気じゃない事くらいは分かる。彼女が痩せたからだ。


「お願いします!神様仏様雫様!」


「……」


「一生に一度のお願いだから!」


「分かったよ…怒られても知らないからな」


僕はやっぱり押しに弱い人間だった。

彼女がこれ程熱心にお願いをするのは考えてみれば今まで1度もなかったと言うのも大きい。


「ありがとう雫ー!」


「本当の本当に一晩だけだよ、それで僕は何をしたらいいの?」


「別に何もしなくて大丈夫!」


「…え?」


「なんて言うかひーちゃんと私の入れ替わり作戦なんだ、お見舞いにきたひーちゃんと服を交換して一晩入れ替えっこ」


あれ、僕の協力要らなくない?


「毎日来る雫には絶対バレると思って…」


「ああ、なるほど」


脱力感、あれだけ頼み込まれたのだから何かしら重大な任務を任されると思っていた。


「うん?それじゃ僕は決行日お見舞いに来ない方がいいの?」


「出来れば来てくれると助かる、いつも来てる雫が急に来なくなるのは怪しいし万が一、ひーちゃんに何かあったら助けてあげて欲しい」


「それもそうだな…了解。それでいつ実行するの?」


「明日の晩」

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