100
「ねえ雫、たまには来ない日があってもいいんだよ?それに私昼間寝ちゃってる時もあるから起こさず待ってるでしょ、起こしてくれていいんだよ?」
「あいにく他にする事がないからね、あと別に待っているわけじゃない。どんなイタズラしようか考えていただけだ」
「もう100日は来てるんじゃない?」
「まだ82回目だよ」
今日であの忌々しい体育祭から1週間が経つ。
あちこち出来ていた擦り傷も膝を除いてはほとんど完治した。
「え?数えてたの?」
しまった。口が滑った。
言うつもりはなかったのに…
「何何?何で数えてたの!?」
そう言って彼女は身を乗り出す。
「何となく言ってみただけだよ、僕を通院回数を数える変態なんかと一緒にしないで欲しい」
「私に雫の嘘が通用すると思ってるの?頭を掻きながら嘘をつく癖は直ってないみたいだけど?」
チッ!と僕は舌打ちをして、頭を掻いていた手を降ろす。ところで僕の右手はいつの間に頭を掻いてたんだ?
「アレだよ、百度参りってあるだろ?アレを実践してみようと思っただけだよ」
「百度参り?百夜通いじゃなくて?」
ももよがよい?なんだそれ?
ヨガの友達かな?
「深草って人が小野小町と結婚するために100夜通おうとした伝説。まあ実際、深草は100日目に死んじゃうんだけどね」
「それを実践していたとすれば僕が死ぬ事になるじゃないか!」
「それで小町は深草の怨霊に取り憑かれて乞食になるの」
ええー、誰も幸せにならないのか…
しかも平安時代を代表する歌人が乞食とはえげつない。
「それで百度参りって何なの?」
「何なのって言われても文字通り百回神社にお参りすると願いが叶うとか何とか、まあ今回は病院だけれど」
「へぇー、雫は何願ったの?」
「近所にラーメン屋さんが出来ますように」
彼女はニヤリと笑って"雫、手見て"と言った。
僕の右手はまたもや頭を掻いてやがった。何なんだこの右手。そのうち痛い目をみせてやる。
「ま、雫の願いは聞かないでおくよ」
ふう、何とか助かった。
"彼女の病気が治りますように"
なんてバレた日にはもう僕は死を選びそうな気がする。ほっと胸を撫で下ろし、窓の外に目をやった。今日も今日とて嫌になるくらいの快晴。思わずカーテンを閉めそうになったけれど彼女はこんな空を好きだろうからそのままにしておくことにした。
「太陽さんさんなんて言うけどさ、何で"さん"を2回もつけるんだろうね?」
「あの"さん"は敬称の類じゃないだろ」
「じゃあ太陽(sun)ってこと?」
「照り付ける太陽の効果音じゃないの?さんさんと照り付ける太陽みたいな」
「じゃあおてんと様様は?」
「おてんとsummer summer」
「ハッ!だからおてんと様様って夏にしか言わないのか!雫頭良いね」
絶対違うけれどもういいや、分かんないし。
「ねえ雫、生きる理由ってなんだと思う?」
太陽が空をオレンジ色に染め始めた辺りでまた彼女がこんな事を聞いた。
彼女にとっては珍しく、真面目な顔だった。
"種族保存"そんなことが聞きたいんじゃないだろうな…
「生きる事に理由なんてあるものなの?」
「雫はないの?」
僕は考える。
多分理由付けならいくらでも出来る。いつか家族を持ちたいとか、人の役に立ちたいとか。
でもそれって僕じゃなくてもいいよな。
考えれば考える程に分から無くなる。
僕の生きる理由が、生きる価値が、分から無くなる。
いや、無くなるも何もそんなもの元々無かったかな?
「私はね、あるんだよ生きる理由」
「聞いても教えてくれないんだろ」
「うん内緒!もし雫にも見つかったら教えあいっこしてもいいよ」
「へいへい」
僕は適当に相槌を打った。
そんな大層なものを僕はきっと見つけられない。
探しているだけで人生が終わってしまいそうだ。
「回診のお時間です」
ノックとともに看護師が言った。
僕は慌てて席を立ち帰る支度をする。と言っても鞄と携帯を拾いげるだけだけれど。
「それじゃ、また明日」
「うん、またね」
そして僕は入れ違いになる看護師と医師に会釈をして帰路につくのだった。帰る際も帰ってからも彼女の言葉がずっと頭に引っかかる。
生きる理由。
誰にでもあるものなのだろうか。学校でいい成績を取る事?美味しいご飯を食べる事?どれもしっくりこない。
僕の生きる理由ってなんだろう。
恐らく生まれて初めてそんなことを考えながら僕は眠りについた。
「なあ日吉、生きる理由ってある?」
翌朝僕は学校で聞いてみることにした。
「ん?生きる理由か…俺はありすぎて回答に困るなあ」
驚いた。そんな答えもあるのか。
「まず学校で皆と喋る事、家で弟とキャッチボールする事、弁当食うのも家族で出かけるのも友達と出かけるのも」
日吉は手を折りながら数えていたが10では足りなくなって数えるのを諦めた。
「それって普通の毎日じゃん」
「そうかもな、じゃあ俺の生きる理由は"今日があるから"かも知んねぇな!」
そう言って眩しい笑顔を向ける日吉が何だかすごくカッコよくて何故か遠い人のように見えた。
「色取だってあるだろ?」
「うーん」
そう言われて僕は再び頭を捻る。昨日からずっとその事を考えていたのだが日吉にこうもあっさり答えられるとは思ってもみなかった。
「例えばひよりちゃんに毎日会う事とか」
「え?毎日?」
「毎日欠かさず行ってるだろ?ひよりちゃんの病院」
「そんな暇じゃないよ」
咄嗟に嘘をつく。
「でも徒花さんが言ってたぜ」
意味不明過ぎて理解が追いつかない。
僕が病院に通っていることは彼女以外知らないはずだ。その事を徒花さんが知っていて、そしてそれを日吉が知っている?
彼女と徒花さんに接点は無いはずだ。
徒花さんは二学期に転校してきてその時に彼女は病院にいたから。徒花さんが僕をストーキングしているとか?いやいや無い無い。
僕はブンブンと頭を振る。
「今更何言ってんだよ色取、多分クラスメイトほとんど知ってるぞ」
「はああああ!?」
僕は席を立ち、いそいそと徒花さんの席へ向かう。
「徒花さんちょっと聞きたい事があるんだけれど」
「色取くんおはよ!どうしたの?」
ここへ来て考えも無しに来たことを少し悔やんだ。
なるだけ周りの人に聞こえないように小さめの声で僕は聞く。
「そ、その僕が病院に行ってる事どうして知ってるの?」
「ふふふ、それはね私が色取くんをストーキングしてるからだよ」
「え!やっぱりそうだったの?」
「やっぱりって何でよ!色取くんの中で私ってストーキングキャラなの?」
「ストーキングには沢山の高等技術が必要でそんな凄いことが出来るとすれば徒花さんしか思いつかなかったからね」
「そ、そんな事ないよ〜」
急に照れる徒花さん。やっぱりこの人バカだ。
「でも私ストーキングなんてしてないよ、ひよりちゃんにメールで教えてもらったんだ」
「あいつと友達なの?」
そんなハズは無い。
と思っていたのだけれど…
何しろ接触する日が1日たりともないのだから、もしかすると昔からの友達だったりするのだろうか?
いや、彼女の昔からの友達なら僕も知っているはずだし…
「私ね転校してきて何日か学校休んだでしょ?実はあの時入院してたんだよ。それでたまたま同じ部屋になったひよりちゃんと仲良くなったんだ」
「なるほど」
彼女と徒花さんが友達同士というのは考えつかなかった。
「ひよりちゃん色取くんの話ばっかりするんだ」
「僕の話?」
「うん、色取くんの話をする時はすごく楽しそう」
くっ、一体どんな恥ずかしい話を徒花さんは聞かされているんだ…!?
そう思うと居てもたってもいられず一刻も早くここから立ち去りたい気分になった。
「と、とにかく徒花さんと話せてよかったよ!それじゃあアディオス!」
ポカンとした顔の徒花さんを残し僕は早々とその場を離れた。日吉やほかのクラスメイトにしても一体どこまで僕の恥ずかしい話を知っているのだろう…
ああもう穴があったら入りたい。
その日は終礼のチャイムがなるや否やダッシュで教室を飛び出した。多分人生最高の速度でスタートダッシュを切れた気がする。
そのまま僕は誰にも合わない事を祈りながら彼女の居る病院へ向かう。
幸い神様も僕に同情してくれたのか誰にも会わなかった。




