十分?
「わたしは中途半端なんです。とが姉みたいに立派にはなれませんし、ひよりさんみたいに強くはなれません。そして雫さんみたいに優しくもなれません」
「僕は優しくなんてないさ」
僕は甘えただけだ。
自分と他人に、そして何よりひよりに。
「雫さんは優しいです。誰かの為に頑張れて、誰かの為に傷付いて、誰かの為に涙を流せる雫さんを優しいと言わずに一体誰を優しいなんて言えるものですか」
誰かの為…ね。
「私はもう十分じゃないかと思うんです」
「十分?」
僕は聞き返す。
「ひよりさんの弔いの事です。一体いつまで続けるおつもりなのですか?学校も休んで、しかも全然眠らずに雫さんには雫さんの人生があるでしょう?私には雫さんが前向きに後ろを見ているようにしか思えません」
「いつまで続くかなんて僕にも分からないさ。今日終わるかもしれないし一生続くかもしれない。僕の人生は僕だけのものじゃ無いんだよ。僕の人生は…」
「雫さん!!」
とどめちゃんが怒鳴った。
シンと全てが静まりかえる。とどめちゃんが怒るのを初めてみた。あっけに取られて僕も黙った。
「そんなの、ひよりさんが望むわけ無いじゃないですか…誰よりも雫さんを愛していたひよりさんが"そんな事"望むわけないじゃないですか…」
そんな事?
ひよりが残したメッセージがそんな事?
ギリギリと歯を食いしばる。
「ごめんなさい…雫さんだって辛いのは分かっているつもりです。でも、ひよりさんの気持ちも考えてあげてください」
そう言ってぺこりとお辞儀をすると、とどめちゃんはベンチから立ち上がり足早に去っていった。
ひよりの気持ちが分からないから、こうしてるんじゃないか…
ポツリ、地面に雫が落ちる。
またひとつ、もうひとつ。
心のどこかで、このままずっと続けばいいだなんて思っていた。終わらなければいいだなんて思っていた。
全く…
前向きに後ろを見ているようにしか思えません、か。
言ってくれるじゃないか、とどめちゃん。所詮は小学生の戯言、そう言ってしまえばそれまでの事なのだろうけれど、何かずっと僕の心に引っかかっていたものを言葉にしてくれたような気がする。
ぽつりぽつり、雨が降ってきた。
僕は立ち上がり病院に向かって歩き出す。
「それでも行くんですか?雫さん」
すでに帰ったと思っていたとどめちゃんが、雨の中傘もささずに僕を待っていた。
「どうすればいいのかなんて、どうするべきかなんて僕には分からない。でも、僕にしか出来ないことがある。今度こそひよりに伝えないと。ちゃんとアリガトウとサヨナラを」
「その…さっきは酷いことを言ってすみませんでした。雫さんを馬鹿にしたいわけじゃいんです」
僕はとどめちゃんの頭にポンと手を乗せる。
「それくらい分かってるよ。ありがとう、とどめちゃん」




