曇天
公園を出る時、こんな会話が聞こえた。
「人間って80歳が寿命だろ?僕達はもう5歳だから残り75しか歳を取れないんだよな」
「それは雫が頑張って生きてる証拠だよ」
昔は短いと思ったはずの75が、残りの65になった今ははとてつもなく長く感じる。
10年だった今だからこそ分かる。
きっと人生は何かをするには短いけれど、何もしないには長過ぎるのだと。
全てが新鮮に感じて、何をするにも目的があって…
あの時僕はきっと、生きているって感じていたんだ。
過去の僕に言いたい。
人を愛し過ぎるな、今を楽しみ過ぎるな。
いずれ失うのだから、ダメージは小さい方が良い。愛とか絆とか、友情とかがいつだって味方になるとは限らない。時にそれらは心に深く深く突き刺さり、癒えない傷にもなりうるのだと。
止まない雨は無いのだし、降らない雨も無いのなら、
ずっと曇りで、ちょっぴり不幸なくらいが僕にはきっと丁度良い。
悲しいのは嫌だから、前を向くのはやっぱり怖い。
想い出に触れれば過去が煌めき、今が廃る。
鬱々としたまま部屋に戻ると、そんな気持ちはどこ吹く風と気持ちよさそうに眠る日吉の姿があった。
「日吉、もう流石に…」
「色取、俺の勝手な心配だったら思いっきり殴ってくれ」
目を瞑って居るからてっきり寝ていると思ったけれどどうやら起きていたようだ。
「辛いのは痛いほどわかるけど、ひよりちゃんの葬式には参加してやって欲しいんだ」
「……」
僕は答えられなかった。
「すまん色取、お前が逃げているとかそういう事が言いたいわけじゃないんだ。毎日病院に通ってたのも、誰よりも辛いのだって知ってる。ただ…夢を見たんだ。あまりにリアルな夢を」
「俺は何故か裁判を傍聴していて、色取が裁かれるんだそれで……いや、何でもない。本当にすまん、忘れてくれ」
それは僕がよく知っている夢だった。
「続きは?」
僕は聞く。日吉は一瞬、躊躇ったものの話し始める。
「なんつーか、色取が…その、ひよりちゃんを殺した罪で」
日吉の癖に歯切れが悪い。しばらくして日吉は僕の方をちらと見て目を逸らした。
「色取が死んじまうんだ」
何を馬鹿な、と僕は笑えなかった。
結構ギリギリな今の状況で明日も生きている自信なんてない。
「大丈夫だよ日吉、僕は死なない。それに彼女の葬式には参加出来ないよ」
そう言って僕は微笑んだつもりだったけれど、酷くぎこちなかったと思う。
「参加出来ない?」
僕は頷く。
「おい、それってどういう意味だ?」
「どういう意味って…」
「ひよりちゃんは病死なんだよな?」
僕は答えない。
もしも日吉が僕と同じ夢を見ていたとしたら、聞いているはずだ。被告人が誰なのかを。
「……」
多分僕は存在する選択肢の中で最悪の手段を選んだ。
弁明するでもなく、謝るわけでもなく、認めるわけでもなく…
ただ黙って俯いた。
多分いつもの日吉なら、このタイミングで怒鳴ったり胸ぐらを掴むくらいはしただろう。
日吉は誰よりも友達思いで、人の為に熱くなれるやつだから。けれどこの時ばかりは違った。
日吉は言葉を失ったように、立ち尽くしていた。
目を見開いて、青ざめた顔でただ立ち尽くしていた。
10分いや、本当は数秒だったのかも知れないけれど、感覚的には1時間にも2時間にも感じた。日吉は何も言わずに静寂を残して僕の部屋を後にした。
外を見ると今にも雨が降りそうな厚い雲が空を覆っていた。




