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北のみなみ公園

人の記憶は海馬と言うところに集まっているらしい。

海馬とやらを探して、開いてみれば出てくるだろうか?メモリーカードみたいにデータとして保存出来ればいいのに…と記憶力の悪い僕はいつも思う。


「ふがー、ふがー」


忘れることは大事な事なのだと昔、先生が言っていたけれど…(なぜ大事なのかは忘れた)。


ひとつひとつ、思い出す。


記憶の海を潜る様に、探るように、深く深く。


「ふがー、ふがー」




と、それらしい事をやってみたものの記憶力が良くなる訳でもなく思い出せたとしてもせいぜい高校生になってからの記憶だ。


「ふがー、ふがー」


「って、さっきからうるさいぞ日吉」


「おっ!おはよ!」


「日吉、いびきが凄くうるさい」


そう言うと日吉は"うい"と言って鼻をつまんで目を瞑った。永眠でもするつもりなのだろうか…


日吉は再び寝息を立て始め、僕はため息をつく。

ふと勉強机の上に目がいった。普段使っていないので散らかった机の上に青に金字で1と書かれたお守り。


彼女が僕に作ってくれたお守りだ。まあリレーはすっ転んだけれど…


僕はお守りを手に取り、無意識の内に開けていた。

何故そんな事をしたのか自分でも分からないけれど、結果としてそれは正解だったのだ。


お守りの中身は彼女の文字で書かれたメモ。


「幼稚園の頃よく遊んだ公園」


とだけ。


幼稚園の頃…

僕達はよく公園で遊んだんだった。彼女と夕焼けを見る度に、まだ帰りたくないと願ったのを思い出す。


景色も、色合いも、感情も、遠くで聞こえる豆腐屋の音も、全てを鮮明に覚えている。


いや違うな。思い出した、が正しい。

でも、どこにあったっけ?


何しろ十数年前の話だ。思い出したとはいえ、道のりまでは覚えていない。必死に記憶の海を探る。


「山に入っちゃ行けないよ、鬼に連れていかれちゃうからね」


確かこんなことをよく言われた。

あの山は確か…そう、住宅開発で3年ほど前に切り開かれたんだ。


僕は家を飛び出し、その公園を探して走った。



最近開発されたばかりの住宅街を目指す。

急かされた訳では無いけれど、訳もなく僕は走った。


しばらく走ると白い家々が立ち並び「いかにも最近建ちました」感が漂っている住宅街へ入った。


その中、ボスの様な、一際大きな家の前に差し掛かる。一体どんな苗字(みょうじ)の人が住んでいるのだろうと思い、立て札を見るとそこには"徒花"の文字が。


「いやいや、そんなまさか…」


通り過ぎようとしたけれど、踏み止まる。

徒花なんて珍しい苗字、そうそういるとは思えない。

もしもここが、クラスメイトの徒花さんの家だった場合、あの公園について聞いてみればいい。仮に違ったとしても聞いてみる価値はある。


インターホンの前に立つ。


頑張れ僕!その勇気ある人差し指でボタンをポチッとするだけだ…


「ふう」


深呼吸して息を整える。

何しろこんなお城のような家が近くに有るだけでも驚きなのに、友達の家かも知れないだなんてさらに驚きだ。やっぱりやめようかな…いや押すんだ。



よし、押すぞ。



…いや待て。もし徒花さんの家だった場合、僕は変質者にならないか?聞いてもいない家にいきなり訪ねるだなんてストーカーかと思われるかもしれない。


しばらく考えて再び指を引っ込めた。


「色取くん?どうしたの?」


突然声をかけられ、ビクッと肩が震えた。


「い、いやその!決して怪しいものでは…!ってなんだ徒花さんか」


何だかさっきと状況が入れ替わってしまった。


「何だとは失礼な、防犯カメラに不審者が写っているって聞いたから見てみたら色取くんだったんだよ。もうちょっとで警備員が出て来るところだったんだからねー」


け、警備員…。家から家族以外の人が出てくるだなんてちょっと僕には理解出来ない。


「それでどうして私の家に来たの?」


「そう!徒花さんに聞きたいことがあってね、この辺りにある公園を全部教えて欲しいんだ」


徒花さんは首を捻った。


「公園…公園かー、何を隠そう私は最近引っ越して来たからねー…あ!そうだちょっとまってて!」


何かを閃いたのか徒花さんは再び城に帰って行った。


待つこと数分、徒花さんは後ろに屈強な外国人の男を従えて出てきた。"逃げろ"と本能が告げている。"逃げても無駄だ、諦めよう"と理性。


「色取くーん地理に詳しい人を連れてきたよー」


徒花さんが手を振る。


いやいや、その人絶対詳しくないだろ!地理じゃなくてチリじゃないの?てかそもそも日本語通じるの!?

と僕の心のツッコミは通じなかった。


「紹介するね、家庭教師の中川先生だよ」


中川先生は「中川 明です」と(うやうや)しくお辞儀をした。僕もぺこりと頭を下げる。バキバキの日本名だった。


「でこっちが体育祭の時に助けてくれた色取くん」


ん?僕助けたっけ?


「色取様、お話は常々彼岸(ひがん)様より伺っております。いつもお世話になっているみたいで…」


中川さんがまた頭を下げようとしたので僕は"いやいやいや"それを制す。僕みたいな凡人は頭を下げられると何か申し訳ない気持ちになる。そもそも助けてないし…


「してその、公園に行かれるのでしたら是非ともお手伝いさせて頂きます。近隣と言わず全国でも」


全国の公園を巡るってどんな公園マニアだよ…


「車でお送りさせていただきますので今しばらくお待ちください」


「あ、いや、えっとその…場所さえ教えて貰えば自分で行きますので」


しどろもどろになりながら僕は答えた。


「急ぎの用事って訳じゃないの?」


「急ぎは急ぎだけれど、自分の足で行かなくちゃならない気がするんだ」


「だってさ、先生」


中川さんは"承知致しました"と地図を取り出し、至極丁寧に教えてくれた。流石は家庭教師教えるのが上手い。理解力に乏しい僕でもこれなら迷いようがない。


"美波公園、北にあるのに美波公園と覚えてください"


うーん、あれは中川さんなりのギャグだったのだろうか、方位磁石までプレゼントしてくれたのは流石にやり過ぎだと思うけれど。


ともあれ、徒花さんと中川さんにお礼を言い、僕は取り敢えず1番近い美波公園に向かった。

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